第46話:「さようならまた明日。(Ĝis revido kaj ĝis morgaŭ.)」
それから数日、僕はあの手この手を使って、アニマの記憶が戻らないか必死で試した。ヨモギのタバコをふかしたり、ハーフエルフのムーサさんにもらった銀貨を見せたり、鼻の長い人形の真似をしたり、水の魔法でシャワーを見せたり、馬鹿みたいに笑ったりした。それからそれから・・・
「っ!・・・。」
手を握ろうとして怖がられたりした。
(記憶もほとんどの言語も喪失してます。魔法の喪失のせいで念話も通じませんね。)
その頃の僕はたまたま今だけ記憶が混濁しているだけだからと、壊れたパソコン何度も再起動する様な日々を送っていた。
言葉も通じないのに嫌そうな顔をするアニマに、アレコレと昔の話をして、途中でどっかに行くのを涙を滲ませながら見送る日々だった。今ではついぞ、顔を合わせても避けられてしまう始末だ。
気を紛らすために、里に住むディアブル一族に一人一人挨拶をしたりーーそして毎回、初対面で殺されそうになったりーー、狩りの仕方や魔法の制御について熱心に訓練をした。
待っていればいつかはきっと記憶が戻ってくるに違いないと信じて。
・・・
里に来て
から3週間が過ぎた頃、ネティマスがアニマーーだった者ーーと会話をするなかで、いくつかの言葉を思い出したようだった。あるいは新しく覚えたとも言えるがそれは定かなことではない。
とかくある朝、僕が挨拶をするとーーその頃には僕はもうほとんど外で寝たり、狩りをネティマスに教わるようになっていたーー、アニマが返事を返してきた。
どうやら、順調に生活に慣れてきたらしい。
「Bonan matenon. Kiu estas via nomo?」
ーKiuはたしか・・・疑問で、nomoは名前だから・・・ああ、僕の名前・・・か。
僕は発音することも忘れて、ほとんど固まったまま口だけを動かしてタイラといった。
「?」
アニマが頭を傾けて、僕の口の動きを読もうと目を凝らしている。
ー僕の名前は・・・僕の名前は・・・。
僕は一度血が出るまで唇を嚙みしめて、新しい名前を考えた。なぜだか妙に弱気になったのはなにも、毎日外で寝ているせいではあるまい。
少し視線をずらした先、家の蔦の先になっている丸っこい青い野菜が目に入る。サイズこそ大きいがそれは地球の”キウリ”そっくりだった。
ーわかってる。いつまでもここで待ってられない。僕は早くホーマの街に行くべきだし、アニマはここでひっそりと暮らすべきだ。名前なんて名前なんて・・・・・・そうだ、僕もアニマもこれからは新しい人生を・・・。くそ・・・くそくそくそ!
「・・・ Mia nomo estas ”Kiuri”.」
こちらの言葉で誰かという意味のkiu、彼あるいは彼女という意味のri、僕はすなわち、今のアニマにとってその程度のものでしかない気がして僕は言った直後にうつむいてしまう。
「Kiuri ! 」
ーえ?
久しぶりに見たアニマの笑顔が嫌に眩しい。そして僕もカタコトの言語で聞き返した。
「Via nomos?」
アニマは思い悩んでいるようだ、自分の名前がわからないのだろう。僕はおどおどした目の中で反射する光にくらくらした。ほとんど反射的に自分の知っている単語を口にしていた。
「Amata okulo, vi havas "Amata-okulo".」
ー愛しい目をした人。僕が最初に見つめた異世界そのもの。
アニマ・・・いや、"アマタオクロ"、はそれをなんども繰り返すと、新しい洋服を手に入れたかのように喜んだ。それから、ネティマスの元へと駆け寄ると、楽しそうに自分の名前を自慢げに話すのが見えた。
ーこれ以上・・・ダラダラとここに居たら・・・いや、ダラダラと期待してしまうと・・・おかしくなってしまいそうだ・・・ああ・・・そろそろ・・・潮時なんじゃないのか?
