水の龍力者
間一髪。レイズたちの目の前を、大量の水が流れていく。
洪水でも起こったのか!?と錯覚するレベルの大量の水。
その水は、魔物の群れを飲み込み、街道の脇に向かっていった。
残されたのは、レイズたちだけ。アイスウルフの身体も、水に呑まれた様子。
ポカンとしているレイズ。
「これは……」
彼以外の三名は、とある属性の龍だということを瞬時に理解していた。
「水龍……」
文字通り、水を操る龍『水龍』の力だ。
今の術は、かなり規模が大きい。
騎士団メイン部隊にいれば珍しくはないが、それでも注視すべき力量だ。
ただ、殺傷能力を高めた竜力構築をしている訳ではなさそうだ。
地面が雪で滑りやすかったこともあり、水の流れと雪で追い払ったように感じる。
攻撃力に振ったというより、攻撃範囲に注力したイメージ。
水が去り、戦場は静かになった。遠くでは、相変わらず群れが進行しているが、こちらに興味を示していない。
あれだけ音を立てたし、力を放った。それでもこちらに見向きもしないのだから、もっと優先順位が高いものがあるのか、関わらない方が得策だと判断したのか……
とにかく、レイズたちの警戒先は、その龍力者へと変わる。
「助かった……のか?」
「でも、誰が……?」
「注意しろ。敵の可能性もある」
リゼルは周囲を警戒する。レイラも龍力を落とさず、構えも解かない。
殺気も敵意も感じないが、龍力者自体は近くにいるはず。気配絶ちに長けている龍力者の可能性もあるのだ。安心はできない。
リゼルもレイラも警戒しているし、レイズもバージルも周囲を確認していた。
龍力レベルも落とさず、いつでも動けるように。が、その必要はなかった。
「命の恩人にそれはないんじゃない?」
「!」
積もった雪の影から、女の声。
その声の主は、リゼルたちの前に姿を現した。
バージルは、その女性を知っている。
「ッ!!」
彼の目が、倍くらいに大きくなった。
「フォリア……!?」
「へへ、来ちゃった」
彼女は、またウインクした。
閉じた瞳から星が飛び出しそうな、素晴らしい表情だ。
「来ちゃった」じゃねぇ~~!!と頭を抱えるバージル。
「ん゛~~~~~!!」
唇を締めた、超えにならない声が漏れる。
終わった。間違いなく、終わった。
「どちら様……ですか……?」
バージル以外は、彼女とは初対面だ。
助けてもらったとはいえ、油断できない。
「アタシはフォリア。こいつの同期だよ」
フォリアと名乗る女性は、そう言いながらバージルを親指で示す。
歳は、二十歳くらいだろうか。背が高く、スタイルが良い。
銀色の髪は肩くらいで揃えられている。
「同期ってことは……団員か?」
「そうだね」
となるとは、レイズの同期でもある。
ただ、初対面故にそんな親近感は全く湧かないが。
「あれ……?」
レイズの隣で一人嘆いていたバージルだが、ふと、フォリアの服装が気になった。
基地であったときは、騎士団の服だったはず。今は、防寒着に身を包んでいる。騎士団の支給品ではなく、私物のように思える。
そして、下に騎士団の服を着ている感じでもない。
「フォリア……さん、助けていただき、本当にありがとうございました」
「おや?おやおやおや?アナタは確か……」
「面白いものを見つけた」という顔のフォリア。
彼女に概要は漏らしてしまったが、レイラのことは伝えていない。
バージルは「しまった」と思い、リゼルを見る。
彼は剣こそ片づけていたが、警戒したままのようだ。
「で、その同期がなぜここにいる?」
フォリアを遮り、リゼルが質問する。
「あー、イケメン君。アナタも見たことがあるわ」
「何?」
バージルVSリゼル。
彼女は、あの戦いを見ても怖気づかなかった唯一の合格者だ。
とおうか、『イケメン君』は否定しろよ。
「……言ったろ。同期って。あの戦いを見てたんだ」
「そう言う事か……」
自分は彼女に会ったことはないはずだ。だが、今の説明で納得がいった。
しかし、聞きたいのはそれではない。
「だから、その同期がなぜここにいるか聞いているんだ」
「キミたちの後をつけてきました!」
なぜか敬礼しながら、フォリアは笑顔で言う。
バージルの同期ということは、騎士団の一人。
そして、つけてきた、ということは、フリーズルートに配属されたのだろう。
だが、知りたい答えはそれではない。
リゼルは若干の苛立ちを覚えながらも、さらに問う。
「だから、どうやって「バージルに聞きました!」
「…………」
元気もよく、満点の笑顔。
しかし、名を出された男は口から魂が抜けかけている。
(あ、終わった。)
と、バージルは手を合わせた。
空気を読んで核心は隠してくれるかと思っていたが、無駄だったようだ。
リゼルは、自分を軽蔑するような目でこちらを見ている。
「……目立つなと言ったはずだ。『外す』ぞ」
「本当に申し訳ございません。本当に気を付けます」
バージルは速攻で土下座した。
人生初の土下座が、このような形で訪れようとは。
彼の立場が悪くなったのは、一目で分かった。
彼女は、フォローになっているか分からないフォローを何とか捻り出す。
「いや、詳しいことは聞いてないよ?ただ、様子から見て『面白そう』だったから、『個人的に』ついてきただけ!もちろん、騎士団の皆には言ってないし!」
「…………」
額を地面に付けたまま、バージル思った。
(そこまで気を遣えるなら……ここでも気を遣ってくれ……!!)
と。
「……それに、キミたちを見つけた時点で、話を聞いてなくてもついてきたよ」
視察はアナタ(リゼル)だったしね。と、トーンを落としてフォリアは言う。
いたずら好きそうな眼は変わらないが、どこか重みを感じる。
「……どっちにしても、か」
リゼルは舌を打つ。そして、ため息も。
レイラは隠せたが、フォリアは自分を知っていた。そんな自分が堂々と基地内をウロウロしているとなれば、彼女の興味も湧くというもの。
情報を漏らしたバージルは重罪だ。が、彼女の好奇心・行動力にかかれば、この馬鹿が漏らさなくとも、同じだったのかもしれない。
「結果論だけど、助かったんだ。悪くないでしょ?」
「……『個人的』についてこい」
「イエス!まかせなっ!」
最終的に、リゼルは折れた。
ここで彼女を追い返しても、大人しく帰るとは思えない。
離れた場所から、探偵のように付いてくるだろう。
なら、近くで力を貸してくれた方がまだ良い。
『個人的』に動いていると言う彼女の言葉を信用し、同行してもらう。
リゼルの刺すような視線を感じながら、バージルは赤くなった額を上げるのだった。




