接触
水色の髪をもつ女性。
遠くからで表情はよく見えないが、穏やかで、一定のリズムでアイスウルフを撫でていた。
アイスウルフも抵抗することなく、身を任せているように見える。
「あいつか?」
「可能性は高いです。ですが、顔を見ないと……」
レイラは資料を取り出し、それと彼女とを見比べる。
大まかな特徴は一致している。肝心のご尊顔は確認できないが。
両親に伝えていた方角や、聞いている特徴を考える限り、99.99…%、ミーネ=マクライナ本人だろう。
「確定でいいんじゃね」
「あぁ。これだけ揃ってりゃ、確(定)だろ」
結論を急いでいる訳ではないだろうが、レイズとバージルは決定していた。
実際、レイラもそう思う。自分もそう思っているということは、リゼルも同じだろう。
さて、彼女の龍力だが、かなり振れ幅があった。
「……(龍力の)ムラが激しいですね」
「あぁ。わざとか、無意識か……」
周囲を警戒しているようには見えなかったため、十中八九無意識。
自分やレイラのレーダーにかかることなく、魔物を愛で続けていたのだ。
幸い、野生児のレイズがいたことで、発見に繋がったが。
その光景を眺めつつ、バージルは呟く。
「で、アレが凶暴化すんのか?そうは見えねぇけど」
そうだ。
魔物の凶暴化、群れの原因がミーネ=マクライナであるならば、あのリラックス状態のアイスウルフが凶暴になるということ。そして、種族が異なる魔物と一緒に、群れを形成すること。
レイズも同様の疑問をもっている。
「めっっっつちゃリラックスしてっけど。しかも、一体だぜ?」
時間をかけて、一体の魔物と向き合っているように見える。
群れは100体を超えていた。一体にどれくらい時間をかけるのか分からないが、仮に10分として、5000分だ。これは、約80時間である。
と、レイズは気付く。
(あれ?一日8時間愛でたとして、10日か?何か行けそうな気がしてきた)
全て「仮」の計算だが、群れ発生の間隔を考えた際、不可能な数字ではないように思えてきた。
それに、今見ているのは一体だけだが、複数相手にすることもあるかもしれない。そうなれば、時間はもっと短くなる。
「……凶暴化は、わざとかな」
「そうは思えませんが……」
彼女は調教師の娘だ。
動物・魔物に対する敬意が必要な調教師を目指している。よって、いたずらに凶暴化させようと思って魔物に触れるとは考えにくい。
だとすれば、偶然の産物か。しかし、『あの日』の被害者であることが、妙に引っかかる。
教育期間ゼロで、龍力を扱えている。ムラは大きいが、暴走状態ではなさそう。
本人も非常に穏やかだし、自分やマリナの時とは大違いである。ただ、マリナの場合は、『敵』がいないときは、落ち着いていたとか。
レイズとバージルは会話しながら、考えている。
「待って……聞こえるわよ?」
フォリアは、一旦レイズたちの会話を止める。
「一応、声はかけるんでしょ?」
「……そのつもりです」
レイラの返事を確認し、フォリアは頷く。一度だけ息を吐き、気持ちを作る。
「行こうか」
「はい」
レイズたちは、できるだけ偶然を装い、近づくことにした。
刺激を与えないよう、普通に。足音や「さみ~」などの声も隠さない。
それに加え、敢えて正面から近づく。背後から近づけば、怪しまれると考えたからだ。
と、美しい歌が聞こえるようになった。
音の方向からして、あの女性からだ。そう大きな声ではない。だから、先ほどは聞こえなかったのだ。
「綺麗な歌……」
「民謡?か……?」
レイラたちは、更に足を進める。
「…………」
だいぶ近づいたところで、女性の歌と手が止まった。
アイスウルフもゆっくり立ち上がり、レイズたちを見た。
……見る限り、凶暴化はしていない。目は普通だし、筋肉量も変化なし。今のところは。
「落ち着いて……」
レイラは自分に言い聞かせるように呟いた。
中型のアイスウルフと目が合い、心臓の鼓動が早くなる。
が、慌ててはいけない。平常心が大切だ。
一度だけ唾を飲み込み、再度足を進める。
「……誰?」
透き通った声。
女性と目が合う。はやり、資料にあった行方不明の女性に間違いない。
薄い空色の髪。それを首の後ろで結んでいる。長さは肩甲骨の下角辺りまでだ。
「……私は、レイラと申します。貴女のご両親から依頼受け、探しに来ました」
「必要ないわ。帰って」
女性-ミーネ=マクライナ-は、すぐにレイラを拒否する。
「必要ない……?」
「どういう意味だ?」
「さぁ……」
レイラより後方で、レイズたちは囁く。
「ですが、ご両親も心配されています……いったん帰りませんか……?」
言いながら、一歩足を進めた瞬間だ。
弾かれたように、ミーネは立ち上がった。
「近づかないで!!」
刹那。
その手には、氷でできた剣が握られていた。
これは、『具現化』という技術。龍力オーラを物体に変化させる技だ。
相当量の龍力が必要だが、自由自在に武器を生成できる。
『あの日』の被害者が、ゼロから具現化の技術を身に付けたとは考えにくい。多分、足元にあった雪を媒介にしたのだろう。
基礎となる物があれば、具現化の難易度はぐっと落ちる。それでも、高等技術であることに変わりはないが。
(……厄介かもな)
想像以上の技量に、リゼルは舌を打つ。
ここまでの実力者だったとは。ペルソスの団員では、どうにもできなかったかもしれない。
「あぁぁぁぁぁぁぁあああああッ!!」
彼女の叫びと同時に、アイスウルフも戦闘態勢に入る。
みるみるうちに目が充血し、筋肉が膨れ上がる。
「おい……!」
「あんな変わんのかよ……!!」
時間にして3秒ほど。
ノーマルだったアイスウルフが、一気に凶暴化してしまった。
姿勢を低くし、牙をむく。
間違いない。彼女が凶暴化の元凶だ。
「ッ!!」
レイラは慌てて下がる。が、彼女の感情は高まったままだ。
「おい!龍力が!!」
先ほどの静かな雰囲気とは打って変わって、今は凄まじい龍力が彼女の周囲に迸っている。
全身が、淡く蒼く光る。目は、特に色濃く光っている。
髪や衣服が龍力により、舞う。
話し合いが通じる雰囲気ではなくなった。
「来るぞッ!!」
レイズたちも、一斉に武器を取る。
保護対象の龍力者と、中型のアイスウルフ。しかも、両名凶暴状態だ。
やるしかない。
群れの鎮静化をかけた戦いが始まった。




