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第7話:転生者の所業

一部、精神衛生上に不適切な言葉があります。ご留意くださいませ。

決して遠くないところで、パトカーのサイレンが聞こえる。冷静に考えれば脂汗が止まらなくなる。僕は人殺し(・・・)を匿っているのだ。彼女はというと、カップ麺を啜ったのち、水浴びが出来ないか聞いてきた。僕はシャワー・シャンプー・石鹸の使い方を教えた。彼女は火の魔法もなしに、暖かいお湯が出ることが信じられないらしい。僕はそわそわとして、無意味にベッドを整えたりしながら、これはお泊まりコースだよな?などと考えていた。風呂場のシャワーの音は途切れない。血は落ちにくいのだろう。そもそも手も足も血だらけのままで呑気にカップ麺をすすっていたのだからやはり常軌を逸していると言えるのだが、それでも血がついたままでいるのは嫌なのだと解釈する。



 ここに来てふと彼女がーーそれもあれほどの美しい若い娘が!ーー風呂場で体を洗っていることを実感しとてつもなく恥ずかしくなって来た。なんせ生粋の童貞22年目。下手をすれば魔法使いになってしまうのかもしれないと、怯えながら暮らしていた身としては、このシャワーの音に落ち着いていられるわけがなかった。いや、魔法は存在した、異世界に行けば童貞である必要もないのだ! とりあえず、小便臭いズボンと下着を脱ぎ捨てーー僕はためらわず燃えるゴミの袋に入れたーー新しい服に着替えて、彼女が出るのを待つ。



「うーん長い。。。長すぎる!」



独り悶々とすること、1時間。その間にベッドだけでなく部屋の掃除もした。完璧だ。も、もちろん他意はない。その間に、一度彼女のメガネを手にとって確かめたが、普通にメガネだった。嫌に軽いが仕組みは同じだ。ということは彼女は近視なのか。そもそもあの目で視力はどうなっているのだろうか?というか・・・。


「うん、長すぎる。これはあれだ、安否確認が必要だ!」


ーずっとシャワーの音が流れっぱなしで、流石にガス代が気になり始めて来た頃だぞ?お嬢さん、知らないかもしれないが日本は物価が高いところでね、お湯だってタダじゃないんだ。実家からの仕送りは決して多くもないわけだし・・・。


僕は流石に声をかけることにした。


「あのう?大丈夫ですか?」


・・・・


「あのう?」


ーやばいなんか倒れてたりする?こりゃ扉をあけるしかないよな?ないよなぁ!な?な?


「あ、あぁあ、開けますよ!!??」


扉に手をかけた瞬間、僕の異様な気配に気づいたのかーー多分上ずった声に反応したのだろうーー中で声がした。


「うーん。。うーん・・・ニャ?」


(ハッ!モシ?)


ーチッ!!!


「あ、あの大丈夫ですか?」


(すいません、床に丸まって寝てしまったみたいで。すぐ出ます。)


ーだからなんでところどころで猫みたいなんだ。とかく彼女には体を拭いて出てきてもらった。パジャマになりそうなものがあまりなかったので、半袖のTシャツと、短パンを渡した。さっきまでの荘厳なーーそして禍々しかったーーローブとは打って変わって、その姿は頼りなく、風に飛びそうなほど弱々しく見えた。


(ありがとうございます。でも、さっきから思っていたんですけど、こっち(地球)の水って重いんですね。鉄が降ってくるような重さで焦りました。)


ーカップ麺じゃなくてもっと栄養のあるものをあげればよかったかもしれない。


洗ったと思われるローブは、あれほどの帰り血の量にも関わらず元の上品な白色を取り戻していた。僕はそれを受け取るとバケツを置いて部屋の一角に干したーー僕の部屋には洗濯機がないのでいつも水が垂れてしまうーー。


「あ、ええ。。。うん?」



彼女のやつれた体を見入ってしまったせいで、少し反応が遅れてしまった。ってか、水が、何だって??



