第45話:手放さなかったもの、滑り落ちたもの
「あっ・・・。」
目を覚まして最初に見えたのは、悠に100 mはある大樹の枝だった。
風に揺られる、末端の葉、この幹と枝の大きさからして、あの葉っぱも相当大きいのだろう。そしてそのさらに上には青い太陽、つまりニラヤ=カナヤの空が広がっていた。
ー確か・・・そうだ・・・ディアブルの里まで連れられて。。。最後は寝落ちしたのだったか。。。ってか、てか・・・え、野外のまま?
起き上がって辺りを見渡すと、大樹の根元のこれまた数mもある根の間に土で作られた家が散見された。
家の外側は蔦や苔が自生し、空から見ても、家とはわからないだろう。もう一度空を見上げると、大樹の枝の間にはまるで鳥の巣のように竜の住処が作られており、数匹の飛竜がこちらを睨んでいるのが見えた。
広がる空間の中で風にそよぐ葉の音がやけに鮮明に聞こえる
{さあ・・・さあ・・・・}
「う、えっと・・・あ、そうだアニマは!ネティマスは!あの後、どうなったんだ?あ、チュビヒゲもいない!」
僕は人っ子1人いないーーディアブルの里だから当たり前だがーー大樹の森の中、僕は慌てふためいて近くの家に近付いた。根に沿って土で作られた家は不定形で、3階建くらいに思われる。玄関や窓には戸もガラスもなく、ただ穴が空いているだけだった。
「あのう、すいません!!ちがった・・・Bonan maternon!」
{・・・}
一拍おいて中から出てきたのは初老とおもわれるしわがれた黒いディアブルだった。
「朝早くからだれだ・・・。おや?ホーマがなんでこんなところに?」
{バサッ バサッ}
ーうわ、この羽音・・・ドラコか?
振り返るとサジャーロより2回りも大きいドラコが木の上から悠然と羽を上下させ降りてきていた。
鱗はなく、光を吸うような褐色の肌にはほんのりと透明な産毛が生えている。
あまりに大きな影が太陽を隠すと、それは日食のように僕の顔から光を消した。
「やれ。」
「え?やるって何をですか?」
僕が老人に向き直った瞬間。影が世界の全てを覆い尽くしながら素早くうごくのが見えた。
ーあ、なんかやばい!
{ガブッ}
僕は咄嗟に地面にへばりつく。立っていた場所には僕の体より大きな顔ーードラコの口ーーがそこにあった。
「ちょ、たんま!たんま!僕、異世界人!敵じゃない!ネティマスを!ネティマスを呼んでくれ!」
「ん?何語じゃ?・・・ネティマス?・・・がどうした?あ!お前、チキウのニンジンか?」
ーおいおい、だれが緑黄色野菜じゃ・・・食べられてからじゃ遅いんだぞ・・・。
「まあ、まっとれ。今、ネティマスを呼んでくる。」
そういうと初老のディアブロは家の奥に消えていった。もしかして、この里には電話的なものがあるのだろうか?可能なら見てみたいが・・・。
{フンスフンス}
「あの・・・ドラコさん・・・立ち上がってもいいですか?」
僕はとかくでかい鼻に匂いを嗅がれながら起き上がれないでいた。
(タイラ殿、そこで何を?)
ーえ!ここ、あんたん家かよ!じゃあ家族に話し通しておいてくれよ!ってか、せめて家の中に入れてくれよ!
初老のディアブルと入れ違いで現れたネティマスがドラコに合図を送ると、再び飛び上がって木の上へと戻っていった。なんとも油断のならない里だ。いや手厚い歓迎と呼ぶべきなのだろうか。
(えっと、無事で何よりです。追っ手は・・・大丈夫でしたか?)
家の中から出てきたネティマスは麻でできているとおもわれる目の荒いワンピースのようなものを着ており、一見して負傷はしていないように思えた。
表情も昨日とは打って変わって、いつも精悍を絵に描いたようなものだった。
(ええ、従けられてはいません。しばらくはこの里で休むといいでしょう。お連れのキメラは、部屋の中にいます。)
ーええ・・・じゃあ、俺も入れてくれればいいのに・・・。
(あ、あのなぜ、僕は外に?)
(てっきり、チキウの人は外で寝るのが好きなのかと?)
