湖
レイズたちは、ペルソスより西にある森に来ていた。
一応道になっているのか、雪の積もりが浅い部分が続いている。
ただ、その他の雪の状態は、本当にきれいだ。魔物の足跡も付いていない。
木々にも雪が積もっており、衝撃を加えるとその雪全てが落ちてきそうだ。
新しい雪を踏みながら、バージルは謝る。
「……フォリア、すまねぇな。付き合わせちまって」
「いいって。無理矢理付いて来たのはアタシの方だし」
フォリアも「乗り掛かった舟だから」と着いて来てくれている。
実際に来るのは初めてだが、騎士団の研修で地理を習った。今彼らが歩いている場所も、騎士団から教わった情報だ。
そして、ペルソスより西に来ているのは、ミーネ=マクライナの両親の情報だ。
「西、と言っていましたが、どの程度西なのでしょうか……」
当然、闇雲に探している訳ではなく、情報は仕入れておいた。
レイラは目立つ存在故に直接会っていない。代打でリゼルやフォリアが対応してくれて助かった。
「さぁな。極力真っ直ぐ西に来たつもりだけど、あくまでも方向だけだし」
「……だよな。俺だったら、普通に反れてるかも」
レイズは、グリージにいた頃の記憶を思い起こしていた。
自分では西に向かったつもりでも、道が整っていない山道。当然ズレてくる。
「……ですが、他に手掛かりはありません。キャンプができそうな場所を探しましょう」
渦中の龍力者の両親によると、行方不明前に行くと言っていたのが、そこであると。
彼女はそこで、一人キャンプをする予定だったらしい。
雪山で一人キャンプとは、中々挑戦的だ。しかし、それが彼女の日常だったとか。
「ミーネさんどころか、人がいませんね……」
「……魔物もいないな」
女性の両親が、ある程度の目星は付けてくれたが、彼女の姿は見当たらない。当然と言えば当然だが、他の人間も見かけない。
こんな地でキャンプとは、中々イカれている。
逆にこんなだから、行きやすいのか?レイズにはその心情が分からなかった。
それに、バージルの呟きも気になる。魔物と一体も遭遇していない。
正直ありがたい状況だが、それを利用しようとしていた人物が一人。
……リゼルだ。
(チィ……)
出発前、彼は内心「凶暴化が再発している」とでっち上げて、適当なタイミングで任務を切り上げようと考えていた。しかし、自分以外の全員が、妙にやる気を出している。
この空気で任務を切り上げようものなら、全員から叩かれてしまう。ただ、レイラもやる気になっているのだから、どちらにせよ、と言ったところだが。
(フン……解決できるに越したことはない、か……)
それに、期待はしていないが、魔物の凶暴化の元凶である龍力者を何とかすることができれば、安全が確保できる。
大人しく任務を遂行した方が後々良さそうである。
「……で、団長なしで本当に良かったのか?」
ずっと聞きたかったことを、レイズはレイラに聞いてみる。
今は平和そのものだが、凶暴化した魔物やその群れに出くわせば、本当に危険だ。
団長がいれば、切り抜けられる可能性は上がるのだが。
「……こう言っては変ですが、それどころではなかったと思います。良くも悪くも、末端の仕事になりがちです」
「レイラは末端どころかトップだろ」
「騎士団の服を着ている今、私は末端団員です」
「……そうだったな」
短い付き合いだが、彼女の性格はよく分かった。
そんな彼女を守るために、リゼルがいる。剣となり、盾となる貴重な団員。
騎士団もリゼルを信用しているから、レイラの外遊を認めているのだろう。
(……てか、あんな人でも焦るんだな)
あんなに落ち着いて物事を判断できそうな人が、明らかに動揺していた。
ド素人のレイズには実感がないが、(四分の一だが)騎士団の秘密戦力の喪失。
残り三人がいるから平気、とはならないのだろうな。
と、気付けば先頭を歩いていたフォリアとの距離が空いていた。
「どうする?もう少し行く?休んでも良いけど」
慣れない雪山で疲れただろ、と休憩を提案する。
「……ごめんなさい。少しだけ」
珍しく、レイラが休憩を受け入れた。それも、リゼルの確認なしに。
それだけ彼女自身も疲れているのだろう。レイズたちも、思い思いの場所に腰を下ろした。
