第4話:ただ取りとめもなく涙が流れるのです
「えっと・・・マル?」
「・・・?」
マルの趣向がわからなかった僕がマルに買ったのは、体全体を覆うカーキ色のチェニックと紺のズボンだった。僕の服装はヴァルマさんに最初にもらった麻の白いズボンに紺のシャツーーそれもすっかり汚れてどちらもほとんど灰色だがーーを中心にシンプルなものだったので、結局マルのものも無難でーーそれなりに安いーー丈夫そうなものになってしまった。もちろん靴もセットだ。
それを渡すとマルは無言で着替え、それまで来ていた服を無造作に部屋の隅に投げた。
「一応・・・畳もうか?一応?」
「タタム?」
僕はマルに服を畳むように教えるとそれを再度繰り返すように指示した。マルは難なくそれをこなし、なぜか首を傾げた。
「・・・?」
「えっと・・・なんとなく?」
「ナントナク?」
ーなんだこの会話・・・。
マルのまとっていたサラシと顔を隠すためのフードは、すっかり黄ばんで饐えた匂いのものだった。
ーたたむこともなく、もしかしたらこのまま捨てても良かったかもな。
「ごめん、やっぱ明日捨てる。」
「ゴメ・・・ステル?」
「はは・・・」
僕はマルに水浴びをさせようと一階に降りる。手招きをすると無言で後をついてきて服のままシャワー室に入った。この街では水と火の魔鉱石を用いた技術がとてもよく発達していて物価も高いが様々なものがある。例えばこのシャワーだ。なんと温水がでてくるのだ。
「着たばっかりだけど服は脱いで・・・えっと、僕は出るから、ほらこれで体・・・あらってね?」
「・・・?」
さきほどの着替えの時にはしっかりと後ろを向いたものだったが、今回は服を受け取る間際やっぱり魔が差してしまい、すぐには受け取らずにジロジロと体を見てしまった。
胸と股の間を隠す所作には子供様な体とは言え、何か胸をカッカとさせるものがある。やっぱり僕は人間失格なのかもしれない。
ーふむ・・・胸の膨らみは意外と・・・それに競う様に立派なイチモ・・・
「立派なイチモツ!?」
”マル”は外見上、女の子でもなく男の子でもなく正確に言うところの両性具有だった。
数秒の硬直ののち、思わず出した大声に怯えたマルは僕の顔を見ると、なにかひどく落胆したような表情をした。僕の反応はやはり彼女ーーもしくは彼ーーには予想通り、不快なものだったらしい。
ーああ、やってしまった。。。
そんなわけであらゆるものに僕は目をそらしたまま、手先だけでマルに風呂場の案内をした。僕がシャワー室の魔鉱石に魔力を送りこむと、そこからお湯が出てくる。マルはそれをほんの少しだけぼんやりと眺めるとお湯にふれた。
泡立つ不思議な石ーー石鹸だーーで体と頭をこするようにジェスチャーを送ると意を酌んでマルもこれに習った。しばらくして僕が衝立の隙間から少し覗いた際には、仕上げに小さな羽をパタパタとさせているところだった。
「あ、わすれてた・・・仕上げは風魔法だ。」
僕が衝立越しに温風をマルに送ると無抵抗にこれを受けた。そして、数秒ほどしてから服を渡すとすぐにこれに着替えて出てきた。
「よーし、見違えるようですぞ、マル君・・・君でいいのか?」
マルは新しい服の着心地になれないのか首回りを指で何度も触っていた。
「よし、じゃあま、今日は寝よう。そして、明日は美味いものでも食いに行こう。」
階段を上がりマルにベッドに寝るように指で合図をする。よくわからないと言った顔で、マルは無言でこれに従うと、羽がひっかかるのかうつ伏せになった。
「Bonan Nokton 」
「・・・Bonan nokton・・・。」
ー言葉を知らないということはないんだ。よかった。
灯りとなる魔鉱石のランプを消す。この街にきて知ったことだが魔力の流れをいじると火や風、水を生成するものを魔鉱石と呼び、生物からとれる魔石や純度の高い魔力結晶とは区別するらしい。
ー僕もシャワー浴びるか。
部屋を出てシャワーを浴びる間の何気ない時間で考えることは、いつでも僕は何をしているんだろうという類のものだし、これから先の異世界生活・地球の両親のこと・アライテルのこと・・・そして”アニマ”のことだった。
そしてそこに今は性的にも心理的にもナイーブなマルという新たな要素が加わった。
「考えたって食うためには動かないと・・・マルのことで借金もできちゃったし・・・。最悪ぼくも借金のカタに奴隷落ちとか・・・うわわあ・・・不安・・・。」
シャワーを止めて風魔法でこれを乾かす。寝間着用のグレー色の麻の上下に袖を通して二階に上がったところで異変に気付いた。なぜか自室のドアがだけがガタガタと振動していたのだ。
「風?マル・・・か?」
急いで部屋の中に入るとチュビヒゲが大慌てて空を飛び回っており、風魔法がベッドを中心に渦を巻いているのが感じられた。毛布や替えの服が顔に張り付く。
「イタッ・・・。なにこれ服・・・じゃなくて風魔法か!?マル!?マル!!」
「Uuuu.・・・Kiel.・・・kiel・・・?」
どうにかマルにたどり着いた僕はマルの肩に触れる。そこからは確かに冷たいながらも生き物の体温とかすかな振動が感じられた。
手先で確認すると布団のシーツには無数の切れ目ができていた。
{ピトッ}
「血・・・いや、涙か?マル・・・マル泣いているのか?」
明かりもつけずに、ベッドの隅でマルを確かめるとそこには確かに生きている者の嗚咽があった。
「Uuuu・・・ Kiel・・・ mi ・・・ne rajtas・・・ eĉ morti」
風の魔法はーーおそらく自分を傷つけようとしたのだろうーーマルを中心に徐々に拡散し、部屋の中をすっかり荒らし尽くしてから収まった。チュビヒゲが警戒した声でマルを威嚇している。
「・・・ごめんよ、マル。言葉も通じないし、君のことを何も知らない。きっと辛かったのだろう?
いろんな不自由を感じてきたのだろう?遠いところから来たのだろう?何もできず死を待っていたのだろう?それくらいしか僕にはわからないんだ。そしてきっと、今も苦しいのだろうと思う。・・・それでも僕は君を見殺しにするわけにはいかないんだ。・・・ごめんよ、マル。」
ーああ、なんて凡庸な言葉だろう・・・。
奴隷にかけられる従属の法魔法は、”主人への危害”に加えて”自殺を禁じる”ためにかけられている。魔法だろうが刃物だろうが自傷しようと考えればそこで意識が霧散してしまうのだ。
{ヒック・・・ヒック・・}
「Kiuri・・・mi ・・・volas ・・・morti・・。」
それはマルから初めて聞いた能動的な言葉だった。僕は言い返す言葉も浮かばず、体育座りをするマルを抱きしめるとただ一晩中一緒に泣き続けることしかできなかった。




