100.輝君と一緒に~Side風歌~
珍しく緊張している加奈子ちゃん。
それもそうだよね・・・・・。
ピアノコンクール県大会の今日。控室に現れた、輝君と加奈子ちゃんを見て、私は駆け寄る。
輝君はいつも通り、そして、加奈子ちゃんはいつもと違う雰囲気に緊張しているためか、すでにそれに飲まれているようだ。
私も、すごく楽しみだった。
風歌という名前にある通り、風の歌。私は、ピアノコンクールで、沢山のいい成績を収めて、全国コンクールに駒を進めている。
上位の大会で、必ず目にする素敵なピアニストの名前。それが橋本輝君。
今日は、県大会、つまり予選からその名前を目にしている。
強力なライバルが予選から居て緊張すると思うが、私はそうではない。
心音ちゃんと一緒に、生徒会で活動している葉月ちゃん、加奈子ちゃんから、輝君の、つまり、輝君がコンクールに出場していない、空白期間の全てを聞いたとき、私はとても泣きそうだったよ。
そして、ずっと審査員をしていた茂木先生、加奈子ちゃんのバレエの先生から、今日のコンクールに向けて、素敵な提案をしてくれた時、私の心は舞いあがった。
短期間とはいえ、輝君と一緒に出来る。それだけで嬉しかった。
練習期間が短い。そんなのは気持ちで何とかなった。輝君も同じだった。
控室で、輝君と加奈子ちゃんと話をする。
やっぱり知っているメンバーだととても落ち着く。
でも。
「ねえ、ねえ、輝。ちょっと、緊張してきちゃった。」
いつもと違う雰囲気の加奈子ちゃん。確かに、バレエの時より、緊張しているのかもしれないよね。
加奈子ちゃんの言葉に辺りを見回す、輝君、それに連られて私も辺りを見回す。
輝君は私の目を見て頷く。私も頷いた。
開演が進むにつれて、明らかに、人が増えている。この控室も人口密度が上がってきた。
「ごめん。加奈子。全然気が付かなかった。いつもと違う雰囲気だから、そうだね。」
輝君が謝る。
「う、うん、わ、私もごめん。気が付かなかった。」
私も輝君と同じように謝った。
「ううん。私こそごめん。」
加奈子が首を横に振る。
「バレエは、着替えの他に、柔軟運動とか、化粧とか、本番前に色々するから、その。人口密度がここまで多くないんだよね。むしろ、沢山控室が用意されていて・・・・・・。」
加奈子は緊張してしまった理由を説明した。
「ああ、そうだ、確かにそうだったよね。」
輝君は加奈子ちゃんのバレエコンクールの時を思い出したみたいだ。
「確かに、控室が結構あって、原田先生から、指定されなければ迷っていたよ。」
と輝君は笑っていた。
「そ、そしたらさ、ロビーの方に行かない?きっと、加奈子ちゃんも、ここに居るなら、いつものように、バレエのコンクールの時と同じように柔軟運動みたいなのができれば、緊張も少し、取れると思うから・・・・。」
私は少し緊張しつつも、早口で、そのことを二人に伝えた。
「ああ~!!そうだね!!」
輝君は笑顔で、納得する。
加奈子ちゃんも。
「あ、ありがとう!!」
そんな感じで、少し笑顔を取り戻した。
しかしロビーに出たら出たで、今度は輝君や私の応援団と遭遇。
「お疲れ様、輝君。加奈子も緊張してるね~。」
にこにこと笑う葉月ちゃん、後ろには瀬戸会長、生徒会役員メンバーが勢ぞろい。
「ああ、そうそう、マユちゃんは陸上部の関係で、ここには来られなかったみたいだけど、頑張れーって手紙があるよ。」
そういって、瀬戸会長は、小さな手紙を手渡す。
「はい。ありがとうございます。僕のスマホにも、line来てまして。」
「あらあら、そうなのね。」
瀬戸会長は頷く。
マユちゃん、輝君の幼馴染で、他校の陸上部の子。あの子も、かなり頑張ってる!!
