第12話:暮れなずむ街のその紅
(彼は・・・手下ですか?)
ー手下!?いくらモブ呼ばわりしていたとしても、流石にそこまで見下してないよ?
「手下ではないですよ。うーん・・・友達・・・いや顔を知っているだけの人です。」
(モシ?でもなんだか親しげでした。その”トモダチ”というのはなんですか?)
ーおっと、ここで来ました、異文化交流。友達という概念はなくて手下という概念があるのか。向こうの世界は世紀末と呼んで構わなそうだ。いやもちろん、彼女に限ったことだろう。
「えーと、友達というのは一緒にいると楽しくて、対等に接することのできる仲の良い人という意味です。」
(ト・モ・ダ・チ・・・トモダチ。モシ!良い言葉じゃないですか。友達!)
ーあ、異文化交流楽しい。こんな風にお互いが知らない言葉を教えあえたら、言葉の通じない人とでも仲良くなれるんだろうか。というか僕でもアニマさんと仲良くなれるのだろうか?なんか楽しくなって来たぞ。
「あ、アニマさんは友達と呼べる人とか呼びたい人とかいないんですか?」
(・・・)
ーあ・・・。地雷・・・。
その瞬間沈黙が質量を持ったように感じられた。後ろを振り返りたい衝動に駆られる。いつものごとく、調子にのって不躾な質問をしてしまった。少し考えればわかることだったはずだろう。彼女は奴隷のような生活を強いられて来たのだ。体は不健康なまでに痩せ細っているしそれに、それに・・・傷だらけだ・・・。交友関係はおろか、自由な時間があったかも疑わしいものだ。
(モシ・・・わかりません・・・。)
何の気なしに言った言葉に酷く後悔することがある。本当に悪気のないこともあれば、後になってあれは正常じゃ無いと思うものもある。僕が呑気すぎるのか、捻くれているのか、場が凍りつくのを何度も経験してきたじゃないか。そうして、顔を合わせ辛くなってーー僕が勝手に萎縮してーーそれっきりうまく挨拶できない人もいる。僕がもっと、うまくやれる人間だったら。もしかしたら、せめてもっと気が利く人間であれば・・・今頃、好きだったあの子のあの優しい笑顔が僕に向けられていたんじゃないか?
(主様の元では、私と同じようにキメラの召使がたくさんいます。ですが、一通りの言葉と、主様を困らせないだけの知識・所作を教えてもらう以外には会話をしませんでした。それは友達でしょうか?)
僕は質問に答えるのを躊躇った。そしてあえて答えなかった。彼女は心を通わせる人に会うこともなく、それでも挫けずに懸命に生きてきた。心細かったろうか、一人弱音を吐いたりもしただろうか。僕らが当然のように人に寄りかかり、それでも自分の心を開けない臆病さに甘んじている間、彼女は強く・気高く前を向いていたのだろうか。今の僕には、彼女のキリッとした月のような瞳が、危うくも気高く映っていた。
「アニマさん、それがホンダです。仲が悪くも良くもない人。そうそれがホンダです。」
(そ、それが・・・ホンダ。)
ーいまの冗談は伝わったのだろうか?思えば、アニマさんの満面の笑顔はまだみたことがない。
「ところで・・・あの、よければ、僕はアニマさんを友達と呼びたいのです。」
(・・・。)
彼女はまた黙ってしまった。だけどきっと今度は、彼女を嫌な思いにさせたのでは無いはずだ。断じてない、そう思おう。それだけがこの気恥ずかしさを紛らわせてくれる。
「僕は・・・一緒に笑えたらいいのになあと思います。」
ーこんな言い方、相手が日本人なら気障ったらしくて恥ずかしくなってしまうだろうなあ。
(お言葉は嬉しいのです。モシ・・・・でも、仲が良いということがわからないのです。私といても楽しいはずもありません。だから・・・その、私ではきっとご期待に沿えません・・・。だから・・・ごめんなさい。私はホンダにはなれません。)
ーああ、俺はモブにもなれやしねえ。
