101.トラウマを乗り越える時、その2~県のピアノコンクール~
いつもは緊張するだろう。
本当に上手かった演奏の直後に出番になると・・・・・。
特にこういうコンクールでは。
しかし今日は勇気をもらった。
「にへへっ。頑張っちゃった。」
舞台袖に戻ってきて、静かに口を動かす風歌。
彼女のピアノ演奏はまさに、ピアノが、風歌が、楽しく歌っていた。
僕は小さく頷く。勇気が湧いてくる。
ここをクリアして、もう一度、全国へ。
「ちょっと勇気をもらったわ。」
一緒に居た加奈子。
僕は加奈子の方を向いて頷く。
「そうだね。」
口を小さく動かす。
さあ、アシスタントの人に譜めくり担当者用の椅子をステージに用意してもらって、準備完了!!
「23番、橋本輝君の演奏です。」
司会のアナウンスが響いた。
後戻りはもうできない。そう思うと、集中できる。
加奈子に楽譜を渡し、譜めくりように用意してもらった椅子に座るように指示する。
そして、風歌に見送られながら、僕はステージへ。
バレエのコンクールの時とは違い、当然だが、ピアノがステージの中央に存在する。
ステージに一礼する。
客席の人は満席ではなく、誰がどこに座っているか確認できる状況。
その中に、大きく拍手をしている人たちが見える。
原田達と、生徒会メンバーだった。
彼らを一瞬見て、ニコニコと笑う。
ピアノの椅子に着席し、加奈子の方を見る。
「うん。」
加奈子が頷く。
一曲目、ショパン『マズルカニ長調、作品33-2』
何だろうか。
加奈子のコンクールの思い出がよみがえってくる。
隣にいる加奈子。
それは、まるで加奈子が躍っているようだった。
譜めくりの個所へ到達する。
少し頷いて、加奈子に譜めくりのタイミングを教える。
譜めくりのタイミングも上手くできたところで、僕はより一層、楽しみながら、演奏を続ける。
『マズルカ』が弾き終わる。
もう一つの課題曲、『華麗なる大円舞曲、作品18』。
今度はページ数が増えて、譜めくりの作業も多い。
しかしながら、練習で、かなり頑張ってきた加奈子。すべて完璧に楽譜をめくっていく。
これに負けじと演奏で応える僕。
この曲も、加奈子は本番では披露していないが、練習の時に加奈子の振りを見せてもらった。
加奈子の踊を想像しながら、イメージしながら・・・・・。
そして、クリスマスコンサートで披露するので、原田のバレエスタジオの仲間たちをイメージしながら・・・。
最後の盛り上がりのフィニッシュへ。
弾き終わると、ここで、長いインターバルを取った。
スーッ、ハーッ。と深呼吸。
そして、加奈子の方を見て、親指を立てる。
「完璧だよ。ここまで。」
僕は加奈子を見て笑った。
「うん。ありがとう。」
加奈子は小さく頷く。
「最後・・・・。」
「一緒に・・・・・。」
「「楽しもう!!」」
2人で頷き、自由曲ショパン、ワルツ『大円舞曲、作品42』へ。
僕の中で、加奈子がやっぱり、踊っていた。
当然、加奈子もそれに付いてくる。
僕のピアノを聞いて、彼女の自由曲を変更したときと同じようなキラキラした瞳で。
若干、走った?
いや、大丈夫。加奈子の時もこのくらいのテンポで、こんな感じで、踊っていた。
さあ、最後の譜めくり。加奈子は完璧にタイミングを合わすことができた。
加奈子の譜めくりのサポートは100点満点だった。
さあ、このまま、一気に行こう、頑張ってくれた、加奈子の分まで。
そうして、僕は一気に曲を盛り上げて、自由曲をフィニッシュした。
風歌と同じかそれ以上の拍手が、会場から響く。
「ありがとう加奈子。とっても完璧だった。」
「ありがとう、輝、内心、すごくホッとしている。」
お互い、顔を見つめ合い、客席を向いて、一礼をして、舞台袖に向かって言った。
「お疲れ様!!ナイス!!」
風歌が舞台袖で出迎えてくれる。
「ありがとう。」
僕はニコニコと笑った。
「緑さん、橋本さん、お疲れさまでした。2台、連弾部門がこの後あります。衣装を変える必要がなければ、このまま客席の最前列まで、ご案内しますがいかがなさいますか?」
笑い合っている、僕と風歌を見て、スタッフが声をかけてくる。
風歌の顔を見る僕。風歌は頷く。
どうやら、僕も風歌も、衣装を変更する必要はなかったので、そのまま最前列まで案内してもらうことにした。
客席最前列の左端に座らされる僕たち。
「司会のアナウンスがありましたら、こちらの階段からステージにどうぞ。」
という、スタッフの指示があり、僕と風歌は頷いた。
勿論、加奈子も一緒に案内してもらい、加奈子は僕たちのすぐ後ろに座った。
そうして、個人部門の最後の発表者の演奏が終わった。
