月の龍
殺気が充満する公園。先ほどまで穏やかだったここの空気は、ガラリと変わってしまった。
空気が張り詰め、リゼルがフリアを睨みつけている。肝心のフリアは、余裕たっぷりの笑みを浮かべたままだ。
こちらが完全に臨戦態勢なのに、その態度。気に食わない。
「貴様……」
ギリ、と歯を鳴らすリゼル。
態度の件もそうだが、この男が本気になれば、公園よりも外に殺気を広げることは可能なはずだ。
だが、男はそれをせず、公園内でキッチリ留めた。
レイズやバージルなら、そこにすら気付かない。しかし、自分やレイラは違う。
雑に殺気を放っているように見えるが、しっかりとコントロールされている。戦わなくても、非常に強い龍力者であることが理解できる。
「気ぃ遣ってやったんだ。悪いことは言わねぇ。ここで止めるんだな」
フリアの言う通りだ。しかし、王都のど真ん中で殺気を放つ男をスルー出来るほど、騎士団はーリゼルはー腐っていない。
「……危険因子は排除する」
だから、リゼルは構えを解かない。当然、龍力も充満している。凄まじい闇の力。
しかし、フリアはそれを見て鼻で笑った。
「……その程度の龍で俺を止めると?」
「え……?」
レイラは間の抜けた声を出してしまう。
リゼルから感じる龍は強い。それなのに、フリアは「その程度」と言った。
虚勢か、とも一瞬考えたが、それはないだろう。彼の表情から余裕の笑みが消えていないし、気配・殺気のコントロールで実力があることは分かっている。
(虚勢じゃない……桁が違う。ということですか……)
静かに唾液を呑み込むレイラ。
自分と同じく、リゼルも戦闘経験は多い。それらの経験から、戦わなくてもおおよその強さが分かる。
彼も多分、同じことを考えているだろう。
だが、リゼルは退かない。騎士団としても、リゼル個人としても。
事前情報で力の差があると分かっていても、やる前から負けを認めるのは、癪だ。
「……やってみなければ分からないだろう」
「はぁ……早死にするタイプだな。お前」
フリアも諦めたのか、右手で武器を取り出した。
あれは、刀。見た感じ、シンプルなデザイン。別に、豪勢だから強いとかの相関はないが。
スタイリッシュなフリアと、細身の刀。
彼の長髪が少しだけ揺れる。徐々に龍力が充実していく。
空気が震える。電気は走っていないのに、刺すような感覚を肌が感じている。
「ッ……!!」
「ぁ……」
少しだけ後ずさりする二人。
その間にも、男から感じる龍力と殺気がどんどん大きくなる。あの力は、ヤバい。
絶対に無理だ。勇敢に立ち向かうとか、そんなレベルではない。
『死』がそこに存在し、彼はそこに突っ込もうとしている。そんな次元の相手だとレイラは察した。
「リゼル!!やめて!!」
「……飼い主(王)はああ言ってるが?」
彼は一瞬だけ動きを止める。が、退く気はないらしい。
「見て確信した。貴様は危険すぎる。僕が消す」
「あ、そ(ムリだと思うけど)」
リゼルは走り出した。
龍力を高め、斬りかかる。
「おっと!」
フリアはそれを軽々と避け、広場に向かって走り出した。
ここは公園の隅。場所が悪い。
「リゼル!!やめてください!」
叫んだレイラの声に、リゼルは一旦足を止め、指示する。
「お前は逃げろ!僕がやる!!」
「そんなこと!!」
自分だけここから逃げる?レイラもバカではない。このまま戦えば、リゼルは間違いなく負ける。
かと言って、自分が加わったところで勝負はひっくり返らない。
そのくらい、自分たちとフリアの間には力の差があった。
(戦わなきゃ……!!けど!!)
