―風が止まるとき―
レイラの目からは、滝のように涙が流れている。
仲間が見守る中、彼女はバージルに回復術をかけている。
「血が……止まりません……」
しかし、傷が深すぎるせいで、傷が塞がらない。
傷の端では、組織の回復が見られている。しかし、特に酷い中央部は変化がない。損傷が大きすぎるためだ。
「くそ……バージル……」
レイズは拳を強く、本当に強く握りしめる。
バージルは目を閉じたまま、浅い呼吸を繰り返している。
顔色は悪く、痛みで辛そうだ。
「…………」
レイズの脳裏に、バージルとの出会い・思い出がフラッシュバックする。
彼がいなければ、自分は龍力を扱えていなかっただろう。
彼がいなければ、今も自分の龍力に怯えながら、村で肩身の狭い思いをしているだろう。
彼がいなければ……レイラは、助からなかった。
「ち……」
リゼルは舌を打ち、顔を背ける。
回復術を扱えない自分は、一秒一秒弱っていく仲間を眺めていることしかできない。
「バー……ジル……」
マリナは、弱々しく彼の名を言うことしかできない。
その時、レイズが閃いたように叫んだ。
「レイラ!『あの時』の回復術だよ!!」
「!」
レイラは涙まみれの顔を上げる。
『あの時』と言うのは、四聖龍を窮地から救い、自らの父までも救った、究極の回復術だ。実際の術をみたわけではないが、話には聞いている。
あれなら、バージルは治せるはずだ。
「それは「ダメだ」
リゼルは首を横に振る。
「リゼル!?何でだよ!?」
「……その術は反動が大きすぎる。レイラが無事では済まない」
「何でだよ!?『たかが』回復術だろ!?」
レイズにしてみれば、バージルを救いたい一心。
だが、リゼルはその言葉が気に食わなかった。
「たかが……だと?」
リゼルはレイズの胸倉を掴む。
「その回復術はあいつの命を燃やす!!それでも『たかが』と言えるか!?」
「え……!?」
「そう、なの……?」
二人に見られ、レイラは小さく頷く。
「なん……で……いや……つか」
「黙ってたの……?」
「心配……かけたくありませんでした……」
小さく舌を打ち、リゼルはレイズから手を離す。
「…………」
「レイラ……リゼル……すまねぇ……つい……」
「いいんです……私も、知らなければ……同じことを口にしたと思います……」
力なくバージルを見下ろすレイラ。
『たかが』という言葉を選んだかどうかは分からないが、少しでも場を落ち着かせたい一心で、『同じことを口にした』という表現をした。
「リゼルは……知ってたみたいだな……」
「四聖龍が。な……詳しくは聞けなかったが」
「そう、か……」
多分、あの術の詳細は当事者だけで処理したのだろう。
レイズ自身も、詳しくは聞いていない。癒しの光を山に下で見ただけだ。その時から今まで、超絶最強な回復術を、レイラが極限状態で扱えたと思っていた。
でも、違っていた。ノーリスクどころか、ハイリスクだった。
「……回復術を連続で掛けます。間隔が短くなれば、変化が起きるかも……」
「あ、あぁ……」
そう言って彼女が再度手をかざした瞬間、突然手首を掴まれた。
掴んだ手の主は、バージルだ。
「!!」
「バー……!」
元気になったのか、と一瞬喜んだ仲間達だったが、それは本当に一瞬だった。
バージルは相変わらず血まみれで、意識がないように見える。しかし、レイラの手首を掴んだまま、動かない。
ただ、掴まれているレイラにのみ、分かる。
手か微かに震え、自分から逸らそうとしている。
これは、『行け』と言っている。
「……!」
レイラは口を押さえ、震えながら俯く。
「申し訳……ありません……!!」
「レイ……ラ……」
「くそ……バージル……」
レイラの謝罪。それの意味は、馬鹿でも分かる。
バージルは、助からない。
「…………」
リゼルはバージルのそばでしゃがみ込む。
「……この混乱の中、よく戦ってくれた。本当に、感謝する」
「リゼル……」
悔しさ溢れるリゼルの顔。あんな顔、今まで見たことがない。
彼は数秒目を閉じると、背を向け、進み始める。
(何がレイラの盾だ……僕は、口だけか?)
リゼルの中では、レイラが最優先事項だ。
しかし、あの時、自分は動けなかった。
爆発的龍力と、風の加速。
それが出来るのは、出来たのは、バージル一人だった。
「ありがとな。でも、いつか……また……」
自分たちに止まっている暇はない。
レイズは慌てて礼を言い、数秒目を閉じる。
(……サヨナラは言わねぇぞ)
目を開けると、レイラとマリナも目を閉じ、別れを告げているところだった。
「……先に行くぜ」
「「…………」」
邪魔をしないよう、小声で告げる。二人とも、軽く頷いた。
数分後。彼女たちも立ち上がる。
歩みは、止めない。
レイズたちがその場を離れた、十数秒後。
「…………」
ズタボロの少年の口角が、少しだけ上がった。
そして……
場所が変わり、浮遊島の端。
金髪ツインテールの中二病風な少女が、ふいに立ち止まる。
「風が……止まった……?」
浮遊島の風は、強なり弱なり絶えず吹いている。
が、彼女は別の風を感じ取っている(と言っている)。
「どうして……?こんなの、初めて……」
その彼女が、感じ取った風の静止。
これが意味するのは、彼女にすら分からない。