―見なくていい―
「さっきの人……見なくてよかったのか?」
新たな休憩地で、レイズは口を開く。
さっきの人とは、ミーネを守った人物のことだ。聞けば、試験にも来ていたとか。
戦いの真っ最中で、状態を確認できなかった。そして、戦っている間にかなり場所を変えてしまったせいで、安置してよかったのか確認できていない。
「……いいのよ。彼女の意思よ。それに、見ても……」
「そう、か……」
語尾が消えるミーネ。
それは、彼女の状態の悪さを意味している。
レイラの回復術すら拒否し、抵抗もした人物だ。『構うな』ということだろう。
(あの傷……血の量も……)
しかし、今頃……
ミーネ、レイラ、マリナの三人は視線を落とす。
自分たちがしっかりしていれば、失われなくて済んだ命だった。
試験で敗北したイルザーラが来たことは褒められたことではない。そのための試験だったのだ。しかし、彼女が来なければ、ミーネは今ここにはいない。
「……悪い。思い出しちまったよな」
「……いいの。忘れちゃダメな事だから」
「そう……ね。落とした人間に救われるなんて……情けない」
マリナは頭を抱える。
試合に敗北し、試験に不合格がついたイルザーラ。騎士団として「戦力にならない」と判断されてしまった彼女に、仲間が命を救われたし、「勝ったクセにその程度か」と発破をかけられた。
「……忘れてはいけないことです。が、切り替えましょう。私たちには、やるべきことがあるのですから」
「えぇ。そうね」
「……そうね。切り替えなきゃ」
血だらけ傷だらけのイルザーラの姿を心の底に刻みつつ、前を向く彼女たち。
イルザーラの犠牲はあったものの、老龍山でも戦えることが証明でき、自信につながったレイズたち。
立ち止まることなく、彼らは進む。
棘が幾度となく破壊され、倒れている場が荒れた場所。
先ほどまでマリナたちが戦っていた場所。
そこから少し離れた棘の陰に、彼女は眠っている。
意思を尊重され、一人残されたイルザーラ。
安らかな顔で、小さく息を立てている。
血塗れで眠る彼女に、一つの影が近づいてくる。
「…………」
その影は近くで止まり、イルザーラを観察している。
「血だらけ……傷も深い……なのに……」
声の主は驚きを隠せない様子だ。
「……風の流れは止まってない。あなたは、まだ死なないみたいね」