騎士団長クラッツ
マリナ=ライフォードという大きな心残りがあるまま、ダルトから帰還したレイズたち。
ダルトの一件の詳細を騎士団長に報告するため、騎士団本部を訪れていた。
「そう言えば、騎士団長って見たことないな」
「龍の強さも勿論ですが、芯の強いお方です。若いですが、実績を確実に上げてきた方です」
「ほ~ん……『エリート』って奴か。そこまで行くと、式典にも応援にも行かないのか」
役職がつくと、現場からは遠ざかるイメージだ。
だから、式典くらいは出れるんじゃね?とは思った。また、レイラのように現場に出るなら、ダルトの応援も現王ではなく騎士団長が行っても良かったのでは?とも。
結果論、龍力や敵意に反応していたマリナ。だから、団長では解決できなかったかもしれない。そうなれば、騎士団のイメージは最悪。
これはこれで良かったのだとは理解しているが。
レイズのボヤキに、一応のフォローを入れるレイラ。
「……全てはタイミング次第です。『あの日』以降、騎士団長含めバタバタしていますからね。今は居ますよ」
入団式も、団長は別の仕事で手が離せなかった。
あの場に立てなかったため、断腸の顔を知る新人団員は少ない。
「……『あの日』、先代団長も亡くなりました。繰り上がりという形ですが、素質は充分かと」
「そ、そうか……」
『あの日』に龍力が発現した話は嫌と言うほど聞いたが、亡くなったと断言された話は初めてだ。
レイラの表情は変わらないが、心の内では無念でならないだろう。空気は重いが、何か軽率に発言できる空気ではなくなった。
騎士団長。
文字通り、各地の騎士団の基地長よりも役職は上。騎士団を統括する立場である。
レイラにここまで言わせるのだ。滅茶苦茶強く、頼れる人物なのだろう。
入団式にすら顔を出さない忙しさ。そんな人間が今ここにいる。
(そう言えば、レイラの立ち位置って……)
レイラは女王。この国で、一番偉い立場の人間である。
しかし、同時に騎士団の一員(役職なし)だ。この場合、騎士団長は、レイラよりも偉いのだろうか?
彼女自身、上下関係を意識するタイプではない。だが、周囲の騎士団員的(特に役職もち)には、微妙な立ち位置だ。団内では平同然でも、王の立場ももっている。どうなのだろう……
色々考えていると、レイラが足を止めた。
いつの間にか下を向いていた。レイラにつられ目を向けると、重々しい扉が目の前にあった。
彼女は呼吸を整え、ノックする。
「クラッツさん。レイラです」
「空いている。入ってくれ」
帰ってきたのは、タメ口だ。団内では、団長が上。
若いと言っても、レイラは十代後半。団長の方が歳も上だろうし、そこは階級に従うのか。
「……失礼します」
重たい扉を開ける。
中に入ると、一人の男が立っていた。
優しそうだが、修羅場をくぐり抜けてきたような凛々しい顔。
歳は、20代後半~30代前半くらいだろうか。と言っても、龍力者の外見年齢など、当てにならないが。
黒色の髪。髪を立てるでもなく、そのままおろしている。
自分たちよりも、装飾が豪華な制服を着ている。階級が上の証だ。
事務作業中だったのだろうか。脇の机の上には資料が詰まれ、山のようになっている。
「よく戻った。ん……初めましてのメンバーもいるな」
レイズ、バージルは会釈し、軽く自己紹介する。
「レイズです」
「俺はバージルです。お会いできて光栄です」
女王にはタメ口を使っているくせに、つい敬語で話してしまった。
彼の大人びた雰囲気がそうさせた。年齢って大きい。
「あぁ、君たち、か……」
クラッツと呼ばれた男は、何か察したように呟く。
「クラッツだ。騎士団長をしている」
言いながら、バージルへ視線を移す。値踏みするような視線に、自然と背筋が伸びる。
その後、レイズを見て、動きが止まった。
