フォリアの好奇心
何が起こっているのか知りたい。純粋な気持ち。
それと、少しの好奇心。都会ではない場所に配属され、退屈していた部分もあるだろう。
魔物の凶暴化・群れから考えても、規模はデカい。当然、危険も伴う。しかし、フォリアは本気だ。
彼女にまっすぐ見つめられ、レイラとリゼルはお互いを見合わせる。
「…………」
レイラと視線を交えた後、考え込むリゼル。
いくら彼女が本気だったとしても、四聖龍は秘密事項。全てを教えるわけにもいかない。
パチパチ、と暖炉の薪が弾ける。全員の瞳に映る、踊る火炎。
緊張、不安、困惑など、様々な感情の顔も照らしている火炎。
その音だけが、周囲を支配していた。
支配されていた時間は、決して長くなかった。
しかし、誰も何も言わないこの空気感の中では、30秒が1分に、1分が数分へと、長い時間へと感じられた。が、その時間も終わる。リゼルが小さく、ため息をついたのだ。
「……分かった」
彼は、折れた。
しかし、全てを開示するつもりはない。
「だが、全ての情報は開示しない。当然、ここで得た情報も誰にも言うな。あのバカの件とは、レベルが違う」
ピク、とバージルは身を硬くする。
自分がどれだけ愚かなことをしたのか、後になって痛感していく。
静かに唇を噛んだのを、レイラだけは見ていた。当然、口を挟むようなマネはしない。
リゼルの言葉を聞き、フォリアは少し安堵した表情を見せる。
「……最大の譲歩って感じだね」
「そうだ。こちらの目的を話さない代わりに、自分の目で確認しろ。そして、察しろ。当然、それも心の中に留めてくれ。いや、留めろ」
今はオフだが、彼女は騎士団員。リゼルは命令形で言葉を並べた。
「了解。ついていけるなら、(今は)それでイイや」
とりあえず、フォリアが追い返される道は完全になくなった。
「……外してくれ。レイラもだ」
「分かりました」
「おう」
「…………」
レイラ、レイズ、バージルはそれぞれ立ち上がり、彼らから距離を取った。
暖炉から離れると寒いが、こればかりは仕方ない。
三人が離れたのを確認すると、リゼルは静かに話し始める。
ざっくりとだが、伝わる様に。
「…………」
レイラは暖炉から離れ、気分転換に外の様子を見ていると、通信珠が鳴った。
騎士団長が到着したようだ。
振り返り、リゼルを呼ぶ。
「あの……リゼル……」
言いにくそうなレイラの様子に、彼は立ち上がり、隣に立った。
「……なんだ」
「騎士団長が、到着したそうです。合流したいそうですが……」
「そうだな……だが、あいつに詳細は話せない……仕方ない。騎士団長クラスが出る事態だ、とだけ言うか」
何なら、騎士団長は遅れたまま来れなければ、フォリアの件に関しては都合が良かった。事が済んだため、返しました、とでも言えば良いのだから。
しかし、着いてしまったのであれば、仕方ない。それに、合流できないままでは、目的の一つである、レイズを見ることができない。
「……フォリア。聞け」
「なんだい?」
「もう少しすれば、騎士団長がここに来る」
「……団長が?」
フォリアは声を低くする。
「そうだ。それだけ状況は大きいということだけ伝えておく」
「そう……アリガト」
そう言い、フォリアは暖炉の炎に目を落とす。
彼女の瞳に炎が写り込む。
(騎士団長が……?)
やばい。口角が上がりっぱなしだ。
真剣な顔でいたいのに、ニヤニヤが止まらない。
先程聞いた何となくの概要の件も相まって、彼女の好奇心をくすぐり倒している。
(すっごい面白そうじゃん!?)
