第????:5話
かなり遅れた。
ーーナイガと別れてから、十分程。
俺は、未だにベンチに凭れ掛かっていた。
「くぁ……、あー、面倒だ」
動くのが面倒だ。これから如何するかを真面目に考えようかとも思ったが、寝起きな所為かそれも出来ない。
……はい、嘘です。ただ自分の性分なだけです、ハイ。
呆、と青い空を眺めながら、如何するかを思考する。このまま動かない方針で。
二度寝でもするかね?
「……そうするか」
と、いうわけで。オヤスミー……
ピロンッ。
コミカルで軽い電子音と共に、俺の前にメッセージウィンドウが浮かび上がる。何かと思い見てみれば、フレンドコールーーフレンドとして登録した相手にメッセージを送り呼び出しをかけるものーーだった。
誰だ俺の二度寝を邪魔した輩、は?
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Fri-Call:msg
送信主:瑠璃 件名:(怒)
内容:【タップで表示】
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おっ、と。
此奴のことを忘れていた。
此奴はーーいや、いい。
説明は要らんな。何せ、
ーー今から着信無視をする気満々なのだから。
と、いうわけなのでオヤス
ピロンッ。
再び俺の前にウィンドウが浮かび上がる。
「ゑ?」
またか? 送信主を見ると、今度も瑠璃からだった。
ピロンッ。ピロ、ピロンッ。ピロピロ、ピロンッ。ピロ、ピロピロピロピロピロピロピロピロピロピロピロピロンッ!!
「WHAT!?」
怖い怖い怖い怖い怖い。え、何? 何があった?
ピロピロピロピロピロピロピロピロピロンッ……。
……止まっ、た? もう来ないか?
十秒待つ。来ない。二十秒。来ない。三十秒。来ない。
一分後。来ない!
「良し。寝」
ピロンッ!!
「のぁッ!?」
クソ油断したときに……ッ!!
これは絶対わざとだ。絶ッッッ対わざとだ。
わざわざ時間を調整して来おって……!!
一先ず、最後に送られてきたメッセージだけをーーん?
フレンドコールが、メッセージではなくボイスチャットの方に変わっている。
取り敢えず、件名を確認しようか。
・ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー・
Fri-Call:VC
送信主:瑠璃 件名:応えないならアップデート時刻まで続けます。
【タップで会話開始】
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「何恐ろしいことを言っているんだ此奴」
会話する気なくすぞ。
しかしまぁ、チャットはするしかないだろうな。
流石に、ログインしているあいだずっと、というは辛い。かなり辛い。
着信拒否をすればいいだけの話なのだろうが、あまり此奴にそういうことはしてやりたくない。
表示されている会話開始ボタンをタップす『遅いです』るッ!?
「反応早いな!?」
『当たり前です。いつまで待たせていたと思っているのですか私は朝からずっと待っていたんですなのに全く呼ばないなんて馬鹿ですか起きたなら一番最初に私を起動して下さいと常日頃から言っているのに何故声をかけないのですか女性を放ったらかしてそのままゲームに移行するだなんて男性の風上にも置けない人ですね正気ですか私ずっと待っていたんですよこの気持ちが分かりますかッ!?』
「待て待て待て待て待て!! 速い! 速いから!!」
『この気持ちが分かりますかッ!?』
「いや、興奮しすぎだ。……あと男の風上にも置けないって表現、案外差別表現らしいから気を付けーー
『慣用表現ですッ!!』
ーーあ、ハイ」
押し通すらしい。
この今現在興奮しきっている人物は、先程から出ている通り“瑠璃”という。
朝からずっと待っていた、なんてことを言っているが、別に俺の恋人というわけではない。さらに言えば、『私を起動して下さい』という言葉からも分かるように、人種でもない。
瑠璃は、自立思考型の、自己学習する AIなのである。
今から十三年と少し前に、親から誕生日プレゼントとして送られてからずっと側に居る、家族といって過言ではない存在だ。
つい二、三年前までは、こんなに流暢に話すことなど出来ず、無機質な機械音声でしか話していなかった。勿論、感情など表すこともなかった。
そんな瑠璃が、ある日突然自我に目覚めて、今のような姿になった。
丁度俺が『HOW』を始めて、瑠璃を『HOW』に連れてくるようになった頃に自我が芽生え始めていたから、原因としては『HOW』のシステムなのだろうが……。
まぁ、それに関しては如何でも良い。ありがたいだけだったのだから。
そんなことより。
『朝起こして欲しいと言われたから起こそうとしたのに、声を掛ける前に起きて着替えているなんて如何いうことなんですか……。私完全に役立たずにされているではないですか……泣いていいですか?』
瑠璃のテンションがダダ下がりになっている。
そもそも俺は、起こしてと言ったわけではないのだが。『7時を過ぎても寝ているようなら』声を掛けて欲しいと、保険として言っただけなんだがなぁ。
何故に寝過ごしていないことを責められねばならんのか。
謎である。
「あー……落ち着け? 取り敢えずもちつけ?」
『ここでネタを入れないで下さい』
「アッハイ」
御免なさい。
『……まぁいいです、何故私を起動しなかったのかを聞かせて下さい』
「あー……それは、だなぁ……」
『話して下さい』
「はい。綺麗サッパリ忘れていました」
『そうですか。ところでマスターは今どこに居ますか?』
? 俺の居場所聞いて何に……はッ!?
「お前まさか、俺を処刑しに来る気か!? 意地でも教えんぞッ!!」
ちなみに、『マスター』というのは俺だ。何故そう呼ばれるようになったのか、本当に謎だ。
『ツァイトの南噴水広場ですね、分かりました』
・・・。
「はっはっは。残念、俺は時計塔に居るんだ。鎌掛け失敗してるぞ?」
『マスター』
「ん?」
『嘘は、』
最初は、ウィンドウから。
「ーーいけませんよ?」
後半は、すぐ傍から聞こえてきた。
「さらばだッ!!」
ベンチから勢い良く離れて走り出す。周りに見ている人が居たのなら、俺が何かに弾かれたかのように見えただろう。このままこの場を離れなければ……!!
だが、3メートル程走ったところで、俺の肩がガシリと掴まれた。体が前に進まず、止まる。
「『また』置いて行くつもりですか、マスター?」
瑠璃が、底冷えのする声で俺に訊く。もう、逃げられないな。
「いや、少し散歩に行こうしていただけだ、何も怪しまれるようなことはッ……!?」
最後の足掻きとして言い訳をカマそうと振り向くと、そこには涙を流しながら俺を見つめる瑠璃の姿があった。
「正座」
「え?」
「正座して下さい」
「ーーハイ」
この後、俺は滅茶苦茶叱られた。そして泣かれた。
まだまだ続く。