―フランバーレ戦―
シャレムと女の戦いは続いている。
牢獄では手狭である。それに、戦闘の余波で崩れるかもしれない。
シャレムは、先頭場所を牢獄から離れた場所へと移していた。
一応さり気なく移したつもりだが、きっと敵は気づいている。
それでも乗っかってきたことを考えると、向こうの目的はイングヴァーのみらしい。
騎士団が苦労した犯罪者は多いが、向こうサイドが必要としているのは、『数』ではなく『質』と言うことか。
「だぁッ!」
「!」
剣と剣がぶつかるだけで、空気が震えた。
女が放つ光が、持っている二本の剣に伝わっている。
彼女の龍は、シャレムと同じ光だった。
(同じ、か)
同じ属性故に、力の優劣がよく分かる。
あと一歩。あと一歩少しが届かない。それに、怖いのは、敵がどの程度力を温存しているのか、である。
(底が読めない……)
敵との剣劇の合間に発生する、睨み合いの時間。
シャレムは、手の甲で口元の汗を拭う。
こちらは割と必死で戦っているが、彼女の表情は変わらない。
不思議な雰囲気。どこか虚ろで、しかし、芯を感じる。
「……アンタ、名前は?」
「……フランバーレ」
「へぇ、覚えといてあげる」
精度の高い『フル・ドラゴン・ソウル』を維持しながらの戦い。
どちらにとっても、長期戦は避けたいところ。
「……貴女は、負けるわ」
「っさいわね。またそれ?」
「えぇ。貴女の実力は分かったから」
仮面のように、表情が変わらないフランバーレ。
冷たく言い放たれたその言葉に、体温が上がるのを感じるシャレム。
「!」
ぷつ、と彼女の何かが切れた。
シャレムの目が見開かれる。
片方の口角が上がり、表情が歪む。その感情は、怒り。
モデルの顔とは思えない顔だ。
「へぇ、何が……分かったって!?」
ドン、と地面を強く蹴り、最大限に龍力を高める。
ビリビリと空気が震える。鳥たちも一斉に距離を取ろうと飛び立っていく。
しかし、フランバーレは顔色一つ変えない。
それどころか、ガッカリしたようにため息をついている。そして、こう呟いた。
「……それが貴女の限界よ」
当然、フランバーレの声は彼女に届かない。
「だあぁあッ!!」
シャレムは飛び出す。全てを、込めて。
先程とは比にならない龍力だ。オーラの形状が変化し、龍の姿を模していく。
「光龍破斬!!」
「白刃双」
「切り裂け!ブリリアント・クロウ!!」
「ホーリー・ランス」
光龍の技、術がぶつかる。
ぶつかる度に、木々は薙ぎ倒され、龍圧が戦場を抜けていく。
シャレムの本気の技・術。
それなのに、段々とシャレムが押され始めた。
「こいつ……!」
「…………」
はやり、力を隠していた。
今の自分の龍力のように、派手さはない。しかし、確実に龍力レベルが上がっている。
これまでの戦いで、全力ではないと何となく分かっていたことだが、実際やられると、ずしりと心にくるものがある。
(アタシは四聖龍……負けられないの!!)
つ、と頬を汗が走る。嫌な汗だ。
シャレムの焦りを感じ取ったのか、フランバーレは重ねて言う。
「大人しく、イングヴァーを渡して」
「……渡さないっつってんでしょ!」
シャレムが斬りかかろうとした瞬間、イングヴァーが収容されてある方向から爆発音がした。
「!」
そちらからは、土の龍と炎の龍、そして月の龍の気配が伝わってくる。
力の雰囲気的に、土と炎の力は、ハーゼイとウィーンだ。月