ーそういえば、最初に会った時は仕方なしに外で寝ていたかね・・・。
「あ、お邪魔します。」
室内は赤い土の壁には大小様々のくぼみを作って、収納スペースとしていた。家具はほとんど全てが土製で、照明のようなものがないことから、きっと夜はすぐに寝るのだろうと思われる。土の階段を上がり、アニマの部屋に着くと、これまた土で作られた台の上に目の荒い布でつくられた布がかけられ、そしてアニマはその上で安静にされていた。
「ちゅび!」
チュビヒゲが勢いよく、僕の顔に”とまった”。ヒゲがこしょばゆい。
「お、チュビヒゲ、おまえ、羽治ったんだ。色々・・・ありがとうね。」
「ちゅび!ちゅび!」
ーここ最近はもう解釈を使わなくてもチュビヒゲの言ってることが分かる気がする。
(アニマは、昨日から目は覚ましていないのですか?)
(ええ、まったく。)
僕はネティマスと相談して、暫くこの部屋に一緒に泊めてもらうことにした。種族的にそういったことには抵抗のない性格である事がーーそう見えるだけかもしれないがーーとてもありがたい。幸いなことに、ご飯と水もご馳走してくれるらしく、その夜も部屋にネティマスが食事ーー鳥とおもわれる肉を串に刺したものーーを持ってきた。
(タイラ殿は今後どうされるつもりか?)
ーうーん。そうなんだよなあ。今後どうするか・・・いや、やっぱり、アライテルのこともきになるし・・・
(ホーマの街に戻って、アライテルを監視しようかなと。僕がホーマの領土にいれば、ディアブルの領域からも少しは注意を削ぐ事ができるでしょうし。)
(逃げるばかりでは、いつか追い詰められるでしょう。私は今すぐにでも反撃をしたいとおもっておりますが?)
ーが?と言われてもなあ。僕は出来ればもう二度と会いたくもないのだけれども・・・。
(あああ・・・ええと、そうだ、仲間を集めたり、自分の力もつけたいなと思っています。・・・それはネティマスさんも同じなのではないですか?)
ーそうだ、僕は本当に自分の力不足を知った。グプタがいなければ手も足も出なかっただろう。もっと力を、そして仲間を・・・。
「ええ、まあそうですが・・・。」
ーそうグプタだけではこの先・・・。ん?・・・っ!!
「あ!!!グプタがいない!!!」
(タイラ殿?どうされました?)
ーいつからだ?思えば、草原に転移した時にはもう、グプタの声を聞いてない・・・となると、アライテルのところか?それは・・・まずいぞ。悪用されたりしたら・・・。
(やはり、僕は、ホーマの街に行きます。アニマが目覚め次第、一緒に・・・)
僕が言葉の途中でアニマに目をやると、アニマが目を開けてこちらをジッと見つめていた。真っ黒な闇夜に光る黄金の月、それはまさしく僕の知るアニマの瞳だった。
「アニマ!!」
僕が慌てて駆け寄るとアニマはビクリとして、身を構えるそぶりを見せた。そしてゆっくりと手を伸ばして僕の持っていた肉を掴んで・・・食べた。
「お腹空いてたんだな・・・アニマらしいね・・・」
ーはは・・・。
僕はほとんど泣きそうな顔で、アニマが鶏肉ーーのようなものーーを食べているのを見ていた。そんなに獣みたいに食べなくても誰も取らないのに、と思いながら。食べ終わったアニマは立ち上がろうとしてよろけた。それに僕がとっさに伸ばした手をアニマは一瞥して、また目をそらしては一人でに立ち上がった。
ーあれ?なんか無視されてる?
「あ、アニマ?」
僕がアニマの前で手を振ると、アニマは覗き込むようにそれを見て、それから顔を動かさないで僕の目を見た。
「Kiu?」
ーえ・・・・・・・。
僕は溢れ出る汗と涙を気にもせず、世界が、ニラヤカナヤの全てが、遠ざかっていく幻想に囚われたまま動けなくなった。
ーえ・・・・え?
心拍数が高まっていく。耳鳴りもどんどん大きくなる。手が足が震えて、視界もグラグラする。顔が熱い。耳が熱い。胸が熱い・・・熱い熱い熱いー
「はあ・・はあ・・・はあ・・・す、ステータス・・・」
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名前:ー
種族:キメラ (ディアブル+ホーマ+カート)
性格:食いしん坊
魔力保有量: 3070/3070
体重:6.09kg
状態: ー
魔導:ー
能力: ー
加護:「生命の冒涜」
アドバイス:「日々はそれでも続いていく。」
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「そんな・・・名前も魔法もない・・・もしかして・・・記憶が・・・ない・・・のか?」
僕の頭が文字通り原色の白いペンキで塗りつぶされていく。
視界が真っ白になる時、全ての音が遥か埒外に遠ざかっていくのだと僕は初めて知った。