レイラも剣を握るが、抜く勇気が湧いてこない。
彼女の心には、先刻感じた強烈な死の恐怖がべっとり張り付いている。
彼も同じ気持ちだと思うのに、何故臆さずに行ける?突っ込んでいける?何故……?
と、刃が激しくぶつかる音で、彼女は顔を上げた。
「ッ……!」
彼は、全力で戦っている。ただ、傍から見ていると、全力なのはリゼルだけというのがよく分かる。
フリアの方が、余力を大きく残している。そんな感じだ。
「闇龍双斬!」
「おっと」
リゼルの全力の技を、フリアは涼しそうな顔で受ける。
「あぶねぇな。じゃ、これはどうだ?」
「ッ!!」
フリアの明らかに手を抜いている一撃。技ですらなさそうな刀の振り。
リゼルは必死で受けている。受けた衝撃で、地面を滑りながら後退する。
(リゼルが負ける!!殺される……!!)
この分では、本部の応援が来たところで、死傷者が増えるだけだ。
こんなの、どうすれば……
「月閃」
リゼルのスキをついた、フリアの技が炸裂する。
刀の軌跡が月のように残る。しかも、多段ヒットするタイプの技。
龍の流れ的に、そう見える。
技も脅威だが、繰り出された龍の属性に、レイラは目を疑った。
「月光龍……?」
大変珍しい龍魂だ。存在することは知っていたが、目にするのは初めてだ。
当然、国で管理していた龍にはなかった属性である。過去実績はあるが、直近の記録にはなかったと思う。
が、今はそんなことどうでもいい。
「リゼルッ!!」
リゼルは吹き飛ばされ、木に衝突した。
「が……はッ……!!」
血を吐き、その場で座り込んでしまう。
あの一撃、龍力の防御壁を破り、彼に大ダメージを与えるほどのものだったのか。
ここまでくれば、恐怖がどうとか言っている場合ではない。
「リゼル!!」
レイラは走り出し、リゼルをかばう形で剣を構えた。
が、剣は震え、おぼつかない。龍力も大して高まっておらず、戦える状況ではない。
「あ~あ。やっちまった」
フリアはニヤリと笑う。その笑みに、ゾ、と背筋が凍る。
「……平気だ。レイラ」
「!」
掠れた声。振り返ると、リゼルが血を拭いながら立ち上がっっているところだった。
レイラは急いで治癒術を掛け、傷を塞ぐ。これでまた、戦える。が……
「だから、やめとけって……」
本当に呆れたように、フリアがため息をつく。
「闇龍爪ッ!!」
レイラの横を走り、フリアに突撃するリゼル。
剣に闇龍の爪をイメージした龍力を乗せ、斬りかかる。
「よっと」
「ッ……!!」
フリアはそれを軽々とガードした。技の衝撃で、彼の黒髪が踊るようになびく。
闇龍の爪痕が地面に刻まれるが、フリアがいた部分だけは傷がない。
完璧に力を殺されている。
ガードが終わり、攻撃に転じるためにフリアは刀を握り直す。
そして。
「月光龍爪!!」
「く……!」
敢えてなのか、わざわざ同じ系統の技を繰り出すフリア。彼の刃に月光龍の爪が具現化される。
その力の強大さに、リゼルは気圧され、後退してしまう。
(嘘……でしょ……!?)
同じ龍力とは思えないほど、それには差があった。
リゼルの龍力は決して低くない。フリアの龍力が圧倒的だ。ただ、それだけだ。
具現化された『爪』を見ていても、リゼルのは「薄め」だが、フリアのは「濃い」。そして、大きい。
龍力によるオーラを爪に見立てているのだが、その強さの差が顕著に出てしまっている。
振り下ろされる刀。
リゼルはダメージもあり、上手く防御態勢に入ることができない。
「リゼ……!!」
気付けば、身体が動いていた。
彼らの間に入り込み、全身全霊の龍力を引き出す。
これ以上ない、そう思えるほどの。
「レイ……ラ……!」
「あ~あ……」
フリアの残念そうな声。だが、刀は止まらない。
(負けるもんか……!!)
