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第5話:カップ麺ならあるよ


{ピィーーーーーーーーーーーー}


僕はいつも以上に慌ててヤカンの火を止めた。

ここは僕の家だ。震える手を抑えて、コーヒーを1人分入れると、彼女に差し出した。

客人だ。ーーそれも死神だーー何が刺激で殺されるかわからない。というか、なぜか知らないけどついて来た。


 あの後僕は目を閉じて死ぬ瞬間をじっとまっていると、彼女に肩を叩かれた。叩かれたかもわからないくらい弱々しい感触だった。目を開くと昼間とは違って僕の両目ではっきりと彼女の顔が見えた。暗闇のせいもあってか、妙に神聖にみえる。影が輪郭をなぞると、月のような瞳だけが色を反射し僕を照らしていた。


ーあれ、やっぱりだ。またしても残念そうな・・・いや違う。悲しそうな顔をしている。目には涙さえ浮かんでいる。あ、そしてやっぱり、なんて綺麗なんだ。。。いやそうじゃなくて、そうじゃなくて・・・・


(ああ・・・モシ?貴方はまだ、罪に苦しむというのですね・・・。わかりました。)



ーえ?助かった?もしかして、このまま逃げれる?



「あ、あの、と、とりあえず、家に帰っていいでしょうか?」



ーだめだもう意味がわからない。昔小さい時に駅前で突然話しかけられたときでも、もう少し話の通じる勧誘だったのに、この人全然わからないよ・・・。お願いです。もう帰らせてください。



(ええ、もちろんです。)


止まっていた時間が動き出したかのように周りにどよめきが起こる。僕が自転車までよろよろと歩いていくと、何故か彼女はついてくる。何を思ったか野次馬の中の一人が、僕の隣に立つ彼女目掛けて駆け寄ってくる。



「あ、し、しげきしちゃだめぇぇ!!!」



と小便臭い大学生ーー僕だーーが絶叫すると、何かを悟ってくれたらしく、どいてくれた。自転車にまたがると、なぜか彼女は荷台に乗って来る。不思議とまったく重さを感じず、腕を僕の腰に回し、足を揃えて横に流すその様はまるで・・・・まるでラブコメ?のようでもある。


「ど、どこへ行かれるつもりですか?」


(モシ?あなたのお家では?)


 ・・・最初からうちに来ることが決まっていたみたいだった。普通の女性だったらこれは最高のシチュエーションなのだけど・・・彼女は死神だ。なるほどその美しさにも納得がいく。道中明らかに、彼女に目を奪われてそれから僕を睨む人や、「爆ぜるの?」と小声で口にする人にすれ違ったが。あれはどういう意味だろう。ともかくこれがリア中の宿命というやつなのだろうか。改めて言おう、これはリア充とかじゃない。黄泉への渡し船だ。だいたいよく見れば、彼女の服が、血まみれで、それどころか、僕の股間が何やら臭う液体でぐっしょりと濡れているのがわかったと思う・・・。


 家に上がる時にわかったことだが、彼女は素足だった。そしてもちろん僕は何も言えず、血だらけの足で床に足跡をつけて部屋に入ってもらった。表の廊下だけでも後で拭いておかないとすぐに警察が来てしまうーーさっきからサイレンが夜の街に響きっぱなしなのだーー。



・・・



 コーヒーを手に取った彼女はしばらく触ることさえ躊躇ってからこちらを向いた。



(これは何ですか?)


ーやっぱりこの世の者じゃなかったか・・・。


「こ、コーヒーです。豆を炒って潰し、お湯で抽出したものです。」



彼女は匂いを嗅ぐと、露骨に嫌そうな顔をしたが、両手でカップを慎重に握ると思い切って一口飲んだ。



(・あつ!!!・・くぁqすぇdtgyふじこ!)


その場で床に思いっきり何度も唾を吐くと、コーヒーを置き、鬼の形相でこっちを向いた。


(モシ!な、なんですかこれは?毒ですか?)


ーしまったぁぁぁコーヒーは確かに際どいところだ。攻めすぎたぁぁぁぁぁ。冷静に考えれば分かったはずだ、この世界の人でも好き嫌いが分かれるのに、初対面でコーヒーなんて。。。っていうかさっき、発音できない音発音してなかったか?



「す、すいません水を水をお持ちします。」



急いで水を手渡すと彼女は手に持ってから、驚き、訝しそうになんども上下に持ち上げたり、手にとったりしながら、それでうがいをしーーもちろん床にそのまま吐いたーー、こちらをじっと見た後、コップに残った水を飲み干した。



(もしも、私を救ってくれようとしたのなら、それは嬉しいことですけれどそんなに気を使ってくださらなくてよいのですよ?私は主と共に、罪を背負うと誓ったのです。)


ー?主?許し?いやそれより。



「毒じゃないです、こういう飲み物なんです。決して、殺そうなんて。。。ほら、僕がこれを飲みますから!!!」


そういって、彼女が一口飲んだコーヒーカップを手元によせる。


ーあれ、これ逆にご褒美じゃね?不覚にも喉がなってしまった。



{ゴクっ}


僕が一口飲み、確かに、水面が下がったのを見届けると彼女は不機嫌を直して、話し始めた。


(それで、貴方の罪はなんなのですか?)