「……どこかで会ったか?」
「え!?……と……初めて……です」
困惑しながらも、レイズは言う。
初対面のはずだ。騎士団内外でも、地位の高い人間に会うことが故郷ではなかったはずだが。
「そうか。そうだな……すまない」
「?」
レイラは疑問符を浮かべるも、本来の務めを果たそうと進める。
「ダルトの一件。報告します」
「あぁ、頼む。座ってくれ」
手帳を手に取り、座るよう促す。
報告会の進め方として、レイラが主に報告し、リゼルが所々補う、という形だった。
レイズ、バージルは基本聞いているだけで、何か問があれば、答えるといった感じだ。
ぶっちゃけ、バージルは後半寝ていただけだ。再戦したのはレイズだったため、簡単な質問は自分にも投げかけられた。
試験前同様、うまく喋れるかドキドキしていたが、レイラもリゼルもいる。始まってしまえば、緊張はなくなっていた。
(……こういう感じなのか)
自分たちも経験を積み、部下をもてば、このように報告をする立場になるだろう。
良くも悪くも出番がない。よく聞いておこう、とバージルは考えていた。
(これで、一旦は終わり、か……)
レイズは、マリナのことを考えつつも、今後のことについて考えていた。
自分たちは、一時的に組んでいる特殊部隊だ。
マリナにも行っていたことだが、ダルトの件が終わった今、この四人が一緒に居る理由はない。
口の悪いリゼルと離れるチャンスなのだが、どこか寂しい。ダルトからの帰還日を伸ばしたのも、後々考えれば、マリナのためだった。
あの状況で騎士団として、しかも個別に支援はできないが、時間稼ぎをすることはできたのだ。
同時にレイラともサヨナラだ。そして、バージルと同じ部隊になるとも分からない。
「……以上です」
そんなことを考えていると、報告が終わった。
ヤバい。質問が飛んでこなかったために、半分以上聞いていなかった。
「そして、彼らの配属先を決めなければなりません」
レイラは二人を見る。
レイズ、バージルは姿勢を直す。まさかここで言われるのだろうか。
「……そのことだが」
「……?」
クラッツは大きく息をつく。
表情から察するに、何か重大な問題がありそうだ。
エラー龍力者の殊遇についてだったりして。と思い、先に口を開くレイズ。
「俺の……扱いですか」
「あぁ、違う違う。君とは関係ないことでな」
「?」
どうやら、エラー龍力者の配置のことではないらしい。
配属よりも、優先される事とは、いったい何だろうか?
「すまないが、レイラと二人にさせてくれないか」
「何……?」
リゼルは、そこで反応する。
「僕も邪魔なのか」
「邪魔、とはニュアンスが異なる。が、これからは、『王』として、レイラに話がある」
「…………」
何やら只事ではなさそうだ。リゼルはそれ以上追及することなく、引き下がった。
騎士団長クラッツとは浅いだろうが、リゼルも彼を信用していると捉えていいのだろうか。
小さく息をつき、リゼルは口を開く。
「……報告は以上だな。僕らは用済みだ」
出ろ。と二人に言い、退出を促す。
自分たちの起立を待たずにリゼルは部屋を出ようとしたため、レイズたちは慌てて席を立つ。
「お邪魔しました!」
「失礼します!」
「あぁ、すまない」
『王』としての話。
騎士団に関わることではない?それとも、事柄が大きすぎるが故のもの?
どちらにせよ、『エラー龍力者』である自分の処遇よりも優先される話だ。
レイズは部屋から出る前、一度だけ振り返り、二人を見る。
重々しい表情の騎士団長と、不安そうなレイラ。
「…………」
とてもじゃないが、何も知らない新人が何か言える雰囲気ではない。
まぁ、とにかく自分の役割は一区切り。これは間違いない事実。
緊張が解けたのもあり、「ふぅ」と小さく一息ついたレイズ。
そのまま部屋を後にするのだった。