告白して断られることは1回経験したが、友達になろうとして断られたのは初めてだ・・・。あれ、なんだろう。急に悲しくなってきた。嫌なことを思い出したからかな。いや、もしかしたら、最初から本当は僕に気を遣ってくれていたのかもしれない。そういえばいつもそうだった。僕1人が舞い上がって。ああ、そうだよなあ。こんなパッとしない男、こんな綺麗な子とじゃ格だって違うよなあ。ほんの少しでも仲良くなろうとしたのが思い違いだった。見返せばいつもそうだったじゃないか。身の丈もわきまえないで、相手だって迷惑だったに違いないんだ。ああ・・・恥ずかしい・・・どうしてこんなに僕は未熟なんだろう。
ペダルが重くなった気がした。踏ん張って上を向くと空は茜色で。暮れ泥む空を1羽の烏が慌てて飛ん帰るところのように見えた。その烏はしきりに鳴いてあっちこっちへ不規則に飛んでいる。声は、大きくなるばかりだ。どこか不安そうですらある。すると、どこからともなくもう1羽の烏が来た。2羽は何事もなかったように、一定の距離を保ったまま楽しそうに西の空に溶け込んだ。夕日がビルの合間を見え隠れしていた。
ーああ、夕日は綺麗だな。似合いもしないのに、少しでも自尊心を育もうとして、少しでも前に進もうとして、夕日に独り言を言っていたっけ。僕は間違ってないって・・・・僕は・・・何も変わっちゃいないなあ・・・。明日から変わる。明日なら変わる、明日になれば変わってる・・・・・。明日なら。。。
「いや、それは違う!」
(えっと・・・モシ?)
ーそんなわけないだろうが!そうじゃない!そうじゃないだろうって!!いつだって僕は自分のことばかりだ。今だ!今だけだ!変わるなら、変えたいなら、今だけだ!!自信がないのを言い訳にして、自分の弱さに酔ってるなんて・・・違う、違う・・・違ってる!!顔は見えないけれどわかる。彼女は今、悲しそうな顔をしてる。僕が被害妄想に取り憑かれてるように、彼女も自分を責めて悲しんでる。僕を失望させてしまうことを恐れてる。言葉通りに受けとるべきなんだ!そんなの、そんなの・・・やめてくれよ。おかしいだろう。君は幸せにならなくちゃいけない人なのに。僕らはみんな幸せであるべきなのに。
「えっと、えっと・・・。」
何を言っても彼女は自分を責めてしまう。不幸になってしまう。なにか、なにか・・・なにか・・・。
「・・・」
ーなんて言ったらいい。彼女の喜んだ顔、喜ぶことを・・・カップ麺?
「そうだ!!じゃあ、ご飯でも食べに行きましょうよ。日本の食事はカップ麺だけじゃ無いですからね!もっと美味しいものを食べにいきましょうよ。食事は誰かと食べると美味しいっていうじゃないですか。アニマさんと僕で一緒にね?楽しいに決まってますよ?」
(ご飯・・・ですか?誰かと食べると、美味しくなるんですか?誰かと食べると楽しいんですか?知りませんでした。いつも一人で食べていたので。)
「1人よりは2人、これは間違い無いですよ!」
(では・・・一緒に。)
ーッ!よしきまりだ!
(モシ?ひとつ訊いても?)
「もちろん、なんでも、なんだって!」
(”ワラウ”ってなんですか?)
{キィ・・・}
僕は自転車を止めて、慌てて振り返った。彼女はおどろいた顔をしていた。気圧されそうな黄金の瞳が、僕を見ている。彼女の顔には不安が張り付いているように見えた。夕日に照らされて、陰影が強調されたからかもしれないが、その表情は僕と彼女が同じ”生き物”であると思うのに十分だった。
「ハハ・・・ワッ!ハッ!ハッ!!」
(・・・モシ?)
僕は大げさに笑うついでに目を瞑って、上を向いた。
「笑うってのは、こんな風に嬉しいときに声を出すことですアニマさん。アニマさんもやってみるといいですよ。無理にでも。存外、いいものです。」
そういって、すぐに前を向きなおすとペダルを踏んだ。馴染みの定食屋に向かうためだ。近くを歩いていた女性高校生2人が僕をチラチラととて何かを言っている。ああ!我こそは大義なり!構うものか!
進み出した体に風が当たる。秋の乾燥した風だ。ああ、僕はあの夏の日よりも前に進めているだろうか。
みんなの周りにも”ホンダ”がいるはずだ!




