第36話:冷たい雨
長らくお待たせしました。いや、誰も待ってないかもしれないのではありますが・・・。
本当に人生は冗長で、それでいてせわしなく思いのままにはならないものです・・・。
僕らは街を探索してからアライテルの離宮に向かうことにした。ムーサさんにお礼を言うと、照れ臭そうにそそくさと店に帰っていった。ムーサさんなりの別れ方というやつなのだろう。
ーさてと!せっかくの異世界だ、楽しまなそん。街でも見よう!美味しいものとかね!金はあるし!
「うーん、それにしても、イマイチ活気がないですね。お店も閉まってる所ばかりですし。」
(そうですね・・・)
ーあれ?なんか思うところでもある?
「タイラ鈍いです。若者が居ないからです。」
ーそういえば、どうして若者がいないんだ?
「戦争です。ここ数章の間、その話ばっかりしてきたです?」
「あ・・・。そういうことか・・・。」
アニマが意味深に首を傾げてこちらを見つめている。もちろん、認識を阻害する魔法は常時かけてあるが、念の為にフードも被っているため、顔が影になってメガネだけが光を反射して明るく輝いていた。
「じゃ、じゃあ、あとちょっと見たら出かけましょうか?」
(モシ?・・・じゃあ、あの大きな塔の場所まで行ってみたいです。)
「塔?」
パイプが張り巡らされた屋根の間を見上げると、低い街並みに一層目立つ塔があった。
「なんだろうあの煉瓦造りの建物?」
それから暫く歩いて大きな道が交差する街の中心部にそれはあった。
「お寺・・・か?」
目の前にあったのは高く上まで伸びる塔を携えた、教会のような建物だった。大きな開きっぱなしの扉からはお揃いの袈裟のような布を巻いた女性たちが出入りしており、それに混じって私服姿の子供の姿も散見される。”寺子屋”的機能もあるのだろう。
(オテラ・・・とはなんですか?)
「こちらの宗教が何かはわからないですが、地球には修行を積むと人間の苦しみを超越できると言う思想があったんです。そのような次第で修行する場所がお寺ということになっています。ここはそれに似てるなあって。」
(あんなに小さい子まで?)
「ああ、ついでに勉強の場として開かれることもあるとかって聴いたことありますよ。」
アニマは勉強という言葉を聞くとなんだか楽しそうな目をした。
(モシ!勉強ができるのですか?それはすごいですね!)
ーなるほどな。僕には実感がわかないけれど、確かにそれはとても貴重なものだろうな。身分の差や、出自に関係なく勉強ができるとあれば、憧れるものなのかもしれない。
「僕もこの世界のことを知りたいし、アニマもさんも落ち着いたら一緒に勉強しましょうよ!色々と!」
(素敵ですね!)
僕とアニマの間でこれからしたいことが増えていくのはとても嬉しく、そしてどこか切ないものだった。もしかしたら、アニマはアライテルの元に残ってしまうかもしれない。そんな不安が却ってリアリティを帯びて感じられてしまう。
「チュビ! チュビ!」
ーあ、チュビヒゲのこと忘れてた。えっとなんて?
「敵! 敵!」
後ろを振り返ると、浮かれる僕らを尻目に革と金属の鎧で武装した兵士がこちらに槍を向けていた。
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アニマはとっさにローブの隙間からダガーを取り出して臨戦態勢をとる。僕は手でそれをいさめると、アニマにアイコンタクトをして前に出た。少なくとも僕が見た限りではこの街の衛兵や、市民は決して能力が高くない。魔法もほとんどが一つや二つしか覚えていなかった。下手に出なければ初っ端でやられることはないだろう。
ーいや、前に出てもなにも喋れないんだけどね。
「アノイ兵隊長!こいつらです!」
ーあ、奥の隊長っぽいのはこいつはすこし強そうだった。
<解釈>
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名前: ーアノイー( - Anoi-)
種族:ホーマ
性格:神経質
魔力保有量: 890/910
体重:6.8 kg
状態:ー
魔導:武法:突 精神魔法 治癒魔法
能力:「先導」
加護:「杞憂」
アドバイス:「現実は最悪の想像より下回ることがほとんどだ。」
<先導:他者を勇気付け、強制的に能力値・戦意を微量向上させる。>
<杞憂:憂いによって身体能力が微かに向上する。>
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「ああ、最悪だよ・・・。よそ者がここに来るときはいつでも・・・。」
ー見た目は20代後半といった風貌のすこし無骨な男。確かに他の兵士とは緊張感が違う。流石に戦うのはまずいか?
アニマはきょどきょどする僕の目をみて察したのだろう、喋れないことが怪しまれる前に口を開いた。
「私たちはすぐにこの街をでます。何もしません。」
「あ?ああ、そうしてくれ・・・。最悪の結果になる前にな。」
僕はアノイと呼ばれた男の一挙手一投足を見逃さないままアニマに念話を送る。
(うまくタイミングを見つけて、走って逃げましょう。)
「理由が何であれ、お前らが来た原因はどうせひとつだろう。」
ー理由、原因?一体こいつは何をいってるんだ?
