―深い憎しみ―
クオルとレイズたちが戦っている横。
レイラ、マリナ、シェキナーの戦いが行われていた。
二対一で数的有利なのだが、シェキナーは器用に戦っていた。
力はほぼ互角。
だが、内訳はよろしくない。
レイラたちはスゼイ戦で使っていたであろう力まで引き上げている。
つまり、レイラとマリナ二人の全力と、シェキナーの今の力が互角なのである。
「…………!」
「ふふふ……」
レイラやマリナの顔は辛そうだが、シェキナーの顔に変化はない。
元々クールな印象で、表情の変化が乏しいシェキナー。
口調にこそ苛立ちが感じられるときは先ほどあったが、それ以外に変化は少ない。
本当に余裕があるためのそれなのか、実は余裕がなかったりするのか、全く読めない。
技を打つ時も技名を叫んだりせず、呟く程度だ。多くの龍力者は、テンションを高めるために技を叫んだり声を張ったりするが、彼女はそれをしていない。
それ自体は龍力者の自由ではあるのだが、レイラたちの調子を狂わせた。
その最中。
「毒・水龍剣」
「きゃッ!」
シェキナーの毒々しい水龍の剣がマリナを襲う。
マリナはそれを受け切れず、ダメージを受けてしまう。
傷は大したことはない。ただ、厄介のなのはその後だった。
「うッ……!!」
気分が異常に悪くなってくる。視界が歪む。
口元を押さえ、うずくまるマリナ。口の中に血の味が広がる。
「マリナ……!!」
レイラは足を止め、彼女を見る。
(毒……!?)
微かに聞こえた『毒』という言葉。
水龍の力だけではなく、闇龍が使える毒まで会得したのか。
龍力者は自分の属性以外の龍を基本的には扱えない。
だが、全く使えないわけではない。努力や条件によっては使うことも可能である。
自分の属性でない龍力を理解し、その力を構築する必要があるため、普段よりも大きな力を消費することになったり、集中力が必要になったりと、デメリットは大きい。が、会得できれば戦略の幅が広がる。
燃費の観点から考えると、良くはないが。
「がんばって!!」
マリナの様子から、あの状態異常を放置するのは厳しそうだ。
レイラは治癒術のための詠唱を始める。
しかし。
「させると思う?」
「ッ!!」
戦闘において、フリーで詠唱するほど難しいものはない。
シェキナーの邪魔により、レイラの詠唱が止める。
数回剣がぶつかり、レイラはスキを見て距離を取る。
状態異常を直す程度の龍術の詠唱はやや短い。が、シェキナーのスピードはそれ以上だった。
下位の回復術に切り替え、マリナにかける。
毒自体は取り除かれないが、体力的に少し楽になった。
(レイラ……)
マリナは苦しみに耐えながらも、レイラに頷いて見せる。
それでも、原因が取り除かれたわけではなく、時間稼ぎしかならなっていない。否、毒のダメージ量次第では、時間稼ぎにすらなっていない可能性だってある。
「やっとやれる」
シェキナーはそう呟き、レイラと剣をぶつけ合う。
「……!!」
一発一発が重い。
この重さにももう驚かないが、慣れるものでもない。
筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋む。そんな衝撃だ。
「ッ!!」
「その程度なの?」
龍力を最大限高めて立ち向かうが、やはり力負けしている。
マリナの体力も気になり、どうも集中できない。
少し離れた場所では、リゼルたちとクオルとが戦闘を行っている。
三対一で圧倒的有利なはずだが、苦戦しているようだ。
「余裕じゃない?」
「ッ……!」
剣を交えている自分に集中しておらず、仲間のことや別で行われている戦いのことを気にするなど、論外だ。
そう言いたげに、シェキナーは激しい攻撃を繰り出してくる。
(なんて攻撃……!)
クールな印象の彼女だが、力は激しい。
スゼイのようなパワーファイターではないが、大きな武器屋爆発的な龍力に頼らずとも力が発揮できている。
それだけ龍魂と向き合い、研鑽を積んできたということでもある。
その背景を想像し、レイラは悔しくなる。
「それだけの力があるのに……!!」
「……何が言いたいの?」
「その力を得るまでの道のりは、決して楽ではなかったはずです!!それだけ龍に向き合える心をお持ちなのに!!」
「はぁ……そのこと」
サフィーナはあからさまなため息をつき、前髪をかき上げる。乱れた前髪が龍力に乗り、舞う。
「憎しみ、よ」
「!」
「あんたの親父が余計なことをしなければ、わたしは望まない力を得ることもなかった。生活が……人生が壊れることもなかった」
「それは……『レイ』が……」
「裏切ったから?」
「そうで「関係ないのよ。そんなことは」
レイラを遮り、ピシャリとサフィーナは切り捨てる。
グランズの儀式失敗。レイの裏切り。これは有名な話だが、一般人からすれば、真実は分からない。
それに、生活が、人生が狂ったのは間違いない事実なのだ。
騎士団も、救えるエラー龍力者には限りがある。それに溢れたエラー龍力者は多い。
暴走後の龍力指導が必要な者だけに集中して手を広げており、龍力が扱える見込みのない者については、後回しになっていたのは否定できない。
「わたしたちは、『切り捨てられた』のよ」
「それは……」
「『国が救えない人間』ってレッテルが張られる苦しみがあなたに分かるかしら」
「…………」
「わたしは……わたしたちは……憎しみだけで生きてきた。この力も、それに起因するもの」
サフィーナが怒りに震える。その感情にシンクロするように、彼女の周囲を水龍が駆ける。
これは、彼女のオーラが変化したものだ。バブルから水へ、龍へと変化した。会話の最中に感情が高ぶったためだ。
「この力で、国に復讐するのよ」