その夜、僕はネティマスやアニマとは食卓を囲まず、一人外で薪をしてご飯を食べた。
ヨモギを吸いながら空を見上げると月のないこの世界が常闇に包まれたような幻想に抱かれる。
ー考えてみればこっちの星もたくさんあるなあ。宇宙はもしかして繋がっていたりするのだろうか。
目を閉じればすべてが吸い込まれて消えて一つになる。そんな妄想が頭をよぎる。
「Kiuri ?」
「・・・あ・・・はい!キウリです。どうしたの?・・・って通じないか。」
目を開けると、”アマタオクロ”が家から半身を乗り出して、こちらを見ていた。
ー何かを喋ろうとしてる?
僕は急いで<解釈>を使った。朝はとっさのことで、スキルを発動しなかったが、もしも大事な言葉は聞き逃したらそれこそ殊だ。
「キウリ、私たち・・・違う?」
ー違う?私たち・・・ディアブロのことか?
「ツノのことかい?」
僕は頭のツノを指差しながら会話する。
「うん?・・・匂い。」
ー匂い?かそんなの考えたことないや。
「これのせいじゃないか?」
火をつけたヨモギの葉を振った。
「うーん。違うと思う。」
ーあれ、あの町の名前なんだっけ、石の雨を浴びたあの町の名前・・・。まあいいか。
僕はこれまでの知識を振り絞って、文を考える。別に通じたからといって何かあるわけじゃないのに。今にして思えば、ただ会話してるのが楽しかったのだと思う。
「Amataoklo, vi etas diablo, mi ne diablo...mi, homa de CHIKYU 。 」
「チキュウのホーマ?」
「あ、ううん・・・なんて言ったらいいかわかんなくて・・・」
「えっと・・・なんて?」
「いや・・・。」
ーあ、銀縁のメガネしてる。そうだそうだ最初に会った時は・・・”モシ”なんて口癖もあったな。
「モシ・・・か。」
「モシ? キウリ、”モシ”はなに?」
「いや・・・・・・。ほら、もう遅いですし、Bonan nokton。」
「う・・・ん、おやすみ。また明日。」
アマタオクロが部屋に入ると僕は、再び焚き火に当たりながら空を見上げた。実のところここ最近は不安でうまく眠れない。
いつアライテル達が襲ってくるか。
もしかしたらもう居場所がバレているんじゃないか。
彼女の記憶が戻らないままなんじゃないか。
こんな静かな夜にいきなり全てを奪い去られるんじゃないのか・・・・。
{ガサッ}
「誰だ!!!」
僕は牧をとっさに真っ暗な茂みに向かって蹴り飛ばした。
「キュウ!?」
「・・・鹿か・・・よ。あ・・・やべ・・・山火事になっちゃう!」
鹿に似た魔物がびっくりして去っていくと同時に、投げつけた薪をすぐに回収しに向かう。
ーあいつら本気に成ると割と強いんだよな。見かけによらず肉食だし・・・。味はうまいんだけど。
「はあ・・・こんな暮らし・・・気が狂ってしまう。やっぱり、街に行かないと。アライテルをアニマから遠ざるけるために、そして・・・倒すために。そうだ、彼女が安心して暮らすために、僕は僕にできることを・・・。」
ー彼女が幸せになるために・・・。
結局その日も僕は眠れなかった。そして、なかば深夜テンションで持って、ネティマスに街に出ることを伝えた。
わがままを言ってその日のうちに、来た時と同じ大きな羽のない竜を用意してもらうと、アニ・・・アマタオクロには何も告げずに出発した。
本当はずっとここにいて、彼女の成長を見ててもいい、或いは見ていたいと思いながら。
僕は再びネティマスに唯温の腕輪をもらい、それを右手にはめた。お別れを言うとネティマスは灯のない家の中へそそくさと帰って行く。ずいぶん夜目が効くものだと感心した。そうして僕は誰にも見送られず、里を出た。おそらくそれがこの里の流儀なのだ。
