人魚姫、走る!
「ねーねー! ばあちゃん! 私足が欲しいんだけど!!」
「あげてもいいけど、大変だよ。」
どうもどうも。
私人魚姫。
つい先日、荒れ狂う海のど真ん中で、ゴージャスな船が転覆してるの見つけてさ!!
その下の方で、めっちゃイケメンの人、見つけちゃって!!
このままサメのごはんにするのもあれだなあって思ったもんだからさ!
海面まで浮上して、助けてあげたんだよねえ。
ぶっちゃけ人間ってやつに興味津々だったし!
間近でイケメン拝みたかったっていうか!!
で、一晩ジロジロ見てたらさ、なんかこう、無性に、ねえ。
愛着わいたっていうか!!
いわゆる、一目惚れって、やつ?
ひゃーーーー!!!
マジ照れるんですけどもっ!!!
嵐が去って、朝日が昇ったころに、名残惜しいけど、浅瀬にイケメン、置いてきたんだ。
本音を言うとさ!ずっとこう、触ってたかったんだけれども!!!
海辺の修道院からパッとしない女の子が出てきたんで、イケメンを託して、その足で魔女のばーちゃんのところにやってきたってわけですよ!!
「ええ、なんで、何が大変なのさ?」
「対価として声が必要だね!! さらに王子の愛がもらえなかったら泡になる! 以上!」
「何それ!! 金でいいじゃん! どういう仕組みだよ!!! ウケる!! 愛? なにそれ! モノですらない! 泡とかwww」
「魔法の世界は摩訶不思議がまかり通るんだよ!! ウケるな!!」
なんだかぐつぐついってる鍋をかき回しながら、ばーちゃんが怒ってきた。
なんだ、カルシウム足りてないんじゃないの。
「ええーまあいいや! この『書けるんですクン』持っていけば。文字書けたら余裕っしょ!!」
あたしはこう見えても才女なのですよ!!
人魚文字に精霊文字、人間文字だってお任せあれ!!
文学部卒だからさあ!表現方法にもめっちゃ自信あるし!
イケるイケる!!
私は海の中でも文字がにじまないボードを掲げて、ばーちゃんに見せつける。
「本気かいな!! まあそれで意思疎通はできるかもしれんけど、あんた足が生えたところで、めっちゃ痛いで?! なんてったって筋肉の構造が違う! まず立てるようになるまでに時間もかかるし…。」
ええ! マジで!! 足もらっても歩けないのは困る!! どうすんだこれ。
「じゃあさ、鍛えたりしたらいいんじゃないの。結局さあ、筋肉ついてないから歩けないってことなんだよねえ。」
「そうだねえ、鍛えたらいけるかも? なんにせよ、足生やしたやつがおらなんだから、何とも言えんわ。それでもやんのかい。」
ぐつぐつ煮えたぎる鍋をかき混ぜながらばーちゃんがわたしを見つめる。
うーん、その鍋、言いにくいけどめっちゃクサい!! 煮詰まってきたから、すんげえくっせえ!!
「うーん、やりたいな。やってみるか。よし、やろう!! やるわ!!! ちょっと準備してくるからさ、用意しといて!!!」
「りょうかい。」
私はここ何年か溜め込んであった、難破船のお宝をトランクに詰め込んだ。
金貨にドレス、宝飾品、缶詰に食器。まあ、絵画とかは地上に上げたらカビちゃうだろうから置いていくか。上陸したら、まずは住むとこ探して、いやいやまずは換金しないと。
…ん?? ちょっと待て、歩けないんじゃ動くこともできないじゃん!! 詰んだ!!!
ばん!!!!
