第37話:理不尽ってやつが
まったくもう憂鬱です。
次の村まではおよそ3日、そこからアライテルの住む離宮までは1日。馬の一つも通らない荒れた道を僕らは無言で進んだ。
さきの一件で僕の中の理由のないわだかまりがずっと渦巻いているのを感じる。この世界への憤り、アライテルへの憎しみ、ホーマたちへの怒り、彼らへ同乗している自分へのやるせなさ。
ーくそ!!
最初の日が暮れる頃には道の途中にあった、小さな廃屋の中で休むことにした。アニマがかける一言にも答えず目配せをしただけで、そして特に何を食べるでもなく無言で夜が過ぎるのを待った。よく見ればアニマの額の傷は痛々しい赤紫色のかさぶたになっていた。
ーあああ!!!くそ!!!
・・・
翌日もまた無言のまま道を歩いて夜になった。もう少しでアライテルの元についてしまう。
ーその前に引き止めなければならないのに、僕は一体何をしてるんだ。自己嫌悪、葛藤、苛立つ・・・苛立つなあもう!
「あの・・・アニマさん・・・。」
「モシ・・・なんでしょうか?」
「その・・・本当に・・・いくのですか?」
「・・・はい。」
僕の目の前でグプタがくるくると回る姿が、月明かりに照らされている。何か言いたいことでもあるのだろう。
「そうです。このニンゲンモドキのー」
ーおい!”ニンゲンモドキ”という呼び方が癪にさわる・・・。やめられないのか?せめて女性とかさぁ!
「女性だろうが男性だろうが、ニンゲンモドキです。」
ーああ、わかったよ!!
「従属の法魔法にかかってるです。”帰らない”という選択を禁じられている場合、その意思をもつことはできないです。」
ーは?それってつまりどんなにあがいても思考が制限されているってのか?
「そうです。それが従属の法魔法です。いわゆる奴隷契約というやつです。」
ーおいおい・・・ふざけんなよ!!もっと先に教えてくれたってよかっただろ!
「それはニンゲンの事情です。」
ーチッ!・・・どうしたらいい?
「アライテルが解かない限り、無理です。」
ー・・・くそ。
「はあ・・・。」
「モシ、タイラさん。でも私、楽しかったですよ。タイラさんとの旅。」
僕は耐えきれなくなって顔をそらした。青い夕暮れが終わる間際のアニマの顔は、酷く青白く薄命の象徴そのものだった。日が完全に沈めば月のないこの世界では、夜はすなわち暗闇だ。
ー僕が彼女を救う・・・そんな風に息巻いて、結局このザマかよ。
「本当はもうすこしタイラさんと・・・いえ、もう寝ましょう。」
「・・・そうですね。」
僕は麻袋から毛布を取り出すと、アニマに押し付けて、ふて寝するように麻袋を枕に寝た。
・・・
「チュビ! チュビ!」
「起きるです!タイラ起きるです!」
ーん?どうした・・・チュビ・・・グプタ・・・。
{バサッ}
「チュビィ・・・」
「ほら、精霊が捕まったです!」
ー捕まったってなにに・・・。
{ガサガサ}
「アニキ・・・こいつら・・・」
「ああ、そうだな・・・連れて帰ろう・・・おい、麻痺させろ。」
「へい・・・。」
ー・・・なんだ・・・まるで盗賊みたいな・・・
「体を流れるものを乱し、動きを止めよ-RESTU PALARIZITA- (麻痺なるままに)!」
「盗賊・・・まじか!・・・しま・・・」
僕は最後の抵抗で、火の魔法を目の前に即席で放つ・・・。
「は、キメラはともかく、そっちの小僧は、ヘボ魔法使いかよ。火の魔法もまともに放てないとかよお。」
(アニマ・・・アニマ・・・)
アニマとともに、僕は盗賊たちにさらわれた。
{ドスっ}
「グフっ・・・」
「気持ち悪いなあ相変わらずよお。」
{ドスっ}
「ゲホ・・・ゲホ・・・」
「ほんとよお、あの教祖様ってのも相当な物好きだぜ。」
{ドスっ}
「オエ・・・」
「こんなんで処理しなくても、村の娘はやりたい放題だってのによお?」
「「ちげえねえ!」」
「「「ガハハハ」」」
「タイラ、早く起きるです。」
ーグプタ?いてて・・・くそ。縛られてる・・・ここは・・・あいつらのアジトか・・・・
手足は縄で縛られ、服はパンツを含めて全て追い剥ぎされていた。周りは薄暗い松明があるだけで、木造の小屋のようだ。グプタの本体は首から取り外され、その霊体だけが宙に浮かんでいた。
{ドスっ}
ーそれにしてもさっきから聞こえるこの音・・・なんだよ?