そう思って、納得して自分の荷物ーーと言っても例に漏れず乾燥したパンが入っただけの麻袋だーーを手に抱えると視線を感じて振り返った。
「ちゅび!!!!」
「ああ、ごめん。忘れてたよ。一緒に来てくれるんだな・・・。ありがとう、チュビ・・・。」
ーん・・・あれ、人影だ。
それともう一人、そこにいたのは意外にもネティマスの祖父、最初にあった初老のディアブルだった。すぐさま解釈を発動する。
「ニンジンよ。力がなければニラヤ=カナエでは食えないぞ。ネティマスの父もまた、弱さ故に最愛の人も、自分自身も守れなかった。あの忌まわしいホーマからな。」
ーなるほど・・・ネティマスの憎悪はここから来てたのか。ってかあんたおじいちゃんだったのかよ。
僕は伝わらないのを承知で日本語で返事を返した。いや、伝わらないのをいいことに思いの丈を返したと言ってもいい。
「ああ!ちゃんと、どうにかするよ。必要なら立ちふさがるものは焼き払ってでも食ってやる。僕は大丈夫、ニラでもなんでも焼いて食ってやるから!」
・・・
竜の背中に揺られ、暗闇の中ぼんやりと腕の中で眠るチュビヒゲを起こさないように空を見上げると、ふと自分がこの世界にとってひどく異質なもののように思えて、胸の中が寒々しい思いにかられるのを感じた。遠い日本の両親に、今から手紙がかけるのなら、何を書くのだろうなんてことを思いながら。
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母さん 父さん
僕は今まで人のために自分を犠牲にする人間を犠牲者だと言って馬鹿にしてきました。僕のために夜遅くまで働く父さんも、朝早くに弁当を作ってくれた母さんも、本当は馬鹿にしてたんです。物好きだなあって、どうしてそこまでできるんだろうって。でも、今、僕は分かったような気になっています。きっとそれって、我儘ってやつなんじゃないでしょうか?僕のために、人のために何かをしたいっていう我儘。それはもう、自分を満たすことなんかよりずっと充足感があって、一度味わったら他のじゃ満足できない。だから、それってやっぱり我儘なんですよ。
僕はずっと自分が嫌いでした。平凡でひねくれていて、恵まれているけれど、不幸な男だと焼けになっていました。でも今は違います。僕を見ていてくれる人がいた。そう、ちゃんと見てくれた。だから、もう自分を貶めるのは止めようと思えた。僕はもうあの人が傷付くのを見たくないのです。例え僕を覚えていなくとも、僕は僕のために、必ずアライテルを止める。あなたがもう悲しまないように僕ができることをしたいと、そう思っています。ね、ほら、だからこれってやっぱり我儘なんですよ。僕はー
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「Mis Alvenis.」
「あ・・・Dankon。」
送ってくれたディアブルーー結局最後まで名前は教えてくれなかったーーはなんのためらいもなくすぐに去って言ってしまった。
足を踏み出すと夜露でぬれた草が足に絡みつき、地面を歩く音が静かな平原にやけに大きく響いた。
{ザクッザクッ}
ー始まりは又しても、この草原かあ。今度は1人と1匹。あいかわらずこの世界は暗いな。
「うあああああああ!」
「ちゅび?」
「うっしゃ。もういっちょ始めますか。大凡平の異世界ライフ。今一度、また!」
月のない真っ暗な夜に明るすぎるいくつもの星がある。
「そういえば、あの9連星のこと彼女に聞きそびれたな。」
一つだけの足音がやけに耳に触る夜だった。
第2章がこれで終わりです。ここまでお付き合いくださいありがとうございました。
第3章を書きはじめてるので、その際にはどうぞよしなに〜。
ちなみに、よりエンターテイメントになる予定です。