「憂いを晴らし、目に映るものに真の輝きを -REDONU FALSAJ^ON-(偽りをかき消せ)-」
ステータスを見る限り兵隊長アノイの使える魔法は精神魔法か治療魔法しかない。詠唱の言葉から察するにはアニマの認識阻害を打ち消すタイプのものだろう。今は却ってそれがなによりまずい。
「まずい、アニマさん、顔を伏せて・・・。」
{ピキッ}
周りにはすっかり人だかりが出来始めていた。衛兵が物々しい雰囲気で取り囲んでいればそうもなるだろう。そして、みんなの注目の先には言わずもがな僕らがいる。何人かはすでに事態を飲み込んだのか、怪訝な顔をして今にも殴りかかりそうに見えた。
「奥の白いフードのお前・・・顔を見せろ。」
(アニマさん、無視して早く行きましょう!)
(モシ・・・ええ、わかりました。)
衛兵とは別の寺院から街を出る方向へ進もうとする僕らを遮るもの、それは何の武装もしていない市民達だった。彼れは別に至って普通の市民だ。能力はおろか、武装だってしていない。それでも、
ー彼らがどうしてこうも怖いのだろう。
「おい!フードを取れよ!」
僕らの歩みに過敏に反応したのは一人の中年の男だった。見た目には職人風の少しやつれた男、それが進もうとする僕らの横から、アニマのフードに手を伸ばしていた。
ーあ、まずい!
{パサ}
舌を向くアニマのフードはいとも簡単にめくられてしまった。
「おいみろよ、あれ!」
「あの顔、あのツノ・・・」
「キメラだ!キメラがいるぞ!!」
「ふざけやがって!何しに来た!!」
衛兵が槍を構える音が聞こえる。市民がどよめく音が聞こえる。そして、嫌に鮮明にアノイ隊長とやらの舌打ちが聞こえた。
「やっぱりキメラか・・・。そうさ、原因は1つ、あの狂った教祖様とやらのせいだ。」
(アニマさん!走って!)
(はい)
「そして結果は一つだ・・・この街に良くないことが起こる・・・。そしてお前もだよ。」
アノイの目はまっすぐに俺の顔を見ていた。僕が認識阻害も何も使ってないのがそんなに珍しかったのだろうか。
「お前が・・・一番不気味だ。武法:突・・・<然>。」
ーなんだ今、槍が一瞬手元から消えたような・・・。
{キンッ}
突然の衝撃に、瞬きをして自分の腹を見れば、そこには浅く刺さった槍があった。
「ああ・・・最悪だ・・・まるで手応えがない。意味がわからん・・・一番危険な・・・。」
「兵隊長!ダメですって!アライテル教の構成員への攻撃は調停違反ですよ!」
「なに・・・どうせかすり傷・・・にもなってないさ。」
ーいや、なっとるわ。がっつり刺さって普通に血が出とる。
「とにかく、早く出て行け・・・。2度と顔を出すな。ここにお前らを歓迎するものは1人も・・・いない。」
僕の頭の中にムーサさんの顔が浮かんだが、言い返すのも野暮だ。それにー
「チュビ! チュビ!」
(タイラさんその傷手当てしないと。早く、早く街の外に行きましょう。)
ー今は早く街の外へ出よう・・・。
人混みを掻き分けて走るように出て行く。僕らは人の目を見ることもできないまま、ただがむしゃらに中心部から外へ外へと闇雲に進んだ。
{ゴツ}
ー今、背中に何かが・・・
{ゴツ ゴツ}
「い、いて・・・あの隊長か?」
振り返ると、アノイは自分の槍を地面に刺し、こちらを睨んだままだった。
ーこの衝撃は・・・
{ゴツ}
あたりを見渡せば、人だかりはいつしか数十人に登り、その手には石や、木の棒、果ては煉瓦などが握られていた。その顔にあるのは。、
怒り
悲しみ
憎しみ
恨み
恐怖
それらの渾然一体となった激情だった。。僕は何十人もの人から向けられる本気の殺意に足が震えてしまった。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!僕たちは何もー」
{ゴツ}
中年の女性が投げた石が、アニマの顔に当たった。メガネが落ちる。僕がそれを拾うと、アニマの足も震えているのに気付いた。
(アニマさん額から血が・・・)
(モシ・・・今は・・・行きましょう・・・)
ーだめだ、僕が、矢面に立たないと、僕なら平気だ、これくらい。
僕が無理して、アニマの前に進もうとすると、意外なことにアニマはそれを諌めた。
(ごめんなさい、タイラさん。これもタイラさんには非のないこと・・・なのに。)
ーあ・・・。
僕は無理やりアニマさんとチュビヒゲを腕に抱えるようにして、震える膝を抑えながら異世界の街を足早に去った。
{ゴツ ゴツ}
石の雨は一向に止む気配がなく、子供までもが追いかけて石を当ててきた。
・・・
やっと街を抜けたとき、アニマは僕の傷を真っ先に治した。僕が慌ててチュビヒゲに頼みこんでアニマの顔の傷を治すようにお願いしても、アニマはそれを断ってしまう有様だ。
「な、なにをいってるんですか?早く治さないと、傷跡になっちゃいますよ?」
「いいんです。それでいいんです。」
僕にはアニマの気持ちがイマイチわからなかった。落ち込んでいる風でもない。もしかしたらただ気丈に振る舞っているだけなのかもしれないが、それはどこか素っ気ないようにも感じてしまうものだった。
行き場のない怒りをぶつける先を失って、僕は少し離れたところでよもぎを巻いて火をつけた。遠く街の灯りを見ながら、あの街でのことを回想する。ムーサさんの顔と石の雨が交互に思い出された。
「とても冷たい雨だったな・・・。」
僕は何かとても悔しくなって、声も出さずに少しだけ泣いた。
どうでもいいけど、”オテラ”って”オナラ”と似てる。