すぐにステージでは、ピアノがもう一台準備されている。
司会の人がステージに出てくる。
「皆様、個人部門お疲れさまでした。それでは、この後、審査に入りますが、審査員の一人、大塚先生にはこの会場に残っていただきまして、2台、連弾部門の演奏に移ります。」
司会の人がアナウンスする。
「2台、連弾部門ですが、今年も出場者が2組しかなく、上位の大会の進出の上限5組以内ですので、その場で演奏していただき、内容が問題なければ、演奏後、その場で大塚先生に優秀賞をお渡ししていただき、優秀賞を受け取った時点で、関東コンクール進出となります。それでは、1組目の演奏に参りましょう!!」
「1組目は、橋本輝君、緑風歌さんの演奏です。どうぞ、壇上に上がって、ステージにお越しください。」
司会のアナウンスで、僕と風歌は立ち上がる。
「頑張って!!」
後ろの席に座っていた加奈子に見送られ、壇上に上がった。
ステージの中央で一礼する、僕と風歌。
審査結果が出るということだろうか。客席は、僕がピアノを弾いていた先ほどの時間より、かなり人が増えている。
だが、原田達の座っている位置は分っているため、彼らの存在を確認できた。大きく拍手をしている。
それぞれ、ピアノの椅子に着席する。
そして。
モーツアルト、『2台ピアノのソナタ、第一楽章』。
勢いよく、お互いの顔を見ながら、そして、お互い、ニコニコしながら、弾いていく。
うん、うん、練習通りに進んでいる。
頷きながら、客席で見守る岩島先生。
にこにこと笑う原田。
生徒会メンバーも聞き入っているようだ。
そして、課題曲の演奏が終了して、自由曲へ移る。
自由曲は連弾で行うため、風歌が、僕の方のピアノに移動してきた。
「ありがとう。」
僕は頷いて、お礼を言った。
「にへへっ。こちらこそ!!」
風歌はニコニコ笑っていた。緊張と迷いが消えているな。
お互いに頷いて。
自由曲、『春の声』へ。
吉岡が、提案してきた曲。
吉岡が躍っているのだろうか。それとも原田が躍っているのだろうか。
雄大なワルツ。弦楽器のオーケストラでなくても、伝わってくる。
ああ、僕たちのピアノが歌っている。
思わず、風歌のパートも聞き入ってしまう。だけど。
僕もミスなく、完璧に引いてく。
というより、雄大な曲に身を任せていた。
そして。2人で、自由曲を盛り上げ、フィニッシュした。
ワーッと、大きな拍手。
「ありがとう、風歌。」
「ありがとう、輝君。」
僕と風歌は、ステージの中央に移動して、観客の拍手に応えるように、一礼した。
そして、大塚と呼ばれる審査員が、壇上に上がってきた。
審査員の大塚は、一列に並ぶように、僕たちに合図を出す。そして。
ステージ上で、改めて、拍手を贈ってくれた。
客席の方に、拍手を止めるように合図を出し、舞台袖に合図を出した。
合図と同時にスタッフが紙を持ってきて。
「優秀賞を差し上げます!!」
大塚はそう言って、表彰状を僕と風歌に渡してくれた。
そうして、僕と風歌は、客席に戻る。
「おめでとう!!輝。風歌。」
加奈子がニコニコしながら、出迎えてくれた。
僕と加奈子は、軽く握手を交わす。
まだまだ、個人部門の成績がある。発表までドキドキしている僕。
2台ピアノ、連弾部門の2組目も、優秀賞をもらい、関東大会に駒を進めたようだ。
だが、やっぱり、ここに来て、緊張してしまうのだろう。この後、個人部門の結果発表ということで、やはり、緊張がピークになった。
2組目の演奏が集中して聞けなかった。
だが。
「大丈夫だよ。輝。選ばれなくても、風歌と一緒に、2台ピアノがあるじゃない。」
緊張している雰囲気に気付いたのか、後ろから、加奈子が声をかけてくる。
少し、呼吸が落ち着く、僕。
「ありがとう。」
僕は加奈子の方を振り向く。加奈子は笑っていた。
そんな中で、時間がさらに10分経過した後。
審査員がぞろぞろと現れた。
その中には、先ほど優秀賞を渡してくれた、大塚、そして、茂木の姿も。
「お待たせしました。ただいまより、結果を発表します。結果の前に講評を行います。」
そうして、大塚が代表で講評を説明した。
一通り、講評が終わると、司会のアナウンスがあり。
「それではお待ちかね、結果を発表します。入賞者は6名。この6名が関東コンクール進出者となります。金賞1名、銀賞2名、銅賞3名の合計6名となります。大塚先生、お願いします。」
「はい。それでは、順位順に発表します。金賞1位と銀賞2位は、先ほど、2台、連弾部門でも素晴らしい演奏をしてくれた、22番、緑風歌さんと、23番、橋本輝君です。壇上へどうぞ!!エントリー番号が連続して二人続きましたが、やっぱりこの二人の時は、客席も盛り上がったと思ってます。」