(さっきから水をいただく度に不思議だったんですけど、水がとてつもなく重たくて、ああ異世界なんだなって感じがしました。お風呂場でも、お湯を浴びてたら、立ってられなくて、そのまま意識が飛んじゃいましたし。)


ーあれ、やっぱり割とピンチだったのか。


そこからは根掘り葉掘り、彼女のことを聞いた。もはや異世界よりも彼女のことが知りたかった。

ただし、彼女の名前は何度聞いても聞き取れなかった。本人にもその理由はわからないみたいだ。何度聞いても、”ニャー”としか聞こえなかったのだから仕方ない。なんだか放送禁止用語を言わせてるみたいだったので、10回聞いてさすがにまんぞ・・・諦めることにした。そしてやっぱり人間じゃなかった。向こうの世界には”ホーマ”と呼ばれる種族が人間に近いらしい。最初はそこだけが固有名詞で訳されなかったが、どうやら僕ら人間とほとんど同じ外見だそうだ。彼女はアライテル様(・・・・・)が創造した我々でいう”キメラ”という存在であるらしい。黒色の角をもつディアブルという生物と、ホーマ(人間)を生体錬金した存在らしい。ついでに異世界に行くための空間魔法に適性のあるカートという猫型の獣が合成されているとのことだった。


ーなるほど、それでか・・・。


(本当は尻尾もあったんですけどね。)


ーえ、なぜだ!なぜ無くした!!


 ちなみに、ディアブルだった時の記憶も、ホーマだった時の記憶もなく、生まれた時には主の元で、召使として生活を始めたのだとか。彼女たちにとって、主は絶対で全てであるらしい。彼女の言う”罪”も、どうやら命令や単純に主を失望させるといったことを含むようだ。やっぱりというべきか、彼女にとって命の価値が異様に低かった。彼女自身も含めて。その口ぶりは召使は皆、死ぬことを望んでいるという風にさえ思わせた。そして同時に、主がどれほど魔法に精通しており、どんなにすごい錬金術師かも話してくれた。話を聞く限りなんでも彼女たちの世界に30年前に”転生”したのだろう。30歳という異例の若さでありながら、その身一つで国を立ち上げたーーもっともスットン教を国教とする過激派集団であるがーーしたらしい。今回の彼女の出現も彼が構築した魔法らしい。転生無双系か。。。


「なるほど・・・わかりました。魔力の適性が高かった貴女は主に命令されて、転移の実験代になったと。転移が成功した際には救済と題してさっきの火事を行うよう命令されていて、その時、警官に囲まれて邪魔だったのでついでに殺し・・・救済したと。」



ーここだけ聞くと、犯人を追い詰めてあとはかっこよく説教する、さながらドラマのワンシーンのような気がしてきた。やっぱり説得したほうがいいのだろうか?



(命令?と言うのは違います。私の使命ですよ。)



ーああ、うん言葉が出ない。アライテルさん、お前は本当に胸糞の悪いやつだよ。異世界に転生して自分のやりたい放題やっているだけならまだ許そう。だけど、違うだろう。そんな調子の乗り方って完全にかませ(・・・)だぞ。誰一人それを咎める人がいなかろうが、ええい、もう外道と呼ぼう。


本心では胸糞の悪さあいまってはもう何も聞きたくないが、どうしても訊かねばならないことがあった。


「それと、その傷って・・・。」


ローブに隠れて見えなかった彼女の腕や足には少なくない切り傷や、火傷、それに真新しい打撲の痕ーーそれも明らかに人為的につけられたーーがあった。嫌な胸騒ぎがした。その瞬間、彼女は突然に、ティーシャツをまくりー脱ぎ始めた?



「え、え、ちょっと、、、え、何??」



ー僕は目を背けたほうがいいのか?わからずとっさに下を向いた。彼女は裸のまま背を抜けていた。


「え、え?この傷は・・・・」


それは冗談にしてはあまりに無垢で、あまりに酷いものだった。背中には焼きごての痕があった、そして汚い字で日本語(・・・)で”めすぶた”と書かれていた。頭が真っ白になった。



二次元の画像で見るのとは違う。その生々しさ、一人の人格の否定。自然に拳を握っていた。



(モシ・・・・。私たち召使の多くは主様に対する罪、誘惑し心を乱す罪も背負っております。それは生まれ持って持ちうる罪。あまりに深く一生つきまとう罪です。しかし私たちには主が許すその時まで、それにふさわしい罰をもって償うことができます。主に奉仕することも、体に与えられる傷も、主の慈悲に他なりません。)



ーそれってつまり、性的に貶めているということか?いや、もうそうとしか考えられない・・・・性奴隷・・・だと?この子が?まてまてまて、異世界だったら許されるってのか?こんな子が?




