浮上する仮説
レイラが目が覚めると、どこかで見たような天井だった。
「……ここは」
見慣れた風景ではない。自分は、確かダルト遺跡へと向かい、戦闘を……
記憶を探ろうとした瞬間、聞き慣れない声に遮られた。
「気が付いたのね!!」
「!」
白衣に身を包んだ、メガネをかけた女性が安心したように笑う。
30手前くらいだろうか。黒い髪を後ろでくくっている。
首から下げ、胸元で止めている名札には、フィナースと書かれている。
「っと、失礼いたしました。レイラ様」
慌てて、フィナースは口調を直す。
「いえ、大丈夫ですよ。で、ここは……」
周囲をゆっくりと見回す。
医務室っぽい場所だが、騎士団基地?それともダルト内のどこか?
「騎士団基地の治療室ですよ」
「そうですか……」
思い出した。
薄れゆく意識の中で、最後の力を振り絞り、リゼルの所まで這いずったこと。
彼と共に、転移珠により脱出したこと。バージルは、レイズがやってくれたこと。
自分たちは、雷龍を操る女性に負けたのだ。
龍の暴走から、救えなかった。
「それで、皆は……?」
「黒髪イケメン君は起きるのが早かったですよ?あとは、茶髪の自信なさそうなコも、起きてます」
黒髪はリゼルだ。イケメンかは好みの問題だが……
自信がなさそうなメンバー……レイズのことだろうか。
二人は無事。胸をなでおろす。が、メンバーはもう一人いる。
「あの……あとは……」
フィナースは、静かに首を横に振る。
「ダメージが特別大きいですね。あ、ですが、命に別状はありませんよ」
「良かった……」
バージルも一応は無事。
目覚めてはいない様子だが、医者が言うのだから、心配ないだろう。
「王都クラスでも太刀打ちできないのですね……敵の強さが想像できます」
「敵……」
「……打つ手は、ありませんか?」
彼女は、声のトーンを低くし、訪ねてくる。
ダルト内で対処できないから、自分たちが送られた。
新人二人はともかく、自分たちは団内でも上の方である。それなのに、解決できなかった。
「分かりません……ですが、諦めるつもりもありません」
当然、このまま帰るつもりはない。
が、それはつまり、再びダルト遺跡に行き、暴走龍力者と戦闘するということ。
フィナースの顔が曇る。
「私は、反対ですよ……?それに、耳タコでしょうけど……」
言われなくても分かっていると思う。だが、言わなければ、気が済まない。
フィナースはメガネ位置を直し、大きく息をついた。そして、真っ直ぐレイラを見つめる。
「貴女は、一国の王と言うお立場です。各地を回ることを否定はしません。ですが、最前線に出過ぎるのも問題だと私は思います。貴女が倒れてしまったら、この国は終わります」
自分の王位を継承する人間は、決まっていない。
グランズ家が代々継承しているため、過去に実績がない。
万が一、ということもあるが、国の復興よりも王位継承先を優先するバカは団内にいない。
「とは言え……私たちの力では、あの龍力者を何とかすることはできません。それは帰ってきた団員のダメージを見れば分かります。なので、滅茶苦茶言っていることは承知しています。それでも、貴女は前線に出るべきではないと思います」
「…………」
レイラは黙って話を聞く。
尤もな意見であるし、何回も言われてきたことだ。
「一意見として、受け取っておきます」
フィナースは少しだけ微笑む。
意見は受け取るが、前線を退く気は全くない。
彼女も分かっているのだろう。深く掘り下げてこない。
話は暴走龍力者に戻る。
「『彼女』についてですが……人として、最低だったとしても……」
「……!!」
ドクン、と心臓が緊張する。
「このまま……放置して……餓し「水を、頂けますか」
フィナースの言葉を遮り、レイラは言う。
彼女にこれ以上言わせるわけにはいかない。
「そう……ですね……今のはなかったことに」
「……えぇ」
フィナースは席を離れる。
一人になったレイラは、静かに拳を握りしめた。
ダルトの人間は、あそこまで追い詰められている。
聞いた話によれば、ダルト遺跡付近を流れる水は、この町に必須だと。
男女問わず交代で汲みに行っていたようだが、今は男性だけ、かつ、暴走龍力者の活動量が落ちる夜間だけとなっている。頻度も落とし、できるだけ刺激しないようにしているとのこと。
