ダイヤモンド・ロック
咆哮が聞こえてきた直後。
龍の暴走によって苦しんでいたミーネは、氷の剣の具現化を解除した。
氷の欠片が宙を舞い、風に乗って消えていく。
「何だ……?」
咆哮は気になるが、なぜ突然氷の剣を解除したのか。
戦闘状態の解除と取っても不思議ではない。ただ、龍力自体は強く感じられる。流石にそこのスイッチオフはできない(するつもりがない)か。が、無意識に、レイズたちは剣先を少し下げていた。
構えまでは解除せず、いつでも動けるような状態をキープ。
その間、ミーネは自分たちを気にする様子はない。首を振り、周囲を確認している。咆哮の主を探している様子。
再度、咆哮が聞こえてくる。それに応じるように、ミーネが指笛を吹いた。
「~~~~~~~~~~~~」
吠える声は段々と近づき、雪の積もった木々の間から、それは飛び出してきた。
「え……?」
「あれは……」
小柄な体に茶色い毛。短い尻尾を懸命に振っている。
子供のイヌだ。
龍力者はそれを見るなり走り出し、強く強く抱きしめた。
「良かった……!!本当に良かった!!」
ミーネは涙を浮かべ、そのイヌを優しく撫でる。
よく見ると、そのイヌの脚に包帯が巻いてあるのが分かる。
「おい、あいつ……」
「あぁ。(非龍魂状態に)戻ってね?」
ミーネの龍力がゼロになっているのが分かった。つい先程まで明らかに暴走状態であったが、今は龍力の気配が感じられない。
子イヌによって、暴走状態から脱したのか。
「どういうことだ……?」
「さぁ……」
レイズたちは困惑している。
状況が上手く呑み込めないが、これ以上戦う必要がなさそうなのは理解できた。
異質な雰囲気を醸し出していた龍力者も、今はイヌを可愛がる一人の女性だ。
「あの……ミーネ……さん?」
レイラが恐る恐る声をかける。
ミーネはレイラたちを見た瞬間、頭を下げた。
「ごめんなさい!ご迷惑をお掛けしました!!」
急に謝られても、話が読めない。それに、こちらとしては戻ってこられたようで何よりなのだ。
レイラたちは、ミーネが落ち着いてから話を聞くことにした。
「あたしは、ミーネ=マクライナ。ごめんなさい。迷惑かけて」
「……いいんです。戻ってこられて、良かったです」
「この子は、スイ。少し前に、怪我をしてたのを治してあげたの」
スイと呼ばれたイヌは、ミーネの膝の上でゴロゴロしている。包帯の更新中も、全く抵抗を見せなかった。
(今のは……)
処置の様子を何となく眺めていたレイラ。光龍故、治癒術に長けている。スイの小さくなった傷跡に、少しだけ龍の力を感じた。
スイに触れていた時点で、暴走状態に入っていたのか。あるいは、水龍も治癒術が得意なため、無意識に龍を使っていたのか。
「それから、調教師の真似事みたいなことをしてみたの。お父さんは調教師だったし……おかげで、スイはあたしの友達になった」
「そうだったんですか……」
「……初めは出来心だった」
スイの話が終わった後、ミーネの声のトーンが変わる。
「調子に乗ったあたしは、小型のアイスウルフを見つけて、同じことをしたの。そして、次は別の小型の魔物……この辺りで記憶がないの」
「それから……どうなったんです?」
気絶したわけではないが、意識がない感覚に陥ったらしい。この状態で、龍力が暴走していたと考えていい。
次の記憶は、自分の周囲の膨大な足跡の数。
怖くなって、家に帰ったこともあったと。しかし、気付けばまた雪山に入っていたと。
「多分、ずっとそれの繰り返し」
「え……?もしかして」
「種類に囚われず、繰り返してたみたい。相手が中型でも、イヌに近くない魔物でも。目が覚めたら、アイスウルフの尻尾に巻かれてたことも」
謎が解けた。
いくら雪国育ちとはいえ、人間が何日もキャンプできるような環境ではない。
調教の関係で、アイスウルフを従えていたのか。
で、あのモフモフの尻尾にくるまって、温かく過ごしていたと。
アイスウルフは間違いなく凶暴な魔物だが、あの尻尾は触り心地が良さそう。
レイラは密かに思ってしまう。
(それは羨ましい……)
と。
さて、魔物の凶暴化。レイズたちはその理由が今分かった。が解せない点がある。
調教師は、元は馬を管理することを業とする者のことだ。今では意味が広がり、動物やコントロールしやすい一部の魔物を管理、教育する人間のことを指す。
