マリナ=ライフォード
「う……」
目が覚めると、ふかふかのベッド。サイドには質素なカーテン。そして、見慣れない天井だった。
碧眼の少女、マリナ=ライフォードは、そんな部屋で、意識を取り戻した。
ギシ、とベッドをきしませながら、起き上がる。
「ここは……」
ベッド脇に椅子が一脚ある以外は、何もない。
周囲に人がいる気配もなく、自分一人のようだ。
「…………」
無意識に、頭をかく。
なんだか、長い眠りから覚めたような気分だ。
視界が開け、現実味のある世界が広がった時期もないことはなかった。ただ、自分ではない誰か。そいつに操作されているような感覚があり、イマイチしっくりこないでいた。
また、ふとした瞬間にその誰かが強くなり、完全に自分を見失う感覚。
それら全てを感じていた。感じていたが、思考は追いついておらず、ディレイがかかっているように、遅れて状況を呑み込める状態だったと思う。
だから、実際この身体が眠っていたのは、光を強く感じたあの時からなのだろう。
しかし、乗っ取られていた感覚の彼女にとっては、長い、長い時間であった。
「…………」
試しに、手を握ったり広げてみたりしてみる。
筋力が落ちているようには思えない。
首を回してみても、痛みもなく、廃用により筋が固まっている感覚もない。
服は着替えさせられており、入院者が着るような服になっていた。
ベッドサイドのカーテンを開けると、医務室のような場所だった。
床に置いてあるスリッパは、自分用だろうか?分からないけれど、使わせてもらおう。
ペタペタとスリッパの音を鳴らしながら、窓まで移動する。
部屋のカーテンを開け、外を見てみる。
「あ……晴れてる」
見慣れた岩の世界。どうやら、ここはダルトであるようだ。
そして、珍しく晴れている。
ふと、背後で声がした。
「起きたんですね!!」
「ッッ!?」
ビク、と身体を震わせながら振り向くと、とても美しい女性が立っていた。
蒼い瞳に、自分が映る。視線がぶつかった瞬間、心臓が大きく跳ねた。
(あ……)
自分は、この人を知っている。
画面の中の人とかそういうレベルではなく、もっと近くで接した記憶がある。
薄い意識の中で、ずっと励ましてくれた。
自分を、闇の中から助けてくれた。彼女は……
「光……」
「えっ……と……?」
口に出てしまっていたらしい。当然、何のことか分からずに戸惑うレイラ。
マリナはそれを一切気にせず、頭を下げる。
「ありがとうございます。助けてくれて」
「無事でよかった……!!」
頭を上げると、彼女の蒼色の瞳から、涙が流れているところだった。
この涙も、知っている。敵意のなさや、優しい龍力。そして、心の底からの涙。これらが、自分を取り戻すきっかけになった。
「しんどくないですか!?痛いところとかありますか!?お腹は減っていませんか!?喉は乾いていませんか!?あとは、あとは……!!」
立て続けにその女性は質問をぶつけてくる。
一脚あったあの椅子は、彼女が座っていたのだろう。いつ目覚めるかも分からないのに、真横で、ずっと見守ってくれていたのか。
間違いなく、自分の「光」だ。マリナは微笑み、口を開く。
「もう大丈夫です。しんどくも、痛みもありません」
「良かった……」
胸を撫でおろすレイラ。
この女性はもちろん、一緒にいた少年が救ってくれたのは漠然と記憶にある。
厄介者になった自分に向き合ってくれた人たち。いったい(いい意味で)何者なのだろうか。
「……助けてくれて、本当にありがとうございました。わたしは、マリナ=ライフォードです。えっと……あなたは?」
「そうでした。申し遅れました。レイラ=シュフールと申します。建前上、この国の王を務めています」
「え!?女王様!?」
マリナは、暴走した後、ずっと遺跡に縛られていた。
よって、世界の情勢を何一つ知らない。
ただ、『シュフール』の名が王家であることは常識だ。
本物の、女王様なのか。しかし、現王はグランズ=シュフールのはず。
死亡したのか?寿命を迎えるには早いはずの年齢と記憶していたが。
だが、実際にこの女性が王となっているのなら、グランズはもう……
「王は……死……」
「ッ……」
ぼそ、と呟いたそれが、聞こえてしまったらしい。
レイラは、バツが悪そうな顔を見せる。
「……お話しします。あなたには、知る権利があります」
「は、はい……」
レイラはベッドに戻るよう促す。
その後、話が始まった。
龍の暴走。
マリナ含め、国の多くの非龍力者が「こう」なったのは、国に原因がある。
彼女は遺跡に縛られるタイプの暴走だった故に情報が入ってこなかっただろうが、「こう」なった非龍力者はごまんといる。
原因は、グランズ王の儀式。それの失敗。失敗の原因となった黒幕の存在。それは、『レイ』という男。隊長だった男である。彼の部下も、行方が分からなくなっている。
爆発の中心部にいた、グランズも。
今、国の復興と黒幕を討つために騎士団が動いていること。騎士団の任務として、自分と相対することになったこと。
レイラたちの使命は、黒幕を討つこと。国の完全復興である、と。
ちなみに、あの少年も、同じ非龍力者だった。
「私たちの仲間にも、その被害者の方がいます。暴走した後、龍力が一切発現しない方もいる中で、彼は龍力をコントロールできるようになっています」
「そう……ですか……」
意識を支配されたときに聞こえてきた、「俺も、暴走したんだ……だから、分かるぜ……」の声の主だろう。
同じ境遇の人に理解された気分になり、気持ちがぐっと落ち着いたのを漠然とだが覚えている。
「……これが、『グランズの崩壊』と呼ばれる、事の顛末です。国寄りの話にならないよう努めましたが……」
国を動かす立場だからと言って、国に有利な説明はあってはならない。
あくまで中立で、正直に話す必要がある。
彼女に、伝わっただろうか。
「う、ん……」
唐突な話で、頭が混乱している。
自分だけあのように訳の分からない「自分の中に何かいる」状態だと思っていたが、そうではなかった様子だ。
ダルト内にも、暴走した人間がいる。ただ、多くのケースは力を使い果たせば(見かけ上)非龍力者の状態となるらしい。
そして、その原因となったのは、この国の王。
(あたしがこうなったのは……国……グランズのせい……)
ぎゅ、と無意識に拳を作るマリナ。
だが、暴走直前の状況を考えると、怒り狂えない自分がいる。
彼女にそれを言う理由はないと思う。実際、今はそのことを思い出したくない。
(大丈夫。あれは『直前』だったし……)
黒幕についても、気になるところだ。
(レイ……本当にいるの?)
国が作り出した、架空の人物なのではないか。
レイにヘイトを向け、国への同情を誘う作戦なのではないか。
「…………」
しかし、この女性-レイラ=シュフール-の瞳はまっすぐだ。
国や自分を良く言おうという下心があるようには思えない。
それに、直接自分を救ってくれた事実がある。
(信じて、いいのかな……)
まだ、正しく状況判断ができていない。
事故が起こり、多く国民が被害に遭っているのだ。たった数分の説明で、国を、そして騎士団を信用するのは難しい。
が、個人は別だ。この人は、否、この方は、本物だ。と思える気がする。
まずは、自分の直感を信じよう。
マリナは姿勢を正し、礼をする。
「まだ混乱していますけど……大体は分かりました。とにかく、助けてくれて、本当にありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
「この国の責任者として、当然ですよ」
マリナは顔を上げ、女王を見る。
彼女の顔は、心底安心したような笑みを浮かべていた。




