―恩義VS憎悪―
シェキナーの周囲の空気が震えている。
濁流のような龍力が彼女の周囲を展開し、その流れの筋が鼓動のようにうねっている。
(こんな……ことって……!!)
ミーネは無意識に身震いする。
自分たちは数えきれないほど強者と戦ってきた。
その強者に、数えきれないほど負けてきた。
その度に強くなり、先日は敵の一人を討伐する手前まで来ることができた。
シェキナーの立場は、レイのグループの下層に位置するはず。
それなのに、この龍力。
しかも、氷龍曰く、暴走した訳でもなく、契約した訳でもない、と。
「ミーーーーーーィィねぇぇぇぇぇええええええ!!」
豹変するシェキナー。感情を露にし、ひしゃげた声で叫ぶ。
「ホントに意識ある!?」
パートナーの読みに疑問を投げかけるミーネ。
(……少なくとも、支配されてはいない)
「えぇ!?」
(それより……くるぞ)
「!」
ミーネは直感で真横に跳んだ。
とにかく、体勢を整え、剣撃に備える。
「……!」
走りながら、ミーネは振り返る。
先ほどまで立っていた場所には、激しい水流が発生していた。
無防備に吞まれれば、間違いなく窒息する。助かった。
「だぁッ!」
「あぁッ!!!」
剣と剣が激しくぶつかり合う。
「ッ……!!」
先ほどよりも衝撃が重たい。一発ごとに腕が悲鳴を上げる。少しでも龍力で劣れば、骨が砕かれそうだ。
「まだよ!!まだ終われない!!」
「く……!」
シェキナーの剣を眼で追うのが精一杯だ。
ミーネは防御が間に合わず、攻撃を受けてしまう。だが、ミーネは耐える。痛みで体勢を崩せば、たちまち切り刻まれてしまうためだ。
(強い……!!でも!!まだやれる!!)
幸い、こちらもフル・ドラゴン・ソウル以上の力で戦っている。そのため、数発で戦闘不能になることはない。
が、受けすぎるのは危険なことに変わりはない。
(冷気を……もっと!)
ミーネの剣に氷が付着し始める。
具現化ほどまで龍力を消費することなく、剣に龍力を乗せることで可能となる技。攻撃力の底上げが可能だ。
「そんな小細工で勝てるとでも?」
「……いいえ。でも、あなたの『水』はどうかしら」
「!」
シェキナーの周囲を巡る水のうねり。
それがミーネの冷気により凍らされ、空気中に散っていく。
「この……」
不愉快だ。シェキナーは舌を打つ。
僅かだが、ミーネの龍力シェキナーの龍力に影響を及ぼし始めている証拠である。
だが、それは勝敗を決する要因にはならない。あくまで、力の見せ合いレベル。
実際の戦闘となれば、話は変わってくる。
ミーネとシェキナーは同時に剣を振る。
氷と水の龍力がぶつかる水流と冷気の応酬。一瞬のスキもできない。
(……憎悪の塊だ。憎悪だけであそこまで極めれるとはな)
(凄いこと?)
(当然だ。おまえにも分かるだろう?龍の力の複雑さが)
(えぇ……)
(……人間が龍の力を扱うなど、笑止千万だった。だが、それは過去の話。今ではそれが当然な時代だ)
(そう……ね……)
パートナーの人間の評価。
自分はパートナーや太陽龍王、氷龍王に認められ、ここまで来たが、『人間』というくくりで言えば、龍力を自在に操るなど、ドラゴンとして思うところがあるのだろう。
(龍力は複雑だ。龍の波長と人間の波長。龍力の構築する力、それを理解する力……簡単にいかないことは身をもって知っているはずだ)
(…………)
コク、と頷くミーネ。
というか、今もシェキナーとの攻防は続いている。
なるべく早く終わらせて戦いに集中したいと思う一方で、この『声』を聞いていると力が湧き上がってくる感覚もある。
(純粋な憎悪……一見強い意志のようにも思えるが、龍力において、それは足枷でしかない)
(え……?)
(対象が龍でなくなるためだ。意識が憎しみの相手に向いてしまう)
(そっか……あたしに……)
シェキナーの場合、自分や国にその憎悪が向いている。
したがって、自分の中に眠る龍に向くことがない。
そう。通常であれば。
「考え事か!?」
「ッ!」
一瞬の動揺。シェキナーは的確にそこを突く。
ミーネは最速で体勢を整え、避ける。そして、すぐに技のぶつかり合いに戻る。
(……そんな中であいつはこれほどまでの力を身につけている)
(…………)
(おまえは、どう対抗する?あいつの憎悪の塊に、どう立ち向かう?)
(あたしは……)
自分が戦う理由など、最初から決まっている。
レイラを見たい一心を堪え、前を向く。
(レイラへの……レイラたちへの恩返しよ)