「死」直前の刹那、自分の奥底から、湧き上がるようなモノを感じた。
「生」への執着か?もう、何でもいい。この力も、全て剣に乗せる。
フリアの刀と、レイラの剣がぶつかる。
「~~~~~~~~!!」
全身の肉が悲鳴を上げ、骨が軋む。
力は身体から大地へと伝わり、地面が少しだけひび割れる。
なんて重たい攻撃だ。奥歯をガッチリ噛み締め、必死に耐える。
力に押され、少しだけ後方に滑り出すレイラ。
「ッ……」
このままでは、あの龍に潰される。
そう判断したリゼルは、背中合わせに立ち、もたれかかる形で、レイラの身体を支えた。
勿論、龍力補助も忘れない。
「ッ~~~~~~~!!」
「堪えろ。僕がついてる」
「はい……!!」
そのお陰かは分からないが、龍圧には耐えれている様子。しかし、フリアの攻撃力の方が勝っている。
敵もそれを理解したか、急遽龍力の流れを変えた。
「吹・き・と・び・な」
フリアの眼がギラつき、刀が振り抜かれる。
その力に負け、二人は吹き飛ばされてしまう。だが、戦う場所が公園中央であったことや、リゼルの補助があったことで、二次被害は抑えることができた。
何とか着地し、呼吸を整える。しかし、龍力の大半を持っていかれた。
「はぁ……はぁ……」
「ち……」
リゼルに至っては、立ち上がるので精一杯だ。
フリアは刀を持ったまま、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
影の影響で、表情が見えない。龍力と相俟って、かなりの威圧感だ。
と、フリアの姿が消えた。
「え……?」
「……月墜衝」
声が聞こえたと思ったとき、既に攻撃が終わっており、リゼルが倒れるのが見えた。
速すぎて、ガードする暇もない。彼が倒れたのを確認することもなく、フリアはこちらを向いた。
次は、自分の番だ。
「……!!」
全身の震えが止まらない。前歯がぶつかり、音を立てている。
剣を握ろうにも、震えや、リゼルがやられたことでの精神的動揺で力が入らない。
それに伴い、自らを覆っていた龍力も乏しくなっている。
彼女が今、ほとんど生身だ。
終わった――――――
そう思ったところで、多くの足音が聞こえてきた。
本部の応援が駆け付けたのだ。しかし、素直に喜べない。彼らの応援があったとして、勝てるのかどうか――――――
「ゴミがうじゃうじゃと……」
フリアは心底不愉快な顔をする。それにシンクロし、龍力の凶悪さも増した。
「全員掃除して……いや、これ以上の騒ぎは……ち、クソ……ここまでか」
フリアはレイラを一度だけ視界に入れ、少し静止する。
そして、足音とは間反対へ走り出した。当然、龍力事情を知らない応援部隊は彼を追おうとする。
「追え!!逃がすな!!」
「待ってください!!追うべきではありません!!」
「「!?」」
追うだけ無駄。
龍力レベルが高い王都騎士団とは言え、彼の前では小者中の小者。
死者を出さないためにも、ここは大人しくしておくべき。
「しかし……!」
「とにかく、彼をお願いします!!事情は説明しますから……!」
「わ、分かりました……」
絶望強い王の表情に、従うことしかできない応援部隊。
それでいい。死者が増える未来より、騎士団の評判が落ちる方がマシだ。
フリアが去った後の公園に、龍力と殺気は感じられなくなっていた。
ひとまず、脅威は去った。
「はぁ……はぁ……」
ひとまず、今を生きたレイラ。
命ある事実に感謝しつつも、あの絶望に立ち向かう力のなさに、心底自分を嫌悪していた。
国のトップがこの体たらく。
この国は、どうなってしまうのか……