勢いよくばーちゃんちのドアを開けた私。
「ばーちゃん!! 海ン中で鍛えてから浮上したいんだけど!!!」
「はあ?!」
おお! あのくっさいなべがなくなってる!! 鼻つまむために洗濯バサミ持ってきたけど、これはいらないや。ぽい。
私は大きなトランクを横において、計画をばあちゃんに話し始めた。
1、薬飲む。
2、足鍛える。
3、上陸する
4、お宝換金する
5、住むとこ探す
6、足鍛える&仕事探す
7、王子に会いに行く
8、王子に愛もらう
9、ハッピーエンド
「どうよ! これなら完璧でしょ!! という事で、どっか鍛える場所ない?」
「岬の灯台の下に、クラーケンのおばさんが住んでたはずだから、ちょっと聞いてみるわ。」
魔女のコミュニティ、すげえな!!
いそいそと電話を取り出したばあちゃんは、げらげら笑いながら話をしている。あ、終わった。
「いいってよ!! もうじき迎えに来るらしいから、薬、のめのめ!」
そういって差し出されたのは…!!!
ぎょーーーーえーーーーー!!!!
さっきまで練り込まれてた、あのクサいやつじゃん!!!
私はさっきポイした洗濯ばさみを鼻に装着して、涙をこぼしながら薬を飲んだ。
クラーケンのおばさんが来る頃には、私のひれは、すっかり足に変わっていた。
うぐぐ、地味にいってえーーーー!!!
歩くたびに、激痛が!!!
これは地道な筋トレが必要だな…!!!
「ばーちゃん! 久しぶり!!」
「くらちゃん!! あんたそんなに年変わんないのにばーちゃんっていうな!!!」
「人型とイカ型だったらそりゃイカの方が若く見えるってもんじゃん!」
よくわからないやり取りでツッコミ入れたいところだけど、あいにく私は声が出ない。
黙って事の成り行きを見守る。
何やらいろいろと話し込んでいたが、私がくらちゃんの触手掃除をしつつ、筋トレもこなし、しばらく同居することでまとまった。
よーし! 新しい私、今から……はーじめーるよーーー!!!
かくして、くらちゃんと同居を始めて半年。
足の裏のマッサージから始めた私の筋トレ生活。
毎日スクワット500回、トレッドミル二時間、ついでに海でウォーキング。
鍛えに鍛えぬいた私はといいますと!!
「くらちゃーん! ごはんできたよー!!!」
なんかさ!! 鍛えて肺活量が上がったのか知らないけど、声取り戻しちゃったよ!!!
あれだな、多分、薬飲んですぐってさ、体の構成?が定着してなくてさ、不安定なんだって!!
ちゃんと構成変化の手順を踏んで、しっかり定着させたらきちんと人間になれるんだって!
…急いで見切り発車しなくて、マジよかったー!
「今日でこのご飯も最後かあ…。プロテインまみれで嫌だったけど、食べられなくなると思うと、悲しいもんだねえ…。」
「まあまあ!住むとこ見つけたらまた遊びに来るって!!」
私はご飯にプロテインをばっさばっさ振りかけて、最後の食事を楽しんだ!!!
「はえ~…。」
海辺の町で、私はトランク片手に、少々呆けていた。
人って、いっぱいいるもんだねえ!!
なにげにさ、人魚界ってこう、人口密度低いんだよね。
うは!! なんかめっちゃイケメンいるぞ!!
ちょ!! マジか!!
目移り、目移りー!!!
「お姉さん、どこ行くの。」
なんかひ弱そうな男が声をかけてきた。
ナンパか…?
だが断る!!!
「ギルド探してて。…あ。」
どがっ!!!