その矢先の、自分たちの応援だ。
それで、この体たらく。人として最低の思考になってしまうのも、無理はない。
余計に、諦められなくなる。
と、彼女が戻ってきた。
「どうも……」
「……話を変えましょうか。先頭に立って、ご自身の目で世界を見てくださっているのは、本当に伝わりました。少なくとも、私には」
こく、と少しだけ、レイラは頷く。
「ですが、今回のように、帰還できる戦いばかりではないと思います。王を失い、女王をも失えば、国民は大混乱に陥るでしょう」
「大混乱……」
「そうです。いくら国への不信感が強かろうと、王が存在し、国を見てくれているのは大きいと思います。現に、貴女は減税や復興、エラー龍力者支援に力を入れてますよね?そういったことが出来るのは、王が方針を示し、進めてくれるからです。王不在、テキトーな継承者では国は成り立ちません」
自分の目で世界を回り、何が必要かを直接感じて、方針を示してきた。
これは、前線に出たからこそ。城に引きこもっていたら、全てが後手に回っていた筈。まぁ、それ込みでも、最前線に出る必要はないのかもしれないが。
「命ある帰還が、当たり前だと思わないでください……本当に」
フィナースは、願うように言う。
口先だけではない、本当の思いに聞こえた。
その切実な思いに、レイラは何も言えなくなってしまう。
「…………」
確かに、騎士団に同行しているときにも、厳しい戦闘は何回もあった。
それでも、国を立て直したくて、一刻も早く安心と安全を取り戻したくて、前線に出ていた。
それが良いと思っていた。
しかし、万が一、死んでしまっては意味がない。それも理解できる。
今回の件で、大きく思い知った。
自分は、弱い。
苦しんでいる女性一人救えない。
だが、念押しされても、諦める気は起きず、気付けば暴走龍力者のことを考えていた。
負けは負けだが、圧倒的力でねじ伏せられた訳ではない。
前半戦は完全に龍の支配にあったと思う。だが、後半戦は違う。
(何かが引っかかります……)
何故、彼女は自分たちの涙に反応したのか。
龍が支配していたのだとしたら、人間の涙一粒で揺さぶられるほど弱くはない。
だから、間違いなく『何か』が起こったのだ。
レイラは視線を下げ、考える。
シンプルに龍力が尽きた?その可能性もゼロではないが、彼女にはまだ余力があるように感じた。
意識が不安定になり、力が不安定になっただけ。龍力自体は、まだ残っていたように思う。
それに、気になる点がまだある。
天からの痛い雷。なぜ、リゼルとバージルを執拗に狙ったのか?だ。
戦っている時は、要注意人物と認識したからだ、と考えていたが、違和感がある。
敵の殲滅が目的なら、要注意人物を消した後も、同じ雷で落とせばいい。
わざわざ敵の間合いに入る接近戦をする必要がない。
その接近戦も、違和感がある。
なぜ、彼女はレイズに手を抜くような戦い方をしたのか。
なぜ、強大な力で薙ぎ払わなかったのか。
バージルやリゼルに放った一撃とは、桁違いに弱い。手を抜いているのは明らかだ。
しかし、自我があったようにも思えない。その時だけ抵抗できた、と考えると自然ではあるが、そんな器用なことが可能なのだろうか……というか、それができるなら、ある意味でコントロール支配下にある気がする。
よって、これも間違っているのだろう。
(雷を撃たない理由……手を抜いた理由……)
結局、一貫してレイズと自分だけには甘かった。
自分とレイズに共通していたこと、リゼルとバージルに共通していたこと。
その二組の明確な差とは……
(……もしかして)
話の中で導き出した、一つの仮説。
この仮説が正しければ……
「申し訳ございません。私は、あの人を救いたいです。もう一度、会いに行きます」
レイラはフィナースに頭を下げる。
彼女は口を開け、何か言おうとしたが、ゆっくりと口を閉じる。
そして、どこか悲しそうに、どこか嬉しそうな複雑な表情を見せる。
「……言葉は、不要ですね」
「……ごめんなさい」
「いいえ。そんな貴女を、わたしは誇りに思います」
レイラはベッドから下りる。
可能性の糸が見つかった。今は、それを掴んで引っ張りたい。
全てをやり尽くすまで、自分は諦めない。