「ハッシー、今日は何もないよね。」
結花ちゃん、とても周りを見ながら気にしているようだ。私たちの合唱コンクールの、あの一件があってから、ソワソワしている。
「はいはい。ここでは橋本君は大丈夫だから。風歌もいるんだし、皆しっかりね。」
生徒会メンバーの他には心音ちゃんも来ていた。
ニコニコ笑いながらウィンクする。
心音ちゃんは、堂々としている。
きっと二人なら大丈夫、という顔だ。
そう、肝心なのは関東コンクール。まずは、この県のコンクールを突破しないと。
でもなぜだろう、県のコンクール突破は、連弾部門で、関東コンクールの出場が確定しているせいか、私も、輝君もリラックスしていた。
そうして、生徒会メンバーと挨拶を終えると、加奈子ちゃんは、ホールの外へ出て行って。
少しではあるが、立ったまま、狭い場所でできる柔軟運動、つまり、バレエの時の準備運動をしていた。
「おおっ。加奈子ちゃん、やっぱり、緊張しているな。」
加奈子ちゃんの後ろから、声をかけていたのは、加奈子ちゃんのバレエの先生、確か、原田先生と言ったかな。
「は、はい。やっぱり落ち着かなくて、私の本番みたいになればいいかなって。」
加奈子ちゃんは笑っていた。少し緊張がほぐれている様子。
「ハハハ。そうだよね。大丈夫、あの少年は加奈子ちゃんが譜めくりのタイミングを間違っても、全部弾けちゃうさ!!」
原田先生はにこにこと笑っている。
「ああ。そうですよね。」
さらに加奈子ちゃんの表情がほぐれたところで、私と輝君は加奈子ちゃんと原田先生の元へ。
「そうだよ!!加奈子。間違っても、気にしないで。」
輝君はニコニコと笑っていた。
「うん。ありがとう。」
加奈子ちゃんは笑っていた。良かった。これで少しは落ち着いたかな・・・・。
そうして、すでにピアノコンクールは開演しており、私の集合時間が近づく。
私の直後に輝君の演奏があるため、私と輝君の集合時刻は同じだった。
スーッ。ハーッ。
スーッ。ハーッ。
私の輝君は同じように深呼吸する。そして。
「そしたら、そろそろ、行くよ。準備は良い?」
加奈子ちゃんに声をかける輝君。
加奈子ちゃんは頷く。
一緒に居た原田先生も頷く。そこに、男性のバレエの先生も合流する。
2人の先生は、出演者以外立ち入り禁止の直前の場所まで、私と輝君、そして、加奈子ちゃんを見送ってくれた。
「それじゃあ、少年、しっかりな。加奈子ちゃんも緊張しないで。」
原田先生は、輝君と加奈子ちゃんの肩をポンポンと叩いていた。
「何かあれば、すぐに行くからね。輝君!!それじゃあ、準備は良いか?裕子。」
男性のバレエの先生は、原田先生に向かって頷き。
お互いの首に着けていた、ネックレスのようなものを外して、輝君に渡した。
「これは、私とヨッシーからのお守りだ。首にかけろとは言わないが、ポケットにでも持っていてくれ!!」
輝君はそれを受け取る。
「はい、ありがとうございます。」
さすがに二つは首から下げられないので、一つは首から下げ、シャツの内側に、もう一つは、輝君のポケットの中に入れた。
「それじゃあな、少年!!」
原田先生に大きく手を振られ、私たちは、控室へ。
そこから、時間通りに案内され、舞台袖に移動。
そして・・・・・。
私の出番。
「22番、緑風歌さんの演奏です。」
司会の人が読み上げる。
輝君と加奈子ちゃんを見る。
2人とも手を振っている。
大きく頷いて、私はステージに。
舞台中央、黒く光り輝くピアノに向かう。
客席に一礼をして。ピアノの椅子に座る。
目を閉じて。
スーッ。ハーッ。
大丈夫、輝君と一緒だから。今日の私は緊張していない。いつも通りに、ううん。いつも以上に力が出せる。
見ててね。輝君!!
私、緑風歌の課題曲1曲目。
ショパンの『ワルツ14番遺作、ホ短調』。
うん。今までで、一番音がはっきり出せている。
そして、メリハリもハキハキしている。
勢いよくフィニッシュしたら。そのままの勢いで、課題曲2曲目。
『マズルカ第5番作品7-1、変ロ長調』
1曲目の勢いそのままに、弾いていく私。
うんうん。これだったら。自由曲も・・・・。
マズルカを弾き終えて、3曲目の自由曲へ。
にこにこしている私。
うん。今なら、はっきり、今までの中で、一番はっきり音が出せそう!!
少しインターバルを取って。自由曲。
ショパンの『エチュード作品10-5』。通称『黒鍵のエチュード』。
指の動きが難しい?でも、輝君も見ている中で、少し走ってる?
ううん。今なら、乗り越えられそう!!
勢いに乗って、はっきりと、演奏を終えた私。
客席に向かって一礼すると、大きな拍手が鳴り渡った。
ステージから退場して、輝君と加奈子ちゃんの顔を見る。
「にへへっ。頑張っちゃった。」
舞台袖で静かに口を動かす私。
大きく頷く、輝君と加奈子ちゃん。
ピースサインを送る輝君。
「ちょっと勇気をもらったわ。」
加奈子ちゃんの口がそう動いた。
頑張れ、輝君!!
私は、輝君と加奈子ちゃんがステージに出て行くところを見送った。
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3.只今、構成中。近日アップします。