「・・・・・・。」
「オイ、とうとう何も言わなくなったぞ。大丈夫かこのキメラ。」
ーおいちょっとまて・・・お前ら一体何してる・・・。
「蹴るのも飽きたし、そろそろこの角とか切ってみるか?」
ーまてまてまて・・・!待てって!!普通、男から殴るだろうが!!
「おい!!オイって!!こっちこいよ!!アニマに何をしてる!」
僕は訳も分からずわめき散らしていた。
ーやめろ、やめてくれ・・・もう・・・これ以上・・・傷つくことなんてないんだ。もう・・・これ以上・・・・。
「お、あのソチン野郎も起きたみたいだぜ。」
松明が照らす部屋の反対は木箱が積み上げられていて、死角のようになってる。その向こうにはおそらくアニマがいるのだろう。三つのうちの一つの影が揺らめいてこちらに向かってきた。
辺りを見回して、冷静さを取り戻すと、部屋に吐瀉物の匂いが立ち込めているのに気づいた。
「クソが!!!クソが!!!なんだよこの世界!!!どんだけ弱い者を苦しめればすむんだよ!!!」
「おいおい、うるせえなあ、いっそブツでも切っちまえばいいんじゃねえか?どうせまだ使ったこともねえだろうけどな。」
「いや、まてよ、この怪物とネンゴロってこともあるぜ。」
「「「ギャハハハ。」」」
ー何が・・・何が面白いんだよ!クソどもが。
(アニマさん!アニマさん!無事ですか?)
(・・・)
ー返事がない?うそだろ・・・。
「アニマが!俺が!何をしたってんだ!!」
ー誰が!!!誰が悪いんだよ!!いや、わかってる。力を持つものが愚か者だから、上に立つものが何もわかっちゃいないから、他人がとばっちりをくらう。どこの世界でもそうだ。
「こんなんおかしいだろ!死ねよ!死ねよ!!もう・・・アニマを・・・アニマを自由にしてやれよぉ・・・!」
ーくそが!くそが!クソが!!
「なんでこんなに理不尽なことばっかり!苛立つことばっかり・・・なんでなんだよ・・・」
「おい!!おまえ、さっきから何いってるかわかんねえんだよ!喚くならよお、もっとちゃんと俺たちを楽しませてくれなくちゃあなあ!」
そういうと盗賊風の男は、僕の足に分厚いナイフを突き立てた。
{ガキン}
「は?」
ナイフは刺さらず、僕の足が少し赤くなっただけだった。
「な、なんだよ、てめえも化け物かよ!」
「死ね・・死ねよ・・・」
「だから!何いってるかわかんねえっての。」
僕は腕と足を縛られた状態のまま、上半身の勢いだけで盗賊の膝に頭突きをした。
{ボキッ}
「うごああ・・!!て、てめえ!!!」
「死ね・・・死ね・・・・死ね・・・・」
{ミリミリミリ}
腕先に力を込めると、縄が徐々にちぎれていくのがわかる。やはりこの世界で僕の体は一等丈夫な方らしい。
{ブチッ}
「ひいい!早く、寝かせろ!!オイ!!聞いてんーー」
{グシャ}
ー殺す・・・。
僕は何のためらいもなく、床に倒れた盗賊の顔を思いっきり殴った。素人のパンチそのものだったが、どうやら威力は十分だったようだ。
自分の手が冷たいもので濡れた。真っ赤で冷たい液体、それはホーマの血、人殺しの証だった。
「ああ、なにやってんだよ。ガキ相手・・・に・・・て、うわああ!!アニキ!一人やられた!!」
一人の盗賊が青ざめた様子でこちらをみて仲間を呼ぶと、すぐにジャラジャト音を立ててより獣臭い男が現れた。
「ばかかてめえ?だって縛ってあったろ・・・。」
ー殺す・・・殺す・・・どいつもこいつも・・・殺す!!