範囲は違えど、調教師の仕事は管理・教育である。凶暴化とは逆の位置にいるはずだ。
あるとすれば……
「魔物が龍力に干渉した……?」
「可能性はありますね……」
フォリアは一つの考えに至る。レイラもそれに同意する。
意識のない間も調教師のことをしていたのなら、ここにいるスイとの違いは、それだ。
現に、フォリアの龍力爆発に応じて(?)アイスウルフの雰囲気が豹変したのを見ている。
「ちなみに、ミーネさんが初めてここで調教したのは……」
「『あの日』の少し後だった気がするわ。それで、その後も何回か無意識に山に出入りした気がするわ」
「では、その間隔「レイラ。もういいだろう」
リゼルは彼女に囁く。
時期は気になるところだが、『あの日』の後で、それが数回繰り返されたと。
ここまでの情報と、先ほど見たアイスウルフの変化。騎士団に報告するには、充分だ。
暴走中、龍力を使い果たし、目が覚めた。そして、家に帰れたは良いが、肝心のコントロールができていない。よって、時間が経ち、龍力が溜まった段階で、また龍に支配された。そして、雪山へ。
一回目の魔物の凶暴化。そして、先日の凶暴化。こんなところだろう。
「そうですね……確かに……」
二人が話している別の場所で、バージルは、グリージに寄るまでのレイズの状況を確認していた。
「力を使い果たせば戻るんじゃないのか?」
「……あぁ。俺はそうだった。時間が経っても平気ってことで解放されたんだけどな……」
確かに、力を使い果たせば自分の意識が戻る。それは、エラー龍力者共通だ。
そこから分かれるのは、そのまま龍力が使えるようになる者、龍魂を得る前と同じく、一切龍力が使える兆しが見えない者の二者が大部分だ。
だが、ミーネは違う。魔物の凶暴化が二回起こったということは、『二回目』の暴走が起こっていたということだ。
なら、エラー龍力者全員に再暴走のリスクがあると考えるべきなのか。ミーネのケースが特殊なだけなのか。
「……考えても答えは出ないな」
「あぁ。予想が合ってんのかどうかも分かんねぇ」
ここであれこれ考えるのは止めだ。
レイラは仲間たちにアイコンタクトする。
「ミーネさん、スイも無事でしたし、帰りましょう。話はそれからです」
ミーネを休ませる。今はそれが最優先だ。
そう思った矢先。
重たい足音が聞こえてきた。
しかも、早い。
「!!」
現れたのは、スノウライガ。
雪のように白い体に、長い鬣。アイスウルフよりもデカい魔物だ。
そして、先ほどの魔物同様、筋肉が膨れ上がり、目が充血している。
スノウライガは、レイズたち一人一人に視線を走らせ、明らかに小さく弱い獲物を見つけた。
「やべぇぞ!スイが!!」
自分たちを狙わないところを見るに、戦いよりも、空腹なのが問題か。
十中八九、ミーネが調教した魔物だ。
それなのに、同じ調教された者でもターゲットにされてしまうのか。
その辺の塩梅は、レイズたちには分からない。
「守れ!!」
「あぁ!!」
そうは言ったが、この龍で行けるか?と思っていた矢先、スノウライガが跳躍した。
と、同時にミーネも飛び出した。
「ミーネさんッ!!」
その体には、氷龍のオーラが充実していた。
……いつの間に。
そして、ミーネは走りながら、腕を大きく振った。
同時にスノウライガに描かれる、氷龍の紋章。
「ダイヤモンド・ロック……!!」
突如として、氷の塊がスノウライガを包む。
その姿が、文字通り巨大なダイヤモンドのようだった。
氷属性相手に、氷属性の龍術。効果は薄いはずだが、一瞬でその塊に閉じ込められてしまう。
「「!!」」
強烈な龍術に、衝撃が走るレイズたち。
そんな彼らの様子など知る訳もないミーネ。静かに謝罪し、目を閉じる。
「……ごめんね。少し、頭を冷やして」
そしてそのまま、雪の大地に倒れ込んだ。
「ミーネさん!!」
彼女に駆け寄るレイラたち。
力が完全に抜けてしまっているが、生命兆候は途絶えていない。
「……大丈夫。気を失っているだけみたいです」
かなり強力な龍術だ。多分、エネルギー切れだろう。
「これで、一段落、だよな?」
「基地に帰るまでが任務だぞ」
「だな。わぁってるよ」
捜索対象者を保護したレイラたち。もうここに用はない。
ペルソスに戻るため、体勢を整えるのだった。




