―独り言と独り言―
「シャレムさん、山頂には何があるんですか?」
シャレムは明らかに『上』から来ていた。
つまり、彼女は上で何かしていたに違いない。レイラは恐る恐る聞いてみた。
「……ここから先は、言えないわね。あなたのお願いでも、よ」
「?」
レイラは不思議そうな顔で見つめてくる。そのブルーの目に一点の曇りはない。
自分が何を言われているのか本当に理解していない。
シャレムの言う「あなたのお願いでも」の部分だ。なぜ自分を特別扱いするような言い回しをするのか、心当たりがなさそうな顔ですらある。
レイラのその自分を特別視しない身の振り方には慣れたものだ。
それに、いつの間にか、シャレムはその純粋な態度や彼女の瞳に弱くなっていた。
(……長く芸能に居すぎたせいだわ)
シャレムは静かに頭を抱え、ため息をつく。
芸能界は輝かしい世界だが、良くも悪くもその立場を利用する人間が現れるし、その下心にが敏感だ。
そのせいもあってか、彼女はわざと壁を作るような接し方をすることもある。
だが、レイラたちにはそれは通用しない。そもそも、レイラたちに下心などないのだから。
「はぁ……ったく……」
「シャレムさん……?」
「いい?これは『独り言』よ」
あえてレイラから視線を外し、シャレムは空を仰ぐ。
「……古びた城……その中に祭壇……しっかり管理しないと」
(これは独り言、これは独り言、これは独り言……)
返事をせずに人の話を聞くなど、レイラにはできない。
必死に口を押え、頷いたりしないよう、首も肩で支える。
「四聖龍になった日から、あたしはそこの管理を任されているのよね。危険な場所だし。と言っても、たまに来て以上がないか見る程度だけど。ここ自体、人来ないし、ね」
「…………」
「ま、元人気モデルのあたしが特訓するには打って付けって訳」
サラッと『元』と付けるシャレム。
彼女は四聖龍の役目に注力する際、引退宣言をしている。その点で言えば、アリシアもそうだ。
彼女たちは本業を捨てて、傷だらけになりながら国のために戦ってくれている。
「一度山頂を見ておこうかな……」
チラチラと彼女の顔色を伺いながら、レイラは呟く。
「あぁ~そういえば、あたしがいないうちに誰か侵入した形跡があったわね~でも、残念ね~今はあたしがいるから、黙って見過ごすわけにはいかないわね~危険な場所なのは変わらないわけだし」
「…………」
シャレムに会え、リゼルの呪いが解除された。その点は良かった。
だが、山頂にあるとされる古びた城や祭壇に行くには、管理人であり四聖龍であるシャレムを倒さなければならないのか。
「……あいつら、なに固まって喋ってるんだ……?」
レイズが二人の異様な空気に気付く。
二人が無表情で真正面を向いたまま口を動かしている。お互いが必死になって互いを見ないようにしているようにも見える。ただ、ここからでは何を喋っているのかは聞き取れない。
事情を知らない人間からすれば、かなり不気味な光景である。
「…………」
レイラの異常な行動に、リゼルは目を細める。
だが、あの空間に行くことはできない。それは、レイラの邪魔をするのとになる。
その間も二人の『独り言』は続いていた。
「……城の前に空間があったわね。しばらくはそこにいようかしらね~。んで、下山しましょうか……」
(正面……でも、城の構造が分からないと……)
「あぁ、そう言えば、裏口のカギが壊れてるのよね。いい加減直さないと……」
(!裏口!シャレムさんは正面にいる……回るのはキツそうですが……)
仲間たちに相談は必要だが、山頂の城に行きたいなら、正面を避けて裏に周り、壊れているドアから入れば良い。
レイラは一度だけ咳ばらいをし、こうつぶやく。
「乗り掛かった舟、ですね」