―視線―
シン、とレイズたちは静まり返る。
風の音、海鳥が鳴く声、波の音、木々のざわめき。
自然の音のみが周囲に響いている。
レイズたちは衣擦れの音も立てないよう、その場で固まっている。
どうしていいか分からず、皆仲間たちを順番に見比べる。
その中でミーネだけが一点を見つめていた。視線の主がいるであろう一点を。
「…………」
ミーネが感じた視線。
それは、登山道の脇の林からだ。このまま進めば、ぶつかる。
「ミーネ?」
「……皆は感じなかった?」
「……うん」
マリナの弱気な声。正直、何も感じなかった。
その声の後、首で合図するレイズ、バージル、そしてレイラ。
「うそ……あたしだけ……?」
気のせい?いや、確かに感じた。
魔物のものではない、確実に人間の視線だった。
こちらを観察するような、見張っているような。
だが、敵意は感じなかった。
それに、こちらが臨戦態勢に入った後でも、視線の主に動揺は感じられなかった。こちらが臨戦態勢に入った後も、平常心を崩さなかった証拠である。
龍力者であれば、相当な使い手だ。
「…………」
唯一視線を感じたミーネ。
自分が頼りだ、と周囲の龍力を探る。
しかし。
「え……消えた?」
視線とその気配。
両方が完全に途絶えてしまった。
「え……逃げた……?」
「……音もなく、か?それに、かなりの崖だぞ……?」
「気配が消えただけかも……見に行くか?」
バージル、レイズは剣を抜く。
「……止しましょう。わざわざ顔を合わせる理由がありません。それに……」
レイラはリゼルに目を落とす。
これ以上彼に負担はかけられない。
「もう……十分です。今から戻れば、夕方には麓に着きます」
「そう……分かったわ」
レイズたちが下山の準備を始めようとした時。
唐突にリゼルがレイラの腕を掴んだ。
「きゃ……!」
レイラは彼を見る。が、視線が交わることはなく、彼はアルカリオン山頂を空虚な目で見つめている。
「……行く。行かせて……くれ……」
「リゼル……?」
訳も分からず、顔を覗き込むレイラ。
当然だが、素人の彼女にリゼルの表情から心理は読み取れない。
だが、山頂に行きたい。その意思は伝わった。
「……というわけで……お願いします」
「おう、良いぜ」
「久しぶりだな……あいつが自分から何かしたがったのは」
久しぶりのリゼルの要求。
視線の主からは完全に方向が外れているが、彼なりに何かを感じ取ったのか。
レイズたちは、登山を再開することとなった。
「……ふぅ」
レイズたちが去った後。
脇の林から一人の男が姿を現し、服に着いた枝葉を払う。
「流石……だな」
男はアルカリオンを見上げ、そう呟いた。