「自力で解いたのか?ちっ!お前、早く麻痺させろや!!」
「そ、そうだ!体を流れるものを乱し、動きを止めよ-RESTU ・・・」
僕はそれよりも無詠唱の精神魔法を放った。これまでに何度か受けてる気絶系の魔法だ。あの時の感覚を再現するためにどう魔力の流れを掴めばいいかはなんとなくわかる。正確に対象の意識を刈り取ることはできなくとも、一瞬でも意識を失えばいい。一瞬でも。
「・・・ZITA!・・・あれ?」
「死んでくれよ!!」
{メリッ}
僕は目の前に立つ魔法を使う盗賊の一人の腹を思いっきり殴った。当たった瞬間の音は予想よりも小さく、そして軽いものだった。
{ボキ}
背骨も折れたようだ。白目をむいて口から血を吐くにともなって、盗賊の口の匂いが鼻を刺激した。
「てめえ!!動くんじゃねえよ!!この化け物が死んでもいいのかよ?」
最後に残ったアニキと呼ばれる盗賊の手には、全身青アザだらけになった裸のアニマがいた。そしてもう片方の手には、曲がった刃の長い片手剣が握られており、それはあからさまに悪役のそれだった。
「何から何まで・・・・汚い・・・汚いなあ!!」
僕が無詠唱で風魔法を相手の背後で弾けるようにイメージする。
「おっと、やめときなよ。その魔法が発動するのが先か、このお嬢ちゃんの首が落ちるが先か試したいのか?」
「ああ本当に・・・カスだ!カスだカスだカスだ!」
僕は風を練るのをやめた。どうせなら意識を刈り取った方がいい。さっきと同じ要領で一瞬でも・・・。
ーいや、でももしも耐性があったら?一度でも失敗すれば、アニマの首は・・・。
「お、なんだい、その泣きだしそうな顔。怪物でも坊ちゃんだ。まったくかわいいねえ!これだからー」
「PERDU CONCIOUS-(失神せよ)-」
{バタっ}
倒れる男から男の影が分離していく。完全に男が倒れると、男の影だと思っていた黒い場所から現れたのは、僕が救援を求めていたネティマスだった。
悲しいことに異世界の盗賊というのは決まってかませ犬だ。夜襲にあった際に、僕の放った火の魔法は、狙い通り左手の腕輪を加熱するのには十分な熱量を運んだ。
「タイラ殿、遅くなってすみません。」
「ネティマスさん!アニマさんをどうか治療してください!」
僕は半泣きでネティマスにしがみつくと、服も羽織らず、アニマを抱きかかえて治療が終わるのを待った。アニマは内臓の損傷が激しかったが命に別状はないようだ。
{チュビ!}
カゴに閉じ込められたチュビヒゲを手に取ると、羽が少し痛んでいるのかうまく閉じないようだった。
部屋にはチュビヒゲの鳴き声が響き、ネティマスがひたすらに治療魔法をかける時間が続いた。僕はなにもできずただただ泣き顔でアニマを見ていたように思う。