事態は大きく、団員が対処できるレベルではない。騎士団長が出てくるレベルの事案である。
平和な日常の方が、断然いい。が、フォリアは実際、凶暴化が起こるまで退屈していた。
「嬉しそうだな……?」
リゼルが離れたためか、バージルが小さめの声で話しかけてくる。
彼の顔は、どこか引いているように見えた。
当然か。こんな状況でニヤニヤが止まらないのだから。
彼女は両頬を押さえ、頬のニヤつきを直に感じた。確かに、これは緩み過ぎかも。
「不謹慎っぽいね。でも、凄く『イイ』よ……騎士団に入れは、面白いコトが経験できると思ったのに、訓練と勉強ばっかだしさ」
彼女は、騎士団の使命云々よりも、楽しさを求めて騎士団に入ったのだろうか。
面接担当者よ、なぜ通した……
というか、普段の騎士団を見ていても、楽しさがそこにあるとはバージル自身も思うことはなかったのだが。
「……実際は面白くないんだけどな」
四聖龍に何かが起こっている。
それは、裏で国を守っているシステムが崩れている可能性を示唆しているのだが、彼女は知る由もない。
「……かもね。でも、アタシはここに来て、ずっと暇だったんだから」
「……言うほど暇か?」
「うん。さっきの話だって、新人はそんなに前に出ないし、気づいたら終わってるし。訓練ばっかで、つまんない」
「そう……なのか……」
「そうだよ。訓練。座学。訓練。座学。まぁ、新人だからってのも分かるけどさ」
『あの日』以来、騎士団は人手不足だと聞いていたが、ここではそんなに影響がないいのだろうか。基地に閉じ込めて研修一色とは。
しかし、ただ単に人がいれば良いというわけではない。つまり、実力者の人手不足という意味だ。
彼女はまだ教育期間。面白いかは別として、現場仕事はもう少し後になるだろう。
「騎士団長が着いたようです」
「やっとか!」
レイラの声に、四人は玄関まで移動する。フォリアも慌ててそれに続く。
(驚いた。罠がけっこうあったはずなのに……)
到着するまで、罠にかかったことを知らせる仕掛けが発動しなかった。
対魔物用で雑なものだが、それなりな数だ。初見で全て対応したとは。
通信珠で罠の存在は知らされていたと思うが、数や位置までは伝えきれていないはず。
さすが、団長、と感心していると、程なくして山小屋の扉が空いた。
その瞬間、一気に冷気が入り込む。
「ふぅ~やっぱりこっちは寒いな!」
「団長!」
「……遅いぞ」
レイラ、リゼルはどこか嬉しそうだ。
「すまない。事務処理が手間取ってな……っと……君は」
騎士団長は、すぐにフォリアを見つける。
「フォリアです。団長」
「あぁ。聞いてるよ。命の恩人だとか。騎士団長クラッツだ。よろしく頼む」
「よろしくお願いいたします」
フォリアは頭を下げた。身体が勝手にそう動いてしまった。
一国の王であるレイラは、すぐに慣れたのに。
騎士団長とは、いつもの感じで離せそうにない。年が離れているし、当然かもしれないが。
「ありがとう。例を言おう」
「……とんでもございません」
「引き続き、同行してもらって構わない。ただ、情報は開示できないがね」
「了解です。それでも構いません」
「うん。助かるよ。よし、状況を確認しよう」
フォリアに笑顔で頷き、クラッツは四人に向き直る。
「はい!」
クラッツが来たことで、レイラは緊張が解けたのだろう。
どこかリラックスした印象を受けた。
「早速ですまないが、君は席を外してくれ」
「……承知しました」
形上、フォリアを外してのミーティングとなる。
(これが譲歩だもんね。分かってるよ)
踵を返すタイミングで、レイラ、バージルと目が合う。
本人も納得の上のはずだが、チクリと心に痛みを感じるレイラ。
分かりやすく気にしている彼女の顔。フォリアは少しだけ笑い、彼女に言葉を残す。
「……罠を解除してきます」
「……お願いします」
「気にしないで。アタシは納得してるから」
そう囁き、出て行くフォリア。
こんなにも尽くしてくれる彼女に申し訳なさも感じつつ、団長と状況を整理するのだった。




