14.プリンシパルの力
これほどまでに、音源を聞くことに集中したことはいつ以来だろうか。
ショパンの『レ・シルフィード』の『ワルツOp70-1』。とにかく加奈子の動きに併せないと。
僕は集中して、指を動かしていた。
とにかく、課題はテンポのみ。
後は、3拍子のリズムをしっかりと刻まないと。
だが、次の瞬間、耳に音が入ってこなかった。
集中していたからではない。
見上げると、バレエスタジオの代表で、加奈子のバレエの先生の原田が仁王立ちしていた。
原田によって、イヤホンを外されていた。
「よっ。少年。」
原田はウィンクをしながら、こちらに語り掛ける。
「何聞いてたんだい?まさか、『レ・シルフィード』とか言うのではないだろうね。」
原田はにやりと笑いながら。こちらに視線を向ける。
とても低い声で、その音源を聞いていたことに対して、怒っているようなそんな感じだ。
僕はドキッとする。
何だろう。全身が震える。
「その顔は図星だね。」
原田はにやりと笑った。
「1時間たって、様子を見に来れば、休憩時間。加奈子ちゃんは振りの確認をしているし、君はソファーで、ずっと集中している。音源を聞いてね。」
原田はうんうん、と頷く。
「君と加奈子ちゃんの課題はズバリ!!テンポが合っていないんだろ?そんで、君は加奈子ちゃんに合わせに行こうとして、余計ズレる。そんなところか?」
僕は目を見開いた。そして、驚いた。
ろくに練習も見ていないのに、僕たちの課題をズバリ言い当てる。
一体原田という人物は・・・・・・。何者なのだろう・・・・・・・。
「その顔もまさに図星だね。そして、なんで練習も見ていないのにわかるのですか?という顔をしているな~。少年!!」
原田はにやりと笑う。
そして、再びうん、うん、と頷き。真剣な表情に変わった。
「命令だ!!今聞いていた音源は今後一切聞くな!!もちろん、その動画サイトに載っている、『レ・シルフィード』と名のつく、動画全てもだ。」
原田は深呼吸して僕に向かって言った。
僕は驚く。
「え?そんなことしたら・・・・・・。」
原田は僕のいう前に、口を挟んだ。
「音源聞くなら、『ショパンコンクール』の音源とかにしろ。後は、君の目標としているピアニストの音源とかだな。」
そしたら余計に・・・・・・。僕は唖然としている。
「そしたら余計に、テンポがずれるとか言うんだろ。合わせられないとか言うんだろ。君は分りやすいな顔に全部書いてある。」
原田はこちらの言うことが全て予想しているかのように、口を出して来る。
原田はふうっと、ため息をつき。
ドヤ顔で僕に近づく。
「確かに、うちの教室は、幼稚園児や小学生、はたまた趣味でやっているおばさま方もいる。そういう人に対してだったら、私も、君に、敬語で接して、『レ・シルフィード』の音源を聞いてもらい、申し訳ありませんが、テンポを少し落として、こちらの皆さんに、合わせていただけませんか。とお願いするだろうな。」
原田は手を僕の肩に乗せる。
「でもな。今回は井野加奈子だ。うちのプリンシパルだ。君も、遠慮はいらない。うちの教室の実力を、うちのプリンシパルの実力を舐めてもらっちゃ困る。」
原田は真剣な顔で、僕に言う。加奈子をそれだけ信頼しているのだろう。
「もっと言わせてもらおう!!加奈子は、君のピアノで踊りたいんだよ。君のピアノに惚れたんだ!!」
原田はそう言いながら、僕の肩に乗せていた手を背中に回す。
そして、原田の手がエスコートされ、僕を90度左を向けさせる。
原田は指をさす。
「そして、私も、君のピアノが好きだよ。踊ってみたくなった。」
指をさした方向には表彰状がある。
【HIROKO HARADA】
と表記され、内容はフランス語なのか、イタリア語なのか、ドイツ語なのか、日本語以外なので全く分からない。
わかるのは固有名詞くらいだろうか。大文字で表記される。
その固有名詞の一つ。【Lausanne】に目が行く。
綴りと発音が分からないが、この固有名詞はどこかで聞いたことがありそうなので、つぶやいてみる。
「ラウサンネ・・・・・。ルーサンヌ・・・・・。ルーザンヌ・・・・。ローザンヌ。」
「ローザンヌ!!」
僕は目を見開いた。
ローザンヌ、僕でも知っている。バレエコンクールの最高峰。
原田は親指を立てて、にやりと笑う。
「そして・・・・・・。」
原田は賞状が置かれている棚の別の方向を指さす。
そこには加奈子の表彰状があった。
ローザンヌほどではないが、日本のいくつかのコンクールで入賞歴が加奈子にはあった。
「さあ。加奈子ちゃんを信頼して、思うがままにやってみな!!少年!!」
背中をバシッと原田にたたかれる。
