苦しみの指笛
周囲の警戒を怠らない程度に、フォリアはミーネとレイラを見つめる。
先ほどの「言い方」に噛みついたレイズだったが、彼女の真剣な眼差しに影響され、同じ言葉を呟いた。
「自分の……意思……」
「そうだね。まぁ、暴走は間違いなくしてるんだろうけど、指向性はそこまでデタラメじゃない」
フォリアの言うように、ミーネの龍は間違いなく暴走している。
凄まじいエネルギーで龍術を連発してきていた。だが、自分の時と違い、無差別ではない。
アイスウルフは狙わなかったし、使える龍術をランダムに撃っている訳ではない。状況に応じた術を使っていた。
「問題の意識がどの程度あるかは分かんないけど……完全に持ってかれてる訳じゃないって、見ててアタシは思うよ」
「フォリア……」
最前で声をかけ続けているレイラ。それを聞いて、苦しんでいる龍力者を交互に見る。
「そんなの、今まで見たことなかったから……さ。『面白い』ってのは、口癖みたいなモンで……だから……」
「もういい。分かったから」
フォリアの言う「面白い」は意味が広い。
面白おかしく笑える、という意味で言ったのではないことが分かり、レイズは落ち着いた。
彼女から離れ、警戒範囲を広げる。
二人の場所から、少し離れた位置に立っていたバージル。
フォリアとレイズのやり取りは聞こえていた。なぜか感じる心のモヤモヤを抱えながらも、目の前の展開を見守っている。
「このまま戻れるかは別問題だな……」
バージルはレイラと龍力者の様子を見ていたが、自力で戻れそうな雰囲気ではないことを察した。
呼びかけには反応するが、徐々に龍力が高まっている。一時的に弱くはなるものの、今にも爆発しそうな状態だ。
龍力者は頭を抱え、もがいている。足元はふらつき、彼女の周囲には雪を踏みしめた足跡が無数に出来上がっている。
「レイラ!一回下がれ!」
「これ以上は危険だ!」
レイズ、バージルの呼びかけには応じず、レイラは声掛けを続けている。
しかし、状況は改善しそうにない。リゼルは小さく息をつき、前に出る。
「……これ以上刺激するな。無駄だ」
仲間の声に、レイラは唇を噛み締める。
「……えぇ。申し訳ございません」
悔しい。悔しい。本当に、悔しい。
マリナの時のように、目の前にいるのに。手が、声が届くのに。
だが、目の前の危険な状況が理解できないほど、レイラは冷静さを失っていなかった。
「…………」
声掛けを止め、ゆっくり後ずさる。
龍力の気配が離れたせいか、ミーネの龍が少し落ち着きを見せる。
しかし、依然として力強いエネルギーを放っており、不安定な状態だ。
レイズたちと同じ位置まで下がると、レイラは意見を求めた。
「どうします……?」
距離ができたためか、龍力者の力がやや弱まる。
「一回発散させた方が良くないか……?ジリ貧な気がする」
「俺もそう思う。レイラで無理だったんなら、誰がやっても無理だろ」
レイラの努力は認める。そのレイラの呼びかけで戻れないなら、自分たちでも無理だろう。
「俺……」
「ん?」
「いや、いい……」
俺も話そうか、と言おうとしたが、止めた。
正直、話が上手くない。だから、思い付いた励ましになるか分からない言葉を放つだろう。
それが、あの龍力者の地雷とも分からずに。それは、避けたい。
「……アタシも賛成。できることはやったんだ。あとは、コレの出番だね」
フォリアは剣を軽く振って見せる。
自分の意思がある(かもしれない)以上、自力で意識を取り戻せればよかった。が、それは叶わなかった。
ただ、最善は尽くした。
この選択はしたくなかったが、一度龍力を使い果たしてもらうか、気絶してもらうかしかない。
「……リゼル」
「お前はよくやった。誇っていい」
あんな熱心に心を通わせようとしている姿を見せられて、何も思わないほど、リゼルは冷酷ではない。
また、彼女が作った時間で、力も少しだけ戻ってきている。短時間なら、戦える。
それに、解決できる可能性が少しでもあるなら、その方が何倍も良い。
剣に手を置くリゼル。それを見て、レイラは言いにくそうに口を開く。
「……いいんですか?」
「何がだ」
だが、リゼルはレイラが何を気にしているのか分かっていない様子であった。
魔物の凶暴化が始まっていれば、すぐに任務を中断するとリゼルは言った。
実際、アイスウルフの件で分かるように、凶暴化は間違いなく始まっている。
指笛の影響も分からないし、既に凶暴化させた(?)魔物の規模も不明。
『主』の危険を察知(する能力があるかは不明だが)し、戻ってくるかもしれない。
分からないことだらけである。
そんな中、その中心にいる女性―ミーネ=マクライナ―といつまでも相手をしている訳にはいかない。
撤退し、騎士団の体制を整える必要がある。人員云々言ってられない時期に来ているのだ。
それでも、リゼルは任務を切り上げると言い出さない。
「いえ……忘れてください」
「…………」
彼は剣を抜き、自分を見つめている。
が、当の本人は考え事の最中でそれに気付いていない。
(『彼女』が特別だから……?)
フォリアの言うように、単なる暴走状態ではない。自分の意思もある可能性が高い、極めてレアなケースだ。
国を回っていた時も、暴走龍力者を見る機会は嫌と言うほどあった。
それに比べれば、『龍力レベル』自体は低い。それは、自分の意思もあるからと判断していいと考える。
だから、レイラはこのまま帰るわけにはいかないと考えている。リゼルも同じなら、本当に嬉しいのだが。
「……今は下がれ。(体力を)温存しておけ」
「!」
自分も戦いたい。もちろん、倒すのではなく、救うために。
だが、前衛での声掛けに、かなり精神をすり減らした。
普段のような龍力は出せそうにない。それを見抜かれた。
「はい……ごめんなさい……」
「気にするな」
今、レイラは戦えない。今の精神状態では、前衛に出られても危険が大きい。
彼はそう判断し、そっと後方に移動させる。彼女も大人しくそれに従ってくれた。
レイラが下がったのを確認し、フォリアは目の前の龍力者に集中する。
(この龍でどこまで戦えるか……)
いつ龍力が爆発するか分からない上に、爆発後の龍力がどの程度かも分からない。だから、一気に決めたかった。
彼女が抜けたのは、確かに痛い。だが、龍力初心者であることに変わりはない。
龍力レベルは高いが、扱いが雑。だから、100のエネルギーで攻撃してきても、技術不足で8割程度に落ちている。
また、体術も稚拙。凶悪な魔物を相手にするような絶望感は、ない。
……しかし。
(結局、こうなるのね……残念)
戦うことに同意はしたが、フォリアは心の中でため息をついていた。
レアケースな龍力者。もっと変わった鎮圧方法が見られるかとも期待したのだが。ただ、こればかりは仕方ない。
ある意味、「コレ」が一番手っ取り早いのだ。
レイズたちが戦おうとした瞬間、何かが吠えた。
指笛に反応した『何か』だろうか。
「近いぞ!!」
「なんだ……?」
「魔物か!?」
アイスウルフの吠えるそれによく似ているが、どこか幼く、可愛さも感じられる吠え方だ。
その声に一番動揺したのは、目の前の龍力者だった。
その咆哮の主は、敵か、それとも……




