ルート分岐、そりゃもう一択!③
現在、テーブルの向かいには天月なじみが座っている。そして隣には、本日二個目のケーキを食べるセラが座っていた。
あれからパンツ事件の誤解は解け、いまは皆で一息ついているところだ。
「ついにあんたが犯罪者になったかと思ったけど、誤解だったとはね」
「分かってくれてよかったよ」
「なんか残念だわ。インタビューで『いつかやると思ってたんですよ』って言いたかったのに」
「幼馴染を犯罪者にしてまでやることか、それ!?」
つまんないのと言って、なじみはケーキをつつく。いますぐそのケーキを買ったのが誰だったのか、思い出してもらいたい。
「まあ、妹にしか興味のないあんたが妹以外のパンツで興奮するわけないものね」
「んなことあるかぁ!」
もしそうだったら、自分で交番に行っている。どれだけインタビューされたいのだ、こいつは。
「それはそうと……」
なじみはフォークを置き、椅子の上の手さげ袋から蓋付き容器を取り出す。
「はい、いつものおすそ分け。今回は千代ちゃんの好きな肉じゃがよ」
「おっ、さんきゅー。今晩のおかずにさせてもらうよ」
なじみから容器を受け取る。おばさんの作る料理は何でもうまい。中でも肉じゃがは格別で、一度食べたらやみつきになるくらいだ。
「これが言っていた肉じゃがですか。とってもおいしそうです!」
ケーキを食べ終わり、今度は肉じゃがを見つめるセラ。絆創膏だらけの両手をわなわなさせ、目をギラリと光らせる。そんなセラを見て、なじみはうれしそうに言う。
「セラちゃん、だっけ? よかったらいま食べてみる?」
「はいっ、是非とも!」
「じゃあスケヒト、お皿出して。あんたの分もね」
「俺のもか?」
何故自分の分も出さなければならないのだろう。おばさんの肉じゃがは何度も食べた。だからいま食べる必要はないと思うのだが。
「いいから、早く持ってきて」
なじみには何かたくらみがあるらしい。これ以上詮索してもつまらないので、素直に自分の皿も持っていくことにした。
「ほら、持ってきたぞ」
「ん。そこ置いといて」
二人分の皿をテーブルに並べる。なじみはまだ使っていない箸で皿に肉じゃがを盛り付けていった。
「はいできた」
「食べてよろしいですか?」
「どうぞどうぞ。ほらっスケヒト、あんたも食べなさい」
なじみに促され箸を手に取る。
目の前の肉じゃがは、見た目は普通。しかし何か嫌な予感がする。なじみは何をたくらんでいるのだろう。
「毒なんて盛ってないよな」
「いいから、黙って食べなさい」
その返答が恐ろしい。頬杖をつき、笑顔で脅迫してくる幼馴染。これ以上何か言うと、テーブル下の足を蹴られそうだ。
ええい、どうにでもなれ! 目をつぶって一口食べた。
「……」
いつもの肉じゃがと何か違う。おばさんの作ったものとは別物の味。しかし、
「普通に……おいしい」
これではただ肉じゃがを食べただけ。一体なじみは何をしたかったのだろう。
「へ、へぇー。おいしいんだ、ふーん」
「ああ。おばさんの肉じゃがとは違うみたいだけど、普通においしいぞ」
「何を隠そう! 今回はね、私が作ったのよ!」
なじみは得意げに胸を張る。
中学時代、なじみの失敗料理を処理させられていたスケヒトは驚いた。なじみは料理が下手だったはず。卵も上手に割れないほど壊滅的に下手だったはずなのだが。
「それ聞くと、味が変わった気がしないでもなくもない……」
「何をっ!?」
もう一口食べてみる。ゆっくりと咀嚼し、きちんと味わう。さっきはおばさんの肉じゃがだと思っていたから、きっと味の補正がかかっていたに違いない。
「……おかしいぞ。おいしい、だと?」
「これはとっても美味ですよ! なじみさん、おいしいですよ!」
自分の舌が狂ったかと思ったが、セラもおいしいと言っている。やはり、この肉じゃがはおいしいのだ。
「ふん! しょうがないからまた作ったげる。感謝しなさいよね」
褒められたなじみは、まんざらでもない様子で腕を組む。照れているようで顔が少しだけ赤くなっていた。
「なじみさんっ!」
そう言ってセラは机に乗り出す。顔面を急接近させ、絆創膏だらけの両手でなじみの手を取った。
「はっ、はい?」
「なじみさん、私に料理を教えてください!」
そう言われたなじみは目をぱちくりさせる。
「私が、あなたに……?」
「是非っ!」
「でもどうして」
「おいしい料理を食べていただきたいですから!」
「そう言われても……」
なじみは間近で笑うセラから恥ずかしそうに視線をそらす。
「……!」
視線をそらした先にあったものを見て、なじみは目を見張った。セラに握られた自分の手を見て驚いているようなのだが、スケヒトには何故驚いているのか分からない。
「まさか、あなたも……」
「はいっ!」
二人が何を話しているのか、やっぱり分からなかった。