ひ弱な男が私に話しかけてる隙を見て、別の男が、私のトランクに手を伸ばしたんだけれども。
トランクはびくともせず、手を伸ばした男が、その場に崩れ落ちた。
勢いでもっていこうとしたみたいなんだけどさあ。
このトランク、地味に圧縮魔法かかってて、200キロあるんだよねえ…。
あーあ、肩脱臼してるじゃんwwwウケるwww
男たちはどこかにはけていってしまった。
軟弱だなあ…。
何とかギルドを見つけて、少々の換金をした私は、道具屋の一階に部屋を借りることになった。
本当は二階が良かったんだけどさあ、トランク重くて転がすのに精いっぱいでさあ…。
住居が決まった後は、仕事探し。
さっきギルドで、商業ギルドの場所を聞いてきたんだ。
いい仕事見つかるといいんだけど。
「ええと、文字と、人魚文字と、精霊文字が書けるんですね?」
「はい。」
商業ギルドの受付で、お姉さんと面談中です。
仕事あるかなあ…。
「実は、翻訳の仕事をしてくれる方を探していたんですよ。お願いできますかね?」
「喜んで!!」
あっちゅーまに仕事決まったわ!!!
まだ商業ギルドの中も見てまわってないというのに!!
人生とんとん拍子に進みすぎて、逆にドン引きなんですけど!!!
そんなこんなで、人間生活始めて一年。
私の一日のルーティンはといいますと。
朝起きる。
早朝ランに出発。
クラちゃんと朝ご飯。
食後ウォーキングして帰宅。
筋トレ。
プロテインごはん。
翻訳の仕事。
夕ご飯。
道具屋さんのかってる犬の散歩。
お風呂。
執筆。
就寝。
毎朝毎朝、5キロの道のりをジョギングしながらクラちゃんちまで行って朝ご飯を食べ。
お魚もらったりしておうちに帰って。
午前中は筋トレ三昧。まあね、自重トレーニングって、結構効くんだよね!!
しっかり筋肉疲労させた後で、プロテインぶっかけご飯を食べて。
プロテイン摂取ゴールデンタイムはきっちり生かしますとも!!!
そのあとは翻訳のお仕事に没頭し。
軽めに夕ご飯を食べた後は、道具屋さんのでっかい犬さんを一時間お散歩に連れていき。
かえってきてお風呂入った後は。
小説なんか、書いてたりして…。
いやあ、ぶっちゃけさあ!
人魚界の物語とか、人間って知らないし!!
書いたら売れるんだって!!
現にすでに三本くらい書いたんだけど、全部すんごい売れてんのさーーー!!!
うっとりするような恋物語とかさ、この国の王子も夢中なんだって!!
この前強烈なラブレターもらっちゃったよ!!
「あなたの書く物語に、恋に落ちました、愛してます!!」
だって!!!ウケる!!大ウケなんですけど!!!
とんとん拍子に作家になって、トランクの中身が一向に減っていかないのが、もっぱらの悩み。
だってさあ!いつまでたっても、二階に住めないじゃん!!
床抜けたらどうすんだよ!!!
今度の印税で、家買うかなあ…。
でもここの暮らしも、いいんだよね…。
ぼんやり、今後の暮らしについて、考える。
……。
そういや、あのイケメン、どうなったんだろ。
・・・ま、いっか!!!
私は勢い良く、自分の部屋を飛び出して。
「おはようございます!!!」
「おはよう!! 今日も早朝ラン? 行ってらっしゃい!!!」
「行ってきます!!!」
ランニングウェアに身を包んだ私のポニーテールが、揺れる。
ひれだった頃の面影のない、筋肉質な両足が、地面を蹴り上げる。
潮風が、やさしく頬を撫でてゆく。
少し上がってきた呼吸数と心拍数が、私の体中の血液を、循環させる。
走るのって、本当に、気持ちが、いい!!
海の中にいた時は知らなかった、感動が、楽しみが、ここにはある。
実はさ。
今、新しいお話、書いてるんだ。
私の実体験を基にした、ドタバタコメディ。
主人公の人魚が、恋をするために海を飛び出して、いろいろ経験するストーリー。
恋をするかどうかは、まだ決めてないんだけどね。
…だって、本人が、今は、筋肉づくりに夢中だもんwww
だけど。タイトルは、決めてあるんだ。
「人魚姫、走る!」
ベストセラーの予感しかしない!
サイン書く準備、しておかないとね!!!