―虚脱と鮮血―
「どういう……こと……?」
目の前で痙攣するレイラ。彼女を纏っていた龍力もかなり落ちている。
訳が分からないが、兎にも角にも助かったことが理解でき、次第に頭が回り始める。
「はは……ははは……」
不敵に笑いながら、シェキナーはレイラの脇腹に蹴りを入れる。
「ッ!」
横腹の肉の感覚が足の甲に伝わる。
龍力による防御壁も薄い。攻撃が、通る。
「……ふふ」
その事実に、シェキナーはほくそ笑む。
そして、もう一発。
「ッ!」
骨が軋む。龍力の防御壁なしで龍力者の蹴りを何回も受けることはできない。先に身体が壊れてしまう。
レイラの歪む顔が爽快である。だが、まだだ。
「まだ殺さない……壊して、壊して……その先だよ……『絶望』は……」
クク、とシェキナーの喉の奥から声が漏れる。
(どう……して……?)
蹴りを受けながらも、混乱しながらも考えを巡らせるレイラ。
今はパートナーの力も感じない。『完全なる龍魂』も、『フル・ドラゴン・ソウル』も解除されている。
先ほどの異常なまでの高揚感。その後自分を襲った、虚無感。
全身から力が抜け、自分が自分でなくなる感覚。
身体が重い。
剣を握る手も、身体を支える足腰も鉛のようだ。
視界もはっきりしない。
頭が、脳がぐるんぐるん回っているようにも思える。
だが、脇腹の痛みは強く感じる。生物の本能は残っているらしい。
それが分かったところで、何もできない。このままでは、身体が壊されてしまう。
(光……龍……?)
そう言えば、最近その声を聞いていない気がする。
龍力の高まりと高揚感。その中で、光龍の声だけが無かった。普段なら、聞こえてくる声が。
「ッ……!」
その間にも、脇腹への衝撃が来る。反撃できない相手に容赦ない。
(立て直さないと……!!)
ぐぐ、と身体に力を入れるが、上手く動かない。
自分の身体なのに、自分の身体ではない感覚だ。それなのに、痛みはしっかりと伝わってくる。
「無様ね」
何発もの蹴りを入れ、満足したのかシェキナーは下がる。
そして、剣を構えた。
(嘘……早く……!?)
下がったのは、満足したからではなく、攻撃方法の切り替えであった。
マズイ。非常にマズイ。
蹴りだけであのダメージなのに、刃物を使われればひとたまりもない。
この戦場には、自分たち以外誰もいない。望みは、無い。
「予定は狂った。けど、結果は変わらなかったわね」
剣を逆さまにし、両手で持つ。そして、振りかざした。
「それ」
「……!!」
ぐじゅ、という耳を塞ぎたくなるような音、そして右手の激痛。
レイラの右手には、シェキナーの剣が刺さっていた。
ドクドクと血が溢れ、シェキナーの剣を、大地を紅に染めていく。
激痛により、レイラは剣が持てなくなった。冷たい音と共に、彼女の手から剣が落ちる。
痛みに泣き叫びたい。だが、声が出ない。
喉が震え、空気が抜ける音が微かに出る程度である。
「はぁ……かいッ……かん……」
レイラの苦痛そうな顔を見て、シェキナーは今日一艶めかしい顔を見せる。
頬が紅潮し、目が潤む。吐息もどこか色っぽい。
(もう……終わり……?)
涙を流しながらも、レイラは歯を強く食いしばる。
気をしっかり持て。自分にそう言い聞かせるが、レイラの限界はすぐそこまで来ていた。