―他属性の呪い―
山頂から現れた人物は、四聖龍が一人、シャレムだった。
普段の服装とは違い、修行僧のような格好だ。剣の振りに影響するためか、袖は、落としているが。
フランバーレの戦闘服に似ている部分もある。
これが、彼女の特訓の衣装と言うわけだ。
「……嫌な姿を見られたわね」
「いえ……」
初登場時のファッション誌に載っていそうな黒服でもなく、騎士団のように機能性デザイン性優れた服でもない、特訓するためだけの服。髪も手入れが追い付いていないのか、痛んでいる部分も見える。
シャレムもそれだけ本気の特訓をしていたのだろう。
ギャップに戸惑う部分はあったが、それでも彼女に会えて、嬉しい。本人は、人前に出れる状態ではないと嫌がったが。
「で、あんたたちは何でこんな場所に?それも、裏から」
広場に座り、一人一人を見回すシャレム。
当然の疑問だ。
「えっと……気分転換?に……それに、ここならシャレムさんたちに会えるかも……なんて」
言い出しっぺのマリナが責任をもって彼女に話す。ミーネもしきりに頷いて見せる。
「なるほど、ね……」
「はい」
「それにしたって、気分転換で来る場所じゃないわよ。あたしたちがいるかもって……そりゃ、いたけど……」
もっとパーッと遊べばいいのに、とシャレムは笑う。
その笑みを見て、レイラはなぜか安心する。
「そんな気分にもなれなくて……」
「なぁ、レイラ。シャレムさん、あのこと知らないはずだ」
四聖龍たちは、試験のことを知らないはず。
レイズたちがここまで思い詰めているのは、その一件が大きい。そして、リゼルのことも。
「あのこと……?」
「シャレムさん。あの後、私たちは……」
レイラは話した。
『あの島』に興味をもっている、無所属の強い龍力者を引き入れるため、騎士団はある試験を行ったこと。
結果から言えば、新戦力となる龍力者はゼロ。それだけでなく、敵の侵入を許してしまい、挑戦者や団員に怪我を負わせてしまったこと。
その敵がかなり強く、自分たちもギリギリ勝てたこと。
敵をほぼノーフィルターで通してしまったことで、リゼルが怒り狂い、騎士団と大きな溝ができてしまったこと。
そして、そのリゼルは、今抜け殻のようになっていること。山頂途中で引き返そうと考えたが、数少ない彼の意思でここまでやってきたこと。
「……ごめんなさいね。そんなことになってたなんて」
「いえ、シャレムさんが謝ることでは……」
「『四聖龍』を背負っているあたしたちがもっとしっかりしてれば、そうならなかった」
「それを言うなら、騎士団も……」
「新戦力は何人いても無駄にはならないわ。それに、その試験をしたことで救われた命もあるでしょ?」
「それは……可能性の話ですが……」
結果はどうあれ、試験を行ったことで、島へ渡ることを諦めた人間は多いだろう。
島に渡るタイミングをずらしただけで、まだ行きたい意思がありそうな感じではあったが。
「試験を受けた人間は島で死ぬことがなくなった。それは事実よ。少しでもプラスに考えないとね」
足を組み、フフ、と笑うシャレム。
「で、リゼルの件だけど」
仲間が座っている間も、立ったまま斜め下を向いているリゼル。
先ほどまでは山頂を向いていたのだが、今は興味が失せたのか、上を見向きもしない。
「……呪い、ね」
「!」
「呪い……?」
ざわつき、仲間を見比べるレイズたち。
「クオルは地龍だったぞ?」
「あぁ。それに、そんなスキは……」
そこでバージルは思い出す。リゼルと戦っていた時、クオルはなにか喋っていた。
「自分の属性しか使えない龍力者は多いけど、『他属性』を扱う龍力者がいることは事実よ。そのクオル?ってコが闇の力を使えても不思議はないわ」
「シェキナーも……闇の『毒』を使ってた……」
「……自分の不得意な力を理解、構築するのよ。相当苦労したでしょうね……」
ミーネは胸の前で拳を作る。
実際、彼女の憎悪は凄まじかった。ミーネが今まで積み上げてきたもの。それが少しでも欠けていれば、負けていた可能性が高い。
「でも、その様子を見る限り、解除は簡単よ。重たい呪いを習得する力も技量も時間もなかった感じかしら」
「!」
「彼の弱みからくる遅効性の呪い……戦いの後も苦しめようって算段かしら」
よっ、とシャレムは立ち上がり、リゼルの前に立つ。
「安心なさい。今、治すわ」
彼の顔の前に手をかざし、龍力を高める。
力強い光が彼女とリゼルを包む。
「多分、治せる人間を感じていたのよ。期待に応えないと、ね」
「……!」
光が治まり、リゼルがふらつく。
シャレムはそれを支え、倒れないようにする。
「リゼ…!!」
「ッ……!!」
リゼルは小さくうめき声を上げる。その後、ゆっくりと目が開く。
表情から空虚さが抜ける。
「僕……は……?」
「もど……った?」
「おまえたち……と……四聖龍……」
「シャ・レ・ム・さ・ん・よ」
「あぁ……シャレム……」
やり取りができている。
その様子を見、戻った!と喜ぶレイズたち。ただ、リゼルはハッキリと状況が理解できていないらしい。
喜ぶレイズたちに戸惑っているようだ。
「呪いから解放された気分はどう?」
「……呪い……だと?」
「えぇ。クオル?ってコがかけたであろう呪いよ。呪いも種類が多いけど、あなたのケースは、情緒不安定からの無気力化。それにより、騎士団の戦力を間接的に削ごうとしたものね」
「ッ……」
「クオルが闇龍じゃなくて良かったわね。本職だったら、もっと症状は重い上に、解除も困難よ?」
「あぁ……チッ……」
リゼルは頭を押さえる。
「!痛みますか!?」
「いや、平気だ……」
彼は目頭を押さえ、頭を振る。
リゼルが無事で、本当に良かった。
レイラは胸をなで下ろし、静かに微笑んだ。