名前が呼ばれ、風歌と一緒に立ち上がる僕。
その瞬間ホッと胸をなでおろす。
やった。やった。ピアノコンクールは本当に久しぶり。その久しぶりのコンクールで入賞できた。少し自信につながった。
「1位が緑さん、2位が橋本君です。順番に渡しますね。」
拍手の中、僕たちは壇上に上がった。
金賞1位の風歌から、表彰状を受け取った。
続いて、銀賞2位の僕。
やっぱり、先ほどの2台、連弾部門の時と比べて、賞状の重みが違う。
審査員長の茂木から受け取った紙は、ずっしりと感じた。だが、少し自信が溢れていた。
「おめでとう!!輝!!」
客席に戻り、加奈子が、大きな拍手で迎えてくれている。
客席の人目も気にせず、加奈子とハイタッチ。そして、風歌とハイタッチをして、客席の椅子に着席し、残りの入賞者の発表を見て、県のピアノコンクールは終了した。
風歌、加奈子と一緒に、ロビーに出る。
ロビーに出ると、原田と吉岡、生徒会メンバーと藤田先生、岩島先生に迎えられた。
「やったー。おめでとう、輝君、風歌!!」
元気に出迎えてくれる葉月。
「とても良かったわよ!!」
にこにこと迎える史奈。
「よくやったぞ、少年!!」
出迎えてくれた原田は僕を思いっきり抱きしめ、頭をかき撫でた。
「コラ、裕子!!」
「おーっと、ごめんごめん。そうだったな、みんな見てるよな。」
そうして、原田はすぐに僕から離れた。
「あ、あの、ありがとうございました。こちらはお二人にお返しします。」
僕は原田と吉岡に、お守りとして受け取った、ネックレスをそれぞれ返した。
何だろうか、小さな入れ物がネックレスの先端についていた。
「おう、役にたったようで良かった、良かった。」
原田はにっこりと笑った。
「課長、おめでとうございます。今回から貴方は僕の中で、部長に昇進です、部長!!」
義信が握手を求めてくる。それに応える僕。
「橋本君、お疲れ、良かったよ。そして、憧れの人に勝っちゃったね、風歌。」
心音は風歌の方を見る。
「あ、ありがとう。心音ちゃん、でも、たまたまだから。輝君は憧れの人だし、まだまだ、本調子じゃなさそうだし。」
確かに、心音と風歌のいう通りだった。
次の大会に駒を進めたが、ここではライバルに負けている、すごい複雑な心境だが。
今日はそれが、感じられないほど、嬉しかったし、自信につながった。
まだまだこれから、頑張らないと。
僕は深呼吸した。
「二人ともお疲れ様。そして、第一関門通過、おめでとう!!」
僕たちが話をしていると、審査員長をしていた茂木に声をかけられる。
僕たちは茂木に頭を下げる。
「満場一致で、1位と2位は君たち二人だった。楽譜のとらえ方、表現、音も完璧だったよ。橋本君は今回は緑さんに負けちゃったかもしれないが、課題曲、自由曲が同じようなワルツの曲調だったこと、また、井野さんのバレエコンクールで一度披露したことがあるというので、そこが、マイナスになっただけだったよ。関東コンクールでは自由曲は『英雄ポロネーズ』になるから、このまま頑張って!!勿論、緑さんも期待しているよ!!」
茂木はニコニコしながら笑っていた。
茂木から手を差し出されたので、そのままそれに応えて握手をする僕と風歌。
「うん。」
茂木は大きくニコニコと頷いた。
そして、茂木は原田達を集めた。
「やっぱり、関東が最大の関門だね。僕も関東でも審査員をやりたいと申し出たが、先方から断られたよ。」
真剣な顔で、原田、吉岡、藤田先生、岩島先生の大人たちに話す茂木。
茂木の言葉に、黙って頷く大人たち。
それを横目に、僕は深呼吸をしていた。
安堵感の呼吸だった。何かをまた一つ、乗り越えられた。
自信のついた僕、少し荷物が軽くなった僕は、生徒会のメンバーと一緒に、ホールの外へと出て行った。
最後まで、ご覧いただきありがとうございます。
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本当に、皆さんのリアクションが励みになっています。ありがとうございます。
●現在執筆中の別作品もよろしければご覧ください。
1.忍者翔太朗物語~優秀な双子の兄だけを溺愛する両親のもとで奴隷のような生活をして育った忍者のお話~URLはこちら↓
https://ncode.syosetu.com/n1995hi/
2.元女子魔道学院に異世界転生した男子の僕が入学するとどうなるのか?⇒なかなか更新できず、すみません。
https://ncode.syosetu.com/n7938ht/
3.只今、構成中。近日アップします。