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ーああああああ!ダメだ!!!吐き気がする。胸にこみ上げるこの嫌悪感はなんだ?この女性の瞳の憂鬱はなんだ?罪悪感なのか?それとも苦しさなのか?絶望なのか?一体なんだ、なんなんだ。貴様は一体何なんだ!あんたも、あんただ・・・どうかしてるぞ。



「どうかしてる・・・・・・・っ!」



ーああ、だめだ、抑えきれない・・・・


「ふ、ふざけてる!!むちゃくちゃじゃないですか!貴女は、貴女はそれで、、、、それで・・・・いんですか?」



(え?ええ。痛いこともあります。苦しいことも。主が”お前は反応がなくてつまらない”と言う度に、主が”もっとうまくできないのか!”といって殴る度に自分の力不足を嘆きます。しかしそれらは全て私の罪でしょう?)



ーああ・・・あああ!!



「そうじゃない。。。そうじゃないでしょう・・・貴女は、貴女の心はなんともないのですか?」




彼女の目は困惑していた。僕が何を言っているのか、何を責めているのか、何に憤っているのかもわからないのだろう。その困惑は僕を一層不快にさせ、心を抉るのに十分だった。



(別になんとも思いません。私たちは、私は、創造されたのです。私は生きているのではなくて、生かされているのです。この生が”許される”のなら私は、主に感謝するばかりです。)



ー矛盾してる。歪だ。そもそも、彼女をつくったのは主ではなかったのか?なぜ気づけないのだ。どう考えても、その教祖を名乗っている鬼畜野郎は自分の性的なはけ口として彼女を作り、その精神を洗脳し、体を、、、、心を、、、、陵辱しているだけじゃないのかっ!これが、人間のやることなのか・・・?



「違う・・・そんなの違う・・・そんなの幸せじゃない・・・」



声がでない。不思議なくらいに僕は怒っていた。そして泣いていた。自分の感情がよくわからない。同情なのか?共感なのか?義憤なのか?それとも、恋心なのか?赤の他人のはずの相手の話を聞いて、僕はまるで僕が侮蔑していた偽善者のように振舞っている。こんな自分がいることにさえ、僕は許せなかったはずだ。人の苦しみなんてわからないと、たかをくくっていたはずだ。人は結局自分が可愛いとおもっていたはずなのに、なのにこれじゃまるで・・・・


(貴方がどうして、そんなに感情的になっているのかも、何を幸せとしているかはよくわかりません。だけどせめて死んだ後くらいは幸せになってもいいでしょう?許されたその先に私は行きたいのです。)



ー彼女が鬼畜に許されるわけがない。いいように弄ばれて、許されるまでーー殺されるまでーーどれだけの酷い仕打ちが繰り返されるというのか?それまでどれだけの苦痛を何故、彼女が受けねばならない?何故だ?何故だ。何故なんだ!!


 安直な感情かもしれない。ただ、目の前で女性が苦しんでいて、しかも綺麗だから一層不憫に思っているだけなのかもしれない。その手の話なら、度々ニュースで耳にしたこともある。それどころか映画や漫画の中で題材にされていたり、ネタにされているのを見ても、そういうものかと月並みに不快に思ったり、悪役だからと冷めた目で見るだけだったりしたはずだろう。アダルトビデオでだって、時にはそういう設定のものを見ることさえある。だけど今は、僕の心を酷く重たいものが支配していた。溢れ出る涙と、胸に上がる形のない黒い塊を抑える手段を知らなかった。


「それで本当に・・・幸せなものかよ・・・」


最後の言葉は僕自身の嗚咽の音に紛れて言葉にすらならなかった。


シリアス回です。実際こんなことがあったら僕も落ち着いていられないのでしょうか?

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