第15話:扉は叩かれた
(それじゃあ私はそろそろ帰りますね。)
ー帰る時はすげえ普通だ。
僕はとてつもない疲労感と達成感に包まれていた。もちろん。、アニマとの別れを意識すると胸が痛くなる。ただ家に帰るだけのことなのだというのに。これが異世界という壁なのだなと感じさせられる。いつかまた会えるのだろうか。一応、行き来はできそうだが、おそらくもう会うことはないに違いない。
(あの、色々とありがとうございました。こんなものでよければもらってください。)
彼女が差し出した手には、真っ黒な木でできたと思われる枠にはめ込まれたガラスの容器・・・砂時計があった。先ほどはちゃんと見なかったが、こうして見てみると、なぜだか、光が歪んでいるように見える。水族館のアクリルを斜めに見たような不思議な見え方だ。そしてその中の砂は水色の結晶で、落ちる度にキラキラと輝いていた。うまく言葉にできないものの、それはアニマを連想させる儚さがあり、そして美しさがあった。
「あ、はい。」
ー決して興味がなかったのではなく、ただなんとなくよそよそしくなってしまった結果が今の挨拶だった。できることなら、もっと一緒に居たかったし、魔法も見せて欲しかった。あれ?なんで見せてもらわなかったんだろう。冷静に考えてもったいな!
僕はその砂時計をゆっくり受け取るとーー驚くほど軽かったーー、パソコンの上に乗っけた。その砂はありえないほど早く落ちており、地球上の重力とは違うなにかで落ちていることが伺える。
(よろしければあの白いローブもさしあげますがどうですか?ご飯代の足しになるといいのですが・・・。)
ーえ、あれくれるの!美少女の使用済みローブくれるの!?売らない!売らない!一生大事にするわ!人に自慢したりするわ!
そう言うと彼女はいそいそとそれまで来て居たパーカーを脱ぎ始めた。えっと、ローブはくれるとのことだったしなぜ?
「あ、アニマさん?なぜ服を脱ごうとなさってるのですか?」
(モシ?お返しするのが当然だと思いましたが?)
「それじゃあ裸で帰ることになってしまいますよ?」
(そのつもりですが?)
ーいやいやいやだめだろ。いくら剣と魔法の世界でも流石に全裸でうら若き女性が歩いてるのはおかしいだろ。あれか?あまりに綺麗だと羞恥心とかなくなるのか?あるいは、なにかしらの人間肯定みたいな、西洋のヌーディスト観があるのか?いや、だとしてもだめだ。これじゃまるで僕の家で身ぐるみ剥がされたみたいじゃないか。ここは羅生門じゃないぞ。
「いいです着てていいです。その服は差し上げます。。。」
ー内心では気に入って居たーーと言ってもユニクロだがーー服を持っていかれるのはもちろん辛い。そもそも、でも背に腹は変えられぬ・・・。しかもオーバーサイズにも関わらず、アニマの方がずっと似合ってる。
(え、そんな気を使っていただかなくても大丈夫ですよ?)
ー気を使わない方がおかしい。
{ピンポーン}
その時、僕の脳裏に悪い予感が走った。時刻はもう午後9時過ぎだ。郵便はおろか、この時間に人がくるのはおかしい。まして僕の交友関係を考えれば緊急事態だ。
「もしやサツか??」
(”サツ”?今の音はなんですか?)
「来客です。アニマさんはちょっと待っててくださいね。あ、それと、転移はここでもできますか?」
ーもし予感が正しいとするとまずい。下手をすれば留置されたりなんなりするだろう。そしたら彼女は帰れなくなる。ん?いやそれもいいのかな?いやでも、戸籍とかないし、なんか検査とか色々されるのだろう。社会問題になるだろうし、彼女に自由もあるまい。やっぱりだめだ。帰ったところで苦しいだろうが、少なくとも帰るのは自分の意思だ。
(どこからでも出来ます。どこか開けた場所でと思ってましたが。)
「それは転移する際に周りを巻き込むからですか?」
ーそうだ、最悪ここでやってもらうしかあるまい。
(いえ、私だけが紐付けされた魔法ですが、やっぱり広いとこでやる方が気持ちがじゃないですか?。)
ーその心意気、気に入った!でも場所を選ばないのならここでやってもらうほかあるまい。
「準備の時間はー」
{ピンポーン ピンポーン}
(数秒です。)
彼女も何かを察してくれたみたいだ、彼女の荷物が入ったエコバッグを手に持っている。
僕は催促に応えるようにのっそりと玄関に行き、ドアの穴から外を覗いた。
ーそこには二人の警官の姿があった。一人はどこかで見たことがある・・・あの事件現場にいた警官だ。負傷していたはずだが・・・。
もう一人は初対面だが、新人ではない明らかに熟練の風体であった。僕は音を立てずにドアから振り返り、彼女をみつめる。幸いにして僕らに言葉はいらない。ただ、僕が話しかけたかっただけで。
(今、ここで転移してください。時間はかかりますか?)
