第44話:逃げる足取りの重たさ
「・・・Sinjoro Taira ! ・・・・・・・・ Sinjoro Taira !・・・」
平凡を言い訳に逃げることは自分を蔑ろにしているだけだ。いつかは逃げないで、持てる力の限りをぶつけることも必要なのだと思った。大事なものを本当に守るためには。
「・・・ちゅび!ちゅび!・・・」
それでも守れなかった。僕はただ、失っただけで、逃げることしかできなかった。
「Vekiĝu! SInjoro Taira !」
なんだよ。うるさいな・・・もう終わったじゃないかなにもかも。僕の負けだよ。負けたんだよ。。。Tairaって・・・僕のことか?誰だ。。。僕のことを呼ぶのは・・・
「タイラ殿!起きろ!!!」
ーあっ・・・。
「え・・・ええっと・・・。」
辺りを見渡すとそこは最初に転移した場所、僕とネティマス、そしてチュビヒゲとも最初に会った場所だった。
ー確か、そう。不自然の草原だった。
よく見れば、チュビヒゲが僕の左腕の会った場所にヒゲを擦り付け、治癒魔法を施してた。治りはしないものの、今ではほとんど痛みがないのにとても安心した。
(起きたのなら最初に教えていただきたい!なぜです!なぜ逃げたのです!)
ネティマスは僕が目を覚ますと、矢継ぎ早にテレパシーで質問をしてきた。僕は血を失った気持ち悪さと、魔力が少ないけだるさで、思考が追いつかないでいた。
(答えてくれ!!タイラ殿!!)
ネティマスの顔は普段の冷静さを微塵も感じさせなかった。鋭く伸びた八重歯が今にも僕の首筋を貫くのではないかと思われたほどだ。
「そ、それは・・・グプタが・・・グプタが・・・」
(グプタとはなんだ! あの時、タイラ殿は確かにアライテルに攻撃を加えていた!あともう少しで、殴り倒すこともできたはずだ!!)
ーしまった、グプタのことはネティマスは知らない。そもそも、僕は殴れたのか?
確かに、あと2、3回試してみれば、殴り倒すこともできたのかもしれない。なら、どうして僕は逃げたん
だ?怖かった・・・のか?いや、怖がっていたのは・・・あいつの方だった。
「ネティマスさん・・・ごめんなさい・・・僕は・・・あいつを・・・アライテルを殺すことは・・・できなかった・・・したくなかった・・・です・・・」
念話を通じて、ネティマスに言葉が通じると、明らかにネティマスは苛立ったそぶりをした。
ここが決して居心地のいい場所ではないというのもあるかもしれない。
確かに、おかしな話だ。盗賊はやすやすと殺しておいて、一番憎いはずの相手を、アニマを苦しめたあいつを、最も大悪党であるはずの男を殺せないなんて。
「・・・Malkuraĝa !! 」
ネティマスはそういうと、背中をこちらに向けて、西の空、アライテルの離宮がある方向を向いた、空の果て、微かな点が動いているのが見える。根拠はないがそれがサジャーロであるに違いないと感じた。
「・・・あ! アニマ!アニマは!!」
僕は起き上がって慌ててアニマを探した。高い草の間、アニキの上着がかけられたアニマが仰向けに横たわっている。
「アニマ!アニマ!無事なのか?息は?息はしてるのか?」
慌てて近づいて、アニマの呼吸を確かめる。弱々しいが確かに息がある。
「・・・これは・・・あの時の・・・。」
全く無事というわけではなかった。僕をかばって受けた闇魔法の火の粉によって、鼻筋から耳にかけてペンキを飛ばしたような黒いやけどが無数にできていたから。
ーアニマ・・・。
僕は無言で、アニマの顔に触れると、震えた手で傷跡を撫でた。ともすれば時が止まったような薄暗い世界の中で、不意に野太い声に揺り戻される。
「お、おい、旦那。もう、俺は自由でいいだろう?これ以上の厄介ごとはごめんだぜ?」
