第1話:昨日は遥か彼方
異世界はじめました。
沈黙が続くような感覚。布団の中でずっと息を止めているまま、無音が続いている感覚。
息をすることもなく、体を動かすこともなく、まして目が開いているのかどうかも知覚できない。
もちろん光も、熱も、時間さえ感じない。意識があるのかもわからない。
これが夢なんてことはあるのだろうか?それとも、これが死後の感覚なのだろうか?
「タイラ!タイラ!!!」
ー僕を呼ぶ声が聞こえる。音・・・か。鼻を意識するほのかに匂いもする。えっと、この匂いは確か・・・あ、最近嗅いだことのある・・・光?僕は目を開けた。
「え、アニマ?・・・さん?」
目の前にはアニマの顔があった。メガネの淵に、髪がかかっている。青い髪が銀縁にひかると、眩しさに目が眩んだ。
「ここは・・・」
ーここはどこなんだ。空は真っ白に光っている。やはり死後の世界なのだろうか。アニマもいるということは転移に失敗して、2人とも・・・
「タイラ!」
確かに彼女の声を聞いた。彼女の”口”からだ。それはこれまでテレパシーで聞こえたような高い声色ではなく、ハスキーで落ち着いたものだった。
ーいっそう素敵だ!
(あ!モシ!目醒ましましたか?聞こえます?)
頭に文字が浮かぶような感覚。残念ながらテレパシーに戻ってしまったようだ。僕はひとまずあたりを見渡す。周りは平原だ。不気味なことに草以外何ひとつない。低木の一つでもありそうなものだが。そうして目立つのは、地上から60度ほど傾いた位置に真っ青の太陽。風が暖かい。
「ってか生きてる?」
手先の感覚は完全に戻っている。左手が彼女の両の手に握られている。
(ごめんなさい!転移に巻き込んでしまいました!!!)
彼女は僕に謝りながら、何度も傍のローブの上に置いてある鏡を見つめている。
(でもどうして?対象としては確かに私の生体情報に限定されているのに。。。確かに、私を認識しているのに、え、タイラさん・・・も?)
ーこれは・・・これは・・・異世界来ちゃった系だ!!!
平凡な大学生 大凡 平 の異世界生活、始まります!!!
ドーン!!!!
(タイラさんが、私と同じ?)
ーあ、はい中二病おつでした。言ってみたかっただけです。
アニマは僕の左手から彼女の左手を離すと鏡を僕の左手に触らせた。よくわからないが、青く光っている。ひとまず僕は自分の体に欠けてているところがないか確かめた。
ーうん、大丈夫だ。
「えっ!」
いざ転移してみると、実感のわかないものだ。
なんせ服装はさっきまでと変わらないし、匂いや光景だって現実的だ、さながら地球のそれと変わらない。空気が軽いのか、重力が違うのかかなり動きやすい気がするが、それはまだはっきりとわからない。
僕はゆっくりあたりを見渡して落ちているメガネを拾って、パーカーのポケットに無造作にしまった。
「そうだ、こっちの空気は僕には毒なんじゃ!?」
記憶はいつも後からやってくる。アニマが地球に来た時にうっかり気体を嗅いでしまった際には酷くむせ返り、大変なことになった。僕はとっさに口と鼻を覆ったが、冷静に考えれば空気が毒なら逃げようがない。
「いや。なんともないか。」
(安心してください。私がそちらに行った時、自分の体の変化を調べましたが、特別差異はみられませんでした。おそらく、空気は似たような組成なのだと思います。だけどそれより・・・。)
ー僕はほっと胸をなでおろすとともに、少し違和感を感じた。
(本当にごめんなさい。タイラさんはあちらで幸せに生きていたのですから・・・この世界にくるのは嫌だったでしょう?ああ。。。どうしましょう。もちろん救済ならすぐにでもー)
「いやいや!これはこれでありです!っていうか、むしろありです!なんかワクワクして来ました!」
彼女はぽかんとした顔でこちらを見ている。
「魔法とか使って見たかったですし!もっといろんな世界を見たかったんですよ!だから、気にしないでください!」
(気を使ってくださっているのですか?え?違う?な、なら、良かったのですが・・・。帰る方法については主様に相談すればどうにかなります。体は大丈夫ですか?見たところ、私の持っていた賢者の石はすべて消失しています。おそらくタイラさんの転移で消費されて、不足分は・・・。)
ー彼女がしきりにお尻をフリフリしてる。えっとどうした?何これ、可愛いけど、えっと、どうした?
(そちらの世界に行く際には私は尻尾ともう一対のツノを失いました。主様の説明では、転移では対象を厳密に指定し、決して影響を受けないときいていたのですが。不足したものが体で補わられる可能性があります。)
そういうと彼女は後頭部を手で指差し、髪をかき分けてこちらに見せた。なるほどよく見るとたしかにそこだけ赤黒くかさぶたのようになっていた。髪で隠せばまったく気にならないとはいえ、やはり気にしているのではないだろうか。というか待て、尻尾があったのか。くそ!見たかった!
「僕はなんともありません。アニマさんは?」
(それが大丈夫なのです。ですからもしかしてタイラさんが何かを失っているものとおもったのですが。)
ーもしかしたら、不足分は部屋の家電で補われたのか?それだけでいいならずいぶん手頃すぎる気がするが。
アニマは行きには余分な魔力結晶を持っていたのに、角と尻尾を失っていたという。帰りには全ての魔力結晶を使い切ったのに、二人は何も失わずに帰ってきた。
(しかし、タイラさんが良かったなら安心しました。帰りたくなったら、言ってくださいね。命に代えて手伝いますので。)
ーその時は命を無駄にせず、隣にいてほしいと思うのだけどなあ。
(では改めて・・・)
「Bonvenon al ĉi tiu mondo, Nilaya= Kanaya!」
ーわ、これがこの世界の言語か?少し英語に似てる気がするが、さっぱり何言ってるかわからん!それより・・・いま、”ニラ焼かない!”って言わなかった?
僕はこの時は、この世界を心の中で”焼かないニラ”と呼ぶことに決めた。
やっと異世界いけた・・・