「あんまりやると加奈子ちゃんがいろいろ感情を起こしそうなので、このくらいにしとくか。頑張れよ!!」
そういいながら、原田は、去っていった。
原田に喝を入れられ、再びレッスン室に戻った僕。
そこからは遠慮することなく、目標としているピアニストと同じように、動画サイトに掲載されている、ショパンコンクールの動画と同じように、ピアノを弾いた。
「そう、その調子。気にしなくていいからね。思いっきり、思いっきり楽しんで。」
加奈子はそう言いながら、僕のピアノについて行こうとする。
そうして、今度は何故か知らないが、充実した時間を過ごすことができた。
確かに、加奈子の動きと、テンポはまだまだ修正が必要なのかもしれない。
だが、加奈子の気持ちが、それを、修正しようと努力している。
並々ならぬ努力だ。
「ヨシ!!レッスン室の都合上、今日はここまでだな。今日の成果を見せてくれよ~。」
原田がレッスン室に入ってきた。
その原田の存在すら気付かないほど、僕たちはのめりこんでいった。
僕はいつも通りにピアノを弾く。
加奈子はそれに一生懸命ついて行こうとする。
「ヨシッ!!今日はここまでだな。加奈子ちゃん、こっちに来てごらん。」
そういいながら、今日の修正点と反省を、原田からレクチャーされている。
腕の振り方、足の動き、細かいところまできっちりと、原田が改善点を指摘していく。
加奈子は本当にまじめな表情でメモを取っていく。
かなり分厚いノート、おそらく小さいころから、ずっと使ってきたのだろう。
「そして、少年!!今日はありがとう。いい?絶対にテンポを合わせに行かないこと、君はキミらしく、ピアノを弾くこと、まるで、ショパンコンクールの入賞者のように。後は、コンクールまで、体調の管理だけ、よろしくね。明日は、学校の後、夕方の18:00から、19:00でこの部屋を取っているけど、来れそうかな?」
原田はそう言った。
僕は頷く。
「本当?輝。本当にありがとう。明日もよろしくね!!」
そういいながら、日曜日の午前中、加奈子とのバレエのレッスンを終えた。
その日の午後は、伯父の家に戻り、翌日の予習と、少しピアノの練習をして、夕食を食べて、早めに眠った。
今日も早くから畑仕事を手伝っていたためだった。
一応伯父の家にも、キーボードはある。
祖母が趣味で練習をしていたそうで、それを僕にくれたのだった。
「今まで以上に、真剣ね。輝。」
伯母が夕食が出来たことを呼びに来たのだろうか。ピアノの音色を聞きつけ、離れの僕の部屋に入ってくる。
「うん。友達のためにね。」
僕はそう言いながら、ピアノに向かっている。
「よかったじゃねえか。高校にもう一回入ってみて。」
「そうね。入学して、最初の週末から、こんなに元気だもの。」
伯父と伯母はそう話していた。
翌日の月曜日。学校でいつも通り授業を終え、生徒会の仕事を終えると。
再び、加奈子とともに、バレエスタジオに向かった。
そして、ピアノを弾く。遠慮はせず。思いっきり引いた。
僕は驚いた。
加奈子が僕のテンポについてきている。
いや、それどころの話ではない。
動きのキレ、そう言ったものが、かなり良くなっている。
「うんうん。随分良くなったじゃん。今まで以上に、成長した感じ。これは本番が楽しみね。」
原田は興奮冷めやらぬ状態で、加奈子に言った。
「どう?驚いた?少年よ。これがうちのプリンシパルの力だよ!!」
僕は頷く。
「はい。僕でもわかります。動きのキレとか表情とか、昨日に比べて。」
「そういうことだ。最も、ここまで成長させたのは・・・・・・。おーっと、ここからはキミに与えた宿題だった。ここから先は自分で考えな。ヒントは、うちのプリンシパルでも、ここまで成長の幅が見られたのは初めてだぜ、ということだな。」
原田はポンと手を叩きながら、僕に向かってウィンクをする。
「宿題と言いますと・・・・・?」
僕は原田に問いかける。
「ハハハ。ピアノの演奏は、問題ない。そのまま続けろ。そうだな、その宿題の期限は、今の君だったら、永遠で、いつ終わらせてくれてもいいものではあるが。早ければ早いほど、100点満点だな。」
原田は笑いながら言って、加奈子の元に駆け寄る。
動きの改善点を再び指摘しているようだ。
だが、表情からするに、こうすればもっと良くなるという意味合いだろう。
プリンシパルの力。かあ。
本当に圧倒された。
好きなこと、得意なこと、どんな時も真面目に取り組む姿勢。
僕は頷いた。
コンクールも、演説会もすべて上手くできそうな気がする。
そんな自信がなぜか湧いてきた。
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