「おい、火係」
「わぁってるよ」
レイズの龍で、火を起こす。そして、それぞれに温かいスープが配られる。
皆、束の間の休息を噛み締める。
緊張感漂う、雪山での人探し。
魔物の気配は無いにしても、慣れない雪山で精神がすり減っていく。
帰りたい気持ちがないと言えば嘘になる。だが、助けたいという気持ちも間違いなくある。
その狭間で、レイズたちは揺れているのが現実だ。当然、比率は1:9とかで救いたい気持ちが大きいが。
「……もう少し情報が欲しかったな」
探すのは全然良いんだが、とバージルは漏らす。
確かに、いくら何でも手掛かりが少なすぎる。
地図上の「この辺り」と、実際に歩いて行くのとでは、肉体的・精神的負担が桁違いだ。
それに、考えたくないが、両親に伝えた場所と、実際にキャンプしたであろう場所が異なる場合もある。
西に行くつもりだったが、気が変わって北に変えた、とかで。そうなれば、お手上げだ。
「ですがこれが限界ですよ。後は、私たちの運次第でしょうかね」
「運、か……」
どうなんだろうな、と呟き、バージルはスープを飲み干す。
空になったコップを潰した時だ。レイズの身体がぶるりと震えた。
「~~~ッ!!」
「おいおい。ビビってんのか?」
本当に分かりやすく、かつ(言ってはアレだが)面白く震えたため、バージルは少し茶化してしまう。
しかし、レイズはガチだ。
「?お前、今の感じなかったのか?」
「何がだよ」
「はぁ?マジで言ってんのか?」
「レイズ?どうしたんです?」
「…………」
レイラまで。今、明らかに本能で分かる危険を感じ取ったと思ったのだが。
しかし、自分と彼らの『差』は何だ?嫌に乖離があるぞ。
「……さっき、明らかに『龍』を感じた……だろ?」
「!」
そこで、事の重大さを理解したレイラだったが、腑に落ちない顔なのは変わらない。
どうやら、本当に自分だけが感じた龍らしい。よりにもよって、龍力初心者の自分が。
「……おい。今も感じるのか?」
リゼルに睨まれ、レイズは別の意味で震える。
「ま、待てって……」
しかし、顔は待ってくれそうにない。彼は必至でその龍を探る。
「ピークは過ぎたけど、確かに感じる。お前は分からないのか?」
ナチュラル煽りになってしまったが、リゼルはレイズの声など前半しか聞いていない。
彼は自分の問いには答えず、別の指示を出した。
「こいつの感覚で探す。恐らく、その先にいる」
「道は先行するよ。感覚に注意してね」
「分かったって……」
何故か、方針が決まってしまった。拒否できない、絶対的な指示である。
というか、相手が龍なら、レイラやリゼルでも探れそうなものだが。疲れていて、龍を温存したいのか?
ともかく、出発だ。小さくはなったが、間違いない。感じるぞ。
「あっちだ。少し遠いかも」
「いや、平気だぜ。闇雲よりも、何倍も良い」
方向が確定したっぽい。距離はあるっぽいが、手探りで探すより、何倍もマシだ。
そうして、レイズの感覚頼りで進むべき道を決めたリゼルたち。
道っぽい道を選びつつ、ケースバイケースでショートカットを使うフォリア。
幾度となくそれを繰り返した後、彼女が足を止めた。
「ストップ。流石に皆感じるんじゃない?」
「!」
確かに、感じる。
微量だが、間違いなく龍力だ。レイズは、この微量な龍力を感じ取ったというのか。
あの距離から。
「静かにね……」
フォリアは人差し指を立て、口に当てる。
「あれ……見て」
その指を、ゆっくり前方へ向けた。その先には……
「あれは……」
「……すごい」
広大な湖が広がっていた。
こんな気温なのに水面は凍っておらず、澄んだ色をしている。
静かで、神秘的な雰囲気を感じさせた。
「こんな場所があったのか……」
レイズたちが湖に近づこうとすると、待って、とフォリアが止めた。
「そっちより奥……見て……」
湖から少し離れた奥を指さす。
「おい……」
「……マジか」
レイズたちは目を見張る。
そこには、中型のアイスウルフを撫でる、水色の髪をもつ女性が座っていた。
銀色の世界に、薄青髪の女性。そして、青色の魔物。
それは、とても神秘的な光景だった。
「…………」
レイラたちは呼吸を忘れ、その光景に見入るのだった。




