ー王都の地下ー
時と場所は変わり、王都レイグランズ地下。
地下と言っても、文字通り地面の下にある訳ではない。通じやすいために「地下」と言うだけで、実際の立ち位置は「陰」である方が近い。
レイラ含め、この地下(陰)の存在を知る人間は多くない。当然、リゼルも知らない存在である。
人の多い大都会なのだから、容易に見つかりそうなものだ。しかし、メインであるレイグランズが大きすぎるし、無意味に道を反れる理由もないために、自然発見できる人間は限られている。
リゼルとの戦闘を終えたフリアは、そんな『住処』へ戻っていた。
「ふ~……(相変わらず)くっせぇ場所だな。ここは」
相変わらず、不愉快な空間だ。が、もう慣れた。
輝かしい「上」とは違い、ここは暗い空気が充満している。
レイグランズとは目と鼻の先だが、彼らが表に上がることはない。否、正確には、表に上がることは『なかった』。
そういう意味では、『レイグランズの闇』と言えるかもしれない。
フリアたちは、ここのことを『スラム』と呼んでいる。
その理由は、様々ある。
シンプルに、世界から弾かれた、陰の空間であること。よって、環境は劣悪。それと、龍魂による空間の仕切りがあることが大きな理由だ。
埃っぽいし、臭い。そして、日差しが当たる時間も限られている。そんな悪環境なスラム。
普通の神経では、ここで生活することは不可能。だが、ここに流れてくる人間は後を絶たない。
それは、大なり小なり「闇」を抱えているために、物理的に道を反れなければ行く先が無かった・無くなった者が多いためだ。よって、割と偶然迷い込む者の方が多い。
ここの存在を知る人間は多くないが、逆に言えば、少数の人間だけは、ここを知っている。だから、産業廃棄物の一部が落ちて来たり、食えなくもない食料が落ちて来たりする。生かさず殺さず。
地理的には繋がっているレイグランズとスラムだが、その境目には龍魂による仕切りがある。
複数の光龍力者が構築したと聞かされており、ずっとこの状態が続いてきた。
完全なるバリアではなく、「入ることはできるが出ることは叶わない」龍力オーラを応用した技術だ。
しかも、超強力な龍らしく、中からどれだけ力を加えても、ビクともしなかった。まぁ、どうせ外に出たとしても行く当てもない。よって、最近は誰も抗うことをしていないのが現実だった。
そんな強力な光龍力者は誰なのか。そんな話は、スラムの人間には関係ない話。外に出れることなど、無かったのだから。
……この間までは。
フリアたちは少し前まで、ここを中心に生活していた。
「さて、と……」
フリアは髪を揺らしながら、スラム内を歩き始める。
じめっとしていて重い空気。よく分からない不愉快な臭い。少ししか離れていないはずなのに、懐かしい。
そして、彼は一つの小屋に入る。扉もない、質素な小屋だ。
「……戻ったぜ、ヒューズ」
「あぁ。フリア」
小屋の奥に座っていた、ヒューズと呼ばれた男は、茶色い髪を逆立てるように整えており、真ん中だけ垂らしていた。
目つきは鋭く、その目に睨まれれば、失禁する人間もいそうなくらいだ。
裾の長い白い上着を着ており、前は開けている。
「で、どうだった」
「あぁ。グランズは王都にいない。これは確実だぜ」
「……あいつの言うとおりか」
「今のところは」
ヒューズは親指を顎に当て、何か考えるような仕草をとる。
そして、口を開いた。
「……肝心の『あいつ』も、グランズの居場所までは特定できていないようだ」
「そうか」
『あいつ』とは、バリアをブチ破った人間のこと。
つい最近「外」からやってきた人物で、外からそのバリアを破壊した。よって、フリア達はいつでも出歩くことができるのだ。
が、ここを知る少数の人間に感付かれないためにも、準備が整うまではここを拠点にしている。
その『あいつ』は、世界のことや騎士団の事情に詳しかった。だが、自分たちが知りたい情報は、ピンポイントで「分からない」と返答している。
「オレは、引き続きあいつと行動を共にしようと思う。あいつもグランズに用があるらしいからな」
「……あんたが行くなら、俺も行くさ。どうせアテもないしな」
「あぁ。スゼイもフランバーレも、イクサスも一緒に行く」
ヒューズは指折り数えながらフリアに言う。
「なんだ、全員じゃねぇのか」
「あぁ。環境は最悪だが、生活は無理じゃねぇ」
少数の人間にとって、ここと住む人間は大事な存在らしい。質は低いが、食事も衣服も落ちてくる。
QOL(生活の質)を無視すれば、住み続けることは可能っちゃ可能。
「後、フランバーレは最後まで渋っていた。途中で抜けるかもな」
「そうか」
「……良いのか?半端なヤツ連れて行っても」
「あぁ、構わないさ。ただ、邪魔をするなら、容赦はしない」
ヒュースは口角を上げ、ニヤリと笑う。
相当な悪人顔だが、フリアはそれを見ても全く動じない。彼はそういうヤツだ。
「んじゃ、行くか」
二人は外に出て、歩き始める。
スラムとの境界線の所で、フリアが思いついたように床のラインを足先でつついた。
「なぁ、上の人間は無能だよな。ここの『バリア』が解かれたことに気付かないなんてな」
「あぁ。つか、上が無能なのは今に始まったことじゃないだろ」
ヒューズは意にも介さずそのまま『外』へ出ていく。
「…………」
フリアは『外』との境界線で、振り向く。
数名のスラムの住人が作業しているところが見える。食事なり洗濯なり。その生活を続けるのも、一つの生き方ではある。
スラムの人間全てがフリアのように力があるわけではない。外では生きられないようなメンバーもいる。
だから、生活環境は最低だが、この場所は、皮肉にも彼らにとっても必要なのだ。
「……さよならだ」
フリアは、少し寂し気に呟いた。
スラムがなくなる訳ではない。それなのに、こんなクソみたいな環境からオサラバできるのに、なぜか心が寂しい。
『故郷』とは、そんな場所なのかもしれない。




