―他人の目(2)―
昔から、他人の目が異常に気になった。
他人の感情や表情から受け取れる感情。特に負の感情に敏感だった。
それは、自分の地位が関係していたように思う。
国王の娘。次期王。
その地位に相応しくなるよう、小さい頃から丁寧な言葉遣いを叩きこまれたし、ドラゴン・ソウルも教え込まれた。剣術も必死に覚えたし、机上の知識も頭に叩き込んだ。
小さい頃の遊びたい時間。思春期の多感な時期。青春と言われる今。それらを全て犠牲にした。
反抗せずに大人しく従ったのは、『周囲の人間に認められるため』である。
彼女にとって、それがある種の精神安定剤だった。
生まれながらにして人生が約束されている。
余程のことがなければ、順風満帆な人生が待っている。
――努力もしていないクセに。
(『そう』言われるのが、思われるのが嫌でした。本当に……だから、必死に『努力』しました)
剣を振りすぎてマメが潰れても、剣を振った。
天気のいい日、城下町で遊ぶ子供たちを羨みながらも、室内で必死にペンを走らせ、知識を叩き込んだ。
知識と身体がうまくリンクせず、実力が停滞していると子供ながらに思ったときは、睡眠時間を削ってコッソリ訓練した。練習時間を雑に増やしても、効果がないと知ったのは最近だ。
思い返せば、騎士団に入ったのも、『努力』していることを周囲に分かってもらいたかっただけなのかもしれない。
本当は、公園に行って遊びたかったし、訓練なんかサボって何も考えず昼寝に明け暮れたりしたかった。
けど、これは周囲に認められるため、必要なことなのだ。
そう信じ、続けて来れた。
騎士団への同行が許された矢先、一人の少年と出会うレイラ。
初めて近くに見る、年の近い子供。性別こそ違えど、彼女にとってそれはどうでもいいことだった。
「友達ができるかも!?」と最速で考えた彼女は、一緒に来ることを誘った。
その少年が行く当ても帰る場所もないのは偶然だった。
騎士団は首を横に振ったが、レイラはごねにごねた。
人生で最も粘った事柄だと思う。
レイラの要求が通り、リゼル少年との生活が始まる。
レイラは愚直に努力する性格だが、リゼルは器用にそつなくこなす。
それは剣も、ドラゴン・ソウルも、勉学面でも同じだった。
いつしか彼も自分と同じ騎士団員となり、隊も同じとなった。
まさか、その彼が今もこうして最高難易度の任務に同行しているとは思わなかったが。
(リゼル……)
そんな彼と一緒だったから、『あの日』以降の騎士団の旅も乗り越えることができたのだと思う。
自分は周囲の目を過剰に気にするが、彼は気にしていない様子だった。
そのバランスも良かったのかもしれない。
周囲の負の感情の暴力に潰れそうになった時、彼は片時も離れず、力強い言葉をくれた。
面倒くさい女だと思う。地位的なこともあり、当然騎士団からは大事にされる。しかし、それは表面上だ。
敏感な彼女はすぐに分かってしまう。
しかし、彼は違った。立場とか、そういうのを超えて、自分にぶつかってくれた。
それは、子供の時の恩だと言う人間もいる。もちろん、それが要因の一つとしてあるかも知れないとは重々承知だ。だが、騎士団員のそれとは違う『本気』をリゼルには感じた。
だから、自分はリゼルを信用する。
「大切な人の目だけだ。それだけ気にすれば良い」
彼の言うその言葉を胸に、今も足を進める。
「…………」
だから、分かる。
皆、リゼルも辛そうだ。だから、顔を上げる。口角を上げる。
笑えなくとも、口角が上がれば明るい表情になる。
――口角を落としてはダメ。ミリ単位で落とさないで。リゼルは、きっと気づいてしまう。
彼は自分のことをよく見ている。
仲間も彼ほどではなくとも、自分を、自分たちを見ている。
――私が、私たちが拭い去って見せる。皆の、不安を!!
彼女は変わらず、足を進める。
痺れる肌と潰れそうな身体を引きずりながら。