ーこれだ、僕が全くわからないのはこれなのだ。罪と許しと殺しが繋がらない。たしか、数年前に解散した宗教に人を殺して浄化するというのがあったと思うのだが、彼女は”罪を償わずに死ねないと”言っているように感じられる。ううむ、もっと世界の宗教を学んでおくべきだったか・・・。



「す、すいませんが、罪とか許しというのは何のことなのでしょうか?”死”は”許し”のことというのはなんとなくわかるのですが、その罪というのは・・・・」


(え?)

「え?」



ー・・・え?なんでそんなに驚くの?


(ここは日本ですよね?主・アライテル様の生まれた国と伺っていますが?)


ーアライテル? ・・・あらいてる、あらい、てる?あ、”あらい てる”さんてこと?


「・・・あらい・・・てる・・・さま・・・ですか?」


(そうです!主アライテル様の伝えたるスットン教の聖地と聞いておりますが、モシ?貴方はしらないのですか?)



ースットン教?すっとん教?え、もしかして素っ頓狂?うーん、アライさん完全にふざけてるよね。僕そういうの嫌いだなあ。。。



「・・・・」


(主は言われました。罪を償い不浄を清めれば、その体より抜け出た魂は浄土にて神の愛により救われると。しかし、人の罪は余りに深く、一生をかけても許されるのはわからないと聞きます。しかし、主様はおっしゃいました。殺されるものは救済されるのだと。罪は殺した者に引き継がれるという理を発見なさったのです。主様の使命は人々の救済にあります。主様は人々の罪をその御心に引き受ける慈悲深いお方なのです。)



ーうわあーしかもいろいろ設定ごちゃ混ぜだよ。○☆おにいさん読んだ程度しかしらないけど、多分アライさんも僕並みしかしらない宗教観でこねくり回しただけだよ。しかも中途半端に殺すことを肯定してるし。



「も、申し訳ないのですが、そのような教えは誰も受けていないと思います。おそらく、アライさんの・・・」


(アライテル様です。)


ーう、目がマジだ・・・・


「あ、アライテル様が・・・勝手に(ボソ)・・・広めたものかと。。。」


(そうですか。そうかもしれませんね。主様は特別ですから。)


そうかよくわからないけど、ここまで従順だと、罪悪感もなく人を簡単に殺められるのか。救いを与えているのだから、しかしやっぱり絶対これはあれだ、これイセカイもの・・・


{クウウウウゥ}


「え?」

(え?え?)


その音、太古より脈々と受け継がれし、腹の中に住まうという龍の鳴き声なり。聞くものを戸惑わせ、飼い主を辱めんとする荒々しい生命の躍動。。。


ーのはずが、これじゃまるで子犬の鳴き声じゃないか!!!


『えっえ?すいません!失礼しました!』


ーあ、恥ずかしがってる?ぷるぷるしてる。やばい、やっぱり可愛いなあ。


「あ、お腹空いているんですね?」


ーカップ麺があったはずだ


 確かに彼女は人殺しだ。だけど、生きている。何の疑いもなく教えに従順である彼女にも、非があると思う。僕にもわかる。昔、小学生時代にいじめに加担していたときも、みんなが「あのこはいつもカビ臭い」”から”いじめても当然だと思っていた。何も考えず、誰かが口にした悪口を当然だと思いこんでいた。そしてそれが、全てがうまくいくことに疑問も感じなかった。あの恐ろしい奔流は、まさしく思考停止だ。ああ、思考停止というのは怠惰なものだろう。そして、気楽なものだろう。何もかも、他人に丸投げして自分のした行いを肯定する。快楽に近いものだ。なら、彼女はどうやって犯した”罪”に向き合えばいいのだろう。作った悲しみに、彼女はきちんと向き合わねばならないのではないか?人間として、必要なものを僕は教えなければならないのではないか?彼女は人を殺すことを”自己犠牲”だと思っている。彼女がそれに何も感じなくなる前に、その自分勝手さに気付いてもらわねばならないはずだ。でも、どうやって?信じきっている彼女をどうやって納得させればいいんだ?くそ・・・・。


・・・僕は声に出さず、再びヤカンでお湯を沸かしながら、立ち尽くし考え込んでいた。


彼女は何も言わずにただぷるぷるしていた。



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