ルート分岐、そりゃもう一択!②
「かわいいヘアピン、ありがとー」
「気に入ってもらえてうれしいです」
午後三時を過ぎたころ、千代が遊びに出かけると言った。前から友達と公園で遊ぶ約束をしていたらしい。
「いってくるねー、お兄ちゃん!」
「暗くなる前には戻るんだぞ」
「わかったー」
スケヒトとセラに手を振り、千代が元気に出かけていく。スケヒトはヘアピン(に変身したセバスチャン)がしっかりと千代についていることを確認し、部屋へと戻った。
「本当に大丈夫なんだろうな」
「大丈夫です! 仕事はきちんとする子ですから!」
「……ならいいけど」
もやもやが残りつつも返答する。
明日から学校が始まれば、妹はセバスチャンに任せることになるのだ。試験運行という意味でもこれはいい機会かもしれない。そう思わないと、妹が心配で気が狂いそうだった。
「――それにしても、きれいに取れましたね、ソースの染み」
セラがしわを伸ばしながら千代の服をまじまじと観察する。
妹が出かけてから小一時間。お昼ご飯の後片付けを終え、いまは洗濯物を干している真っ最中だ。
「早めに洗濯したのがよかったな」
「きれいに取れてよかったです!」
ハンガーに服をかけながらセラが笑う。その様子を見ながら、スケヒトは洗濯かごへと手を伸ばした。
「ん? 千代、シュシュなんて持ってたっけ?」
丸まったタオルの中から、薄水色をしたシュシュのようなものが転がり出てきた。千代の髪型は肩の高さに切りそろえられたボブカット。シュシュが使えない長さではないが、髪を結ぶのを嫌がる千代が使ったとは思えない。
拾い上げ、これが何なのか確認する。
「……!」
少しほぐしただけで、ぱらりとほどけた。その形は三角形。穴は三つ開いていて、その中の一番大きい穴をスケヒトは持っていた。それは言うまでもなく、
「ぱ、パンツ!?」
セラのパンツであった。家族のものではないそれをつまむスケヒトは赤面してしまう。
「うおっと。これは失礼しました」
「おっ、おう」
セラは自分の洗濯物と他の洗濯物はきちんと分けたと言っていた。だがまあ、誰にでも失敗はある。そりゃ洗濯物が混ざってしまうこともあるだろう。しかし、よりにもよって下着を分け忘れていたとは。
一刻も早くこれを返さなければ誤解されかねない。もしこの状況を妹に見られでもしたら、軽く死ねる自信がある。
「――ねえ……スケヒト」
いきなり、聞きなれた幼馴染の声が横のほうからした。
突然の声に驚いてしまい、スケヒトは油のきれたロボットのようにしか動くことができない。
「バイトを終えて来てみれば……」
ぎぎぎぎぎと、首を動かして横を確認。恐ろしい笑顔の声の主と目が合った。
「なじみが……なんでここに」
玄関とリビングとをつなぐ入口に、天月なじみが手さげ袋を持って立っていた。仁王立ちをし、笑顔でこちらをにらんでいる。
「なんでとは心外ね。家に行くって、そう言ったでしょ」
なじみは合鍵を人差し指で回しながら、一歩一歩近づいてくる。凄まじいその迫力にスケヒトは冷や汗をかいてしまう。
「それよりも、この状況どう説明するつもり?」
「いや、その……」
この状況では何を言っても無駄だろう。女の子のパンツを広げ、しかもそのパンツを女の子に見せつけている、そんな構図になっているのだから。
誤解を解くためには、セラから言ってもらう必要がある。スケヒトは頼むという気持ちを込め、セラに視線を送った。
「なじみさん! 誤解です、誤解なのです!」
セラにきちんと伝わってくれたらしい。あとはセラが誤解を解くのを待つだけだ。
「私の洗濯物が混ざってしまっていたというだけで、スケヒトさんは悪くありません! 確かに今朝がたお風呂でエロゲ的イベントが発生しましたが、スケヒトさんはスケベさんではないはずです!」
「ちょっと待て、今朝のことは関係ないだろう!」
「いえいえ、関係大ありです。これもきっとあの秘密結社のシナリオ通りの展開! 全てはスケヒトさんが変態であることを完全に印象付けるための補完計画! ですから今朝の分の誤解も解いておかないと」
「それ、なじみは知らないよなっ!?」
変なことを口走られてしまった。なじみの誤解を解いてもらうはずが、逆に悪化している。なじみは引きつった笑顔で言う。
「スケヒト……」
「ごっ、誤解だ!」
「とりあえず、パンツ置こうか」
そう言えば、まだパンツを持ったままだった。