―圧―
レイズたちは、全身で『それ』を味わった。
『空気が変わる』
幾度となく味わったはずの、この変化。
龍界、聖域、ギラス高原など、レイズたちは壮大な旅路で『それ』を経験している。
ただ、経験したからと言って、慣れるモノではなかった。
その度に身体は緊張するし、嫌な汗をかく。
「く……!!」
声にならない声が漏れるレイズ。
老龍山も例によって、空気が変わった。
エリア特有の空気感なのだろうか。
高原と山。
どちらも自然だが、老龍山の大元はドラゴンの亡骸だ。
その影響なのか、はたまた浮遊島の影響なのか、空気がどんよりとしている。そして、明らかな『圧』を感じるようになった。
「ッ……!」
恐怖や絶望ほど重たくないが、生体が直感している。
この環境に加え、何かの圧を。
(さむ……!)
レイズはぶるりと身を震わせる。
寒気が走り、体温が下がる。全身に鳥肌が走った。
「おい、気をつけろ」
彼の背中をバージルが叩く。
「気を強く持て。龍力に頼るか?」
「いや……どうすっかな……」
バージルは強気に言うが、表情は緊張している。
この変化を感じているのは、自分だけではなかった。
リゼルやレイラ、マリナとミーネも感じている。皆表情が険しくなり、敵が目の前にいるわけでもないのに身構えている。
ただ、このエリアの『圧』は、龍界や聖域に比べると、規模間や絶望感的には全然大したことはない。
問題なのは、人間界でこの『圧』を感じることだ。この近くには、ドラゴンも『神』もいない。したがって、魔物や環境だけでこのプレッシャーを放っているのだ。
肌が焼けるような殺気に、このプレッシャー。人間界であるが、この区域は人類には早すぎる。
しかし、敵である彼らは、その中でそれなりに時間を過ごしている。
つまり、敵はこの空気に慣れている。その上で、あの強力な龍力を操ってくるだろう。
(『あいつら』は平気ってことかよ……!)
今もこの場に留まるということは、そう考えるのが自然だ。
一歩も進んでいないのに、この疲労感。
レイズたちは、足が動かなくなる。
「この……!!」
足の震えが止まらない。
龍力に頼るか?否、これは、生身で乗り越える必要がある試練だ。
ここは、人間界。
強力な魔物や過酷な環境、浮遊島など非日常の中にいるが、間違いなくここは自分たちの世界だ。
「……先に行く」
ふぅ、と息をつき、リゼルが一歩足を進める。
「!」
一歩。
ただの、一歩。
それなのに、彼がずっと遠くに感じる。
「……レイラ」
「!……えぇ……!」
名を呼ばれ、彼女は一瞬目を見開くが、すぐに冷静さを取り戻す。
ドン、と胸を拳で叩き、ゆっくりと足を出す。
「……負けてらんねぇな」
バージルは手汗をマントで拭き、頬を叩く。
「おい、お前ら。行くぜ」
「!」
「うん!」
「分かったわ」
圧にビビり、一歩を踏み出せない仲間の背中を半ば無理矢理押すバージル。
「いくぜ……さん……にぃ……いち!」
そうだ。
超えなきゃならない。
リゼルも、レイラも超えた。
プレッシャーに、打ち勝て。
「せーのっ!!」
相棒に、ドラゴン・ソウルに頼らなくても、自分たちは、超えていける。
それを自分で証明しろ。
四人は、同時に老龍山の一歩目を踏みしめた。