―臆すな―
「あんなのを相手に……?」
喉が震え、ミーネはうまく声が出ない。
こんなにも壮絶な戦いは初めてだ。
強大な力のぶつかり合いは何度も経験しているが、所詮は人間ベースのものだ。龍力者同士の戦いとはまた別物の迫力があった。
「ッ……無理よ……!?」
彼女は自分を抱くようにして座り込む。
「ミーネ……」
今もゴリラーマンは勝利の雄叫びを上げている。
しかし、それはすぐに途絶える。
「おい!あれ!」
「!」
一瞬空が暗くなったかと思った次の瞬間、巨大な爪がゴリラーマンを踏んだ。
頑丈な地面に亀裂が入り、砂煙を巻き上げる。
「オォォォォオオオオッ!!」
ゴリラーマンも頑丈だ。
巨大な爪の主を押し返そうとする。
(あれは……鷹……?デカい……)
巨大な鷹。
聖域で見た怪鳥とは別の種類だ。膨れ上がった筋肉が離れていても分かる。マッスルホーク(本当はドラホーク)と呼ぶか。
急降下した速度に加え、膨れ上がった筋肉と、巨大な爪。
相当な攻撃力になったはずだが、ゴリラーマンは耐えた。
ただ、蓄積されたダメージのせいか、パワーは落ちているように見える。
(振り払えない……!爪が食い込んでいく!!)
マリナは目を細め、マッスルホークの攻撃を見定める。
ゴリラーマンの筋肉を裂き、しっかりと掴んでいる。
乱暴に振り払おうと藻掻いているが、無駄だ。飛行能力をもっており、自在に動けてしまう上に、マッスルホークはダメージを負っていない。
それなら、とゴリラーマンはマッスルホークを地面に叩きつけようとするが、力負けだ。
振り上げた拳が下がらない。
それのせいで重心がずれ、バランスが悪くなる。
それを見て、レイラは無意識に呟いた。
「くる……!」
攻撃手段が尽きたと判断したのか、マッスルホークは力強く羽ばたいた。
突風とともに、ゴリラーマンの身体が浮く。
連れ去る気か。ゴリラーマンはさらに暴れるが、落ちた体力ではフルパワーのマッスルホークを崩すことはできない。
(……!!)
ゴリラーマンはそのままマッスルホークに連れ去られてしまった。
「…………」
先ほどまでの戦闘が嘘のように、周囲は静まり返る。
焼けるような殺気は相変わらずだが、目視できる範囲に魔物はいない。
「冗談、でしょ……?」
マリナは引きつった笑顔を浮かべる。
ギラス高原の魔物とは段違いにレベルが上がっている。
一応こちらにはドラゴン・ソウルがあるとはいえ、彼らに通用するのだろうか。
全力を出したとしても、ゴリラーマンやマッスルホークなどの剛腕の犠牲者になりそうな未来しか見えない。
「…………」
リゼルは口を結んだ。
恐怖は伝染する。
ショックだったのは、マリナだけではない。ミーネは震えて動かないし、レイズやバージルも言葉を失っている。
レイラも顔色が悪い。殺気のせいなのか、戦いを見て怖気づいてしまったのか。
何にせよ、このままでは進めない。
四聖龍はこんな中進行しているのか。
「…………」
前向きな立ち止まりは歓迎だが、この立ち止まりは前向きではない。
心が、精神がすり減っていくだけだ。
仲間たちにかけるいい言葉はないのか。
リゼルは拳で額を叩く。しかし、出てくるのは尻をしばいて無理矢理進ませるような言葉ばかりだ。
そんな中、レイラは口を開いた。
「すごい……戦いでした……あれが……生存競争……なのですね……」
「はぁ?……呑気な……」
バージルは呆れる。あの戦いをそう見ることができない。
自分たちは、あのクラスの魔物と戦うことになるのだ。
「勝てる未来が見えねぇよ。俺は」
「え……?」
「え?って……見ただろ?」
「ですが、私たちは『彼ら』と戦いに来たわけではありませんよ?」
「!」
そうだ。
老龍山は、自分たちにとって通過点でしかない。
「でも、ここを通る以上、戦いは避けらんないわよ?」
「……まぁ、それはそうですが」
レイラは困ったような、何か言いたいような変な笑顔を浮かべる。
「大丈夫ですよ。私たちなら」
「!」
レイラの剣が光る。
リゼルは眩しそうに目を細め、口を開く。
「レイラ。お前……」
「戦いは凄まじく、最高峰のザ・野生!!って感じでしたが、私たちには仲間が、パートナーがいます」
剣はゆっくりと輝きを落ち着かせていく。
「龍力を上げてないのに、パートナーを近くに感じるんです。そして、『戦える』って言ってくれてる気がして……」
「レイラ……」
レイラ以外には分からなかった感覚だ。
しかし、彼女の落ち着いた話し方と穏やかな表情(顔色は優れないが)はその言葉の信憑性を高まらせた。
そして、彼女の背後に立っている、いつものリゼルのクールな笑み。
「……あぁ。分かったよ」
はやり、この二人の存在は大きい。
レイズたちは、二人を信じて立ち上がる。