僕はこっちの言葉が話せない。僕は無言で頷いて彼を行かせようとした。アニキが立ち上がると、むさくるしい汗の匂いと、小便の匂いが鼻についた。
ーあ、このジャケット・・・
「あ?なにかまだあったかい?」
僕はアニキの手を掴むと。右手でアニマにかけられたジャケットを指差した
「Dankon。」
「あ、ああ。その・・・なんかバツが悪くてよ・・・。変な話だよな。最初は・・・ネズミくらいにしかおもってなかったのによ・・・いや、いいや。湿っぽい話わよ・・・。」
盗賊のアニキはそういうと、よろけた足取りでどこかへ去っていった。
僕がアニマをそっと右手と”左腕”で抱えて立ち上がると、体は汗と飛び散った血でベタベタとしていた。目を覚ます気配はなく、長い髪とともに頭が力なく垂れ下がった。
それと同時にメガネの残骸が地面におちた。僕が貸した黒ぶちのメガネだ。
ーなるほど、これが火の粉からアニマの目を守ってくれたのか・・・あれ?ここにあるもう一つのメガネは・・・。
チュビヒゲがアニマの首筋に移動して、火傷のあとに触手を伸ばしていた。それを目の端で追いながら、僕は草むらに落ちていたアニマの銀縁の眼鏡を拾って掛け直す。
最初にこの地点アニマと来た時に落としていったメガネだ。
{バサッバサッ}
(タイラ殿・・・追っ手がいないか確認してきます。我らの里まで逃げるといいでしょう。ここをまっすぐ行けば山間に仲間がいるはずです。私とサジャーロはもう少しあたりを警備してくるので。)
なにかが刺々しいものを言葉の端に感じる。力なく頷く僕を横目に飛び去る瞬間、ネティマスが何かを喋ったのを感じた。
僕はネティマスの目を見ることが怖くって、気もそぞろに歩き始めた。
体の節々が痛い、頭がぐらぐらする。アニマがものすごく重く感じる。歩けど歩けど草原が続き、山脈の麓
に辿りつくころには、あたりはすっかり暗くなっていた。
何度も何度もネティマスの激昂した顔を、反芻するうちに僕の中で一つの確信が生まれていた。ネティマスは去り際に「あなたには失望したのだ。」と言ったのだと。
僕が山の入り口に佇み後ろを振り返ると、ネティマスが飛んで行った西の空は雲ひとつない嫌に冷たい真っ青な空だった。前を向く間も無く前方からで声がした。僕はすぐさま向き直ると、そこにあるのは黒い影2つだった。
「言葉はいらない。乗るといい。」
その影達、黒い肌にツノを生やしたディアブロと象ほどの大きさの羽のない竜が僕らを運ぶらしい。
ーステータス・・・体重は・・・僕の2倍はある。。。なら大丈夫だろう・・・。
僕はアニマを抱えたまま竜の背に乗った。
3時間近い時間、闇の中で必死にかろうじて揺り落とされないように手綱に捕まっていると、僕の体がひとりでに闇の中をさまよっているような感覚に襲われた。
ー暗中模索・・・夜に宙を舞う羽虫はこんな気分なのかな・・・。
腕の中で時折思い出したようにアニマに触れる。あいも変わらず少しひんやりとした体はこびりついた血のせいでさながら泥の塊のように思えた。おまけに治療で疲れたのであろうチュビヒゲは物音一つ立てず、眠っている。
明かりのない森の中をただただ運ばれていく自分を想像すると、この世界に来て以来最も強く孤独を感じて、ひどく胸が苦しくなる。僕は何度も意識のないアニマの手を強く握ってその度に一層さみしくなった。
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「里についたぞ。」
僕を乗せた竜が止まって、ディアブルが口を開くや否や、殆ど倒れるように地面に降り、アニマを庇いながら地面に背中から倒れた。
そしてそのまま気を失った。