(すぐに出来ます。)
彼女は瞬時に鏡を取り出すと床に置いた。彼女が小さな声で何か呪文のようなものを言うと、鏡からは四方八方に三次元的に光の帯が展開され、部屋中に青白い光が充満した。彼女は手に黒い毛虫を6匹"持ち僕を見つめた。そこで僕は、思い出したように部屋の隅にあった白い彼女のローブを指差し彼女に持っていくように促した。
(本当は欲しかったのですが、それも持って行ってください。僕が今持っていると少しまずいので。もちろん、僕のパーカーもあげます。その代わり最後に・・・。)
(モシ?)
ー僕は名残惜しさに踏ん切りが欲しかった。僕は元来友達が少ない。何故かはよくわからないが、タイミングや、今時のノリが肌に合わなかったのかもしれない。だから、アニマのことは友達としても好きだった。
(最後に握手しませんか?友達ですし。)
(私は構いませんが・・・。)
{ドンドン}
「大凡さん?大凡さん!いらっしゃいますよね?少しお話をっ!」
警官がしびれを切らして催促してくる。ことによっては管理人を呼ばれるかもしれない。
できることならもう少しいい雰囲気で別れたかったが・・・。僕は静かに手を出して、彼女も手を出した。いやに緊張する。僕は静かに手を握った。柔らかく、僕の体温よりも数度冷たかった。それでも僕はそこに人の温もりを感じた。
(アニマさん、どうか、どうか自分を大切に。)
(タイラさんこそ、どうかお幸せに!)
ーその言葉はアニマさんあなたに送りたい。
そういうと彼女は鏡に手を当てた。
鏡の先端から黒い空間が彼女の体を取り巻くように広がって行く。昨日の昼間にみたあの黒い影と同じだ。ん?いや違う、彼女の体が黒い液体になって、空間に広がっている。そう思うと鏡からの光がさらに広がった。
{パアァ}
・・・
ーえっと、なんか僕を取り囲んでいるような気がする。
(あ、アニマさん!?これ大丈夫なんですか!?周りを巻き込まないって・・・)
(ぁ・・・ダメカモ・・・)
彼女はもうほぼ全てが黒い影になっている。テレパシーも途切れ途切れにだ。僕はどうにか逃れるために、慌ててベランダに出ようとした。そうこうしているうちに、部屋の中の電子機器が突然分解され始めた。冷蔵庫に、電子レンジ、パソコンはおろか、金属を含むものを選択的に分解しているようだ。それらは粒子状になりながら鏡に吸収されていく、鏡の直前では目に見えなくなっておりそれに対応して光が強まっている。僕はベランダに向かうカーテンに手をかけようとした時、なぜか手先の感覚が途絶えているのに気づいた。そしてその時初めて黒い影に溶けて行く自分の四肢を見た。
ーえ、なに、なんで、なにが??ちょ・・・怖い・・・こわいよ!!!
「ヒッ・・!」
こんな声がでるとは思わなかった。そんな驚きで少しだけ冷静さを取り戻した僕は、改めて自分の体を見た。
「あ、これもう死んだわ・・・。」
ーごめん、母さん、父さん。ちょっと下心を出したばっかりに、変なことに巻き込まれて、こんなところで死んでしまうとは思わなかった・・・。本当はせめて一人前に社会で渡り歩く姿を見せたり、あわよくば相手をみつけて、ともすれば子供を抱かせてあげるつもりだったのだけど・・・。ああ、せめてもっと手紙でも書いておけばよかった。本当なら、タイミングさえよければ、僕にも言えた気がする。
「ありがとう・・・僕は普通の幸せを、ずっと長いこと手にしていたのだと思う。それは全部、母さんと、父さんが僕にくれたものだったとおもうよ。ああ!ありがとう、そしてごめんー」
そこまで言うと、口まで黒い影に覆われた
普通に生きて、普通に死ぬ。その大変さが、ありがたみが、その時になって初めてわかった。いや、その時にだけ、唯一感じるのかもしれない。僕はもっと生きていることについて考えるべきだったんだ。自分の生はおろか、他人の生だってずっとおざなりだった。すぐ近くで、人が死んでも、何も感じず、何もしない。僕はおよそ傲慢で、平凡で、そして愚かだった。次はもっとうまく生きよう。誰かを助けたりしよう。力がなくても、力がないことを言い訳にしないで、生を受け入れよう。生きることはもしかしたら、本当はそれだけで偉大なことだったのかもしれない。でも、もう・・・
意識が遠のいていく。
大凡 平 が最後に聞いたのは、部屋のドアを何度も拳で叩く音だった。
その日、僕は地球から消えていなくなった。
ここまでで、日本の何処かで編は終わりです。さあ、タイラの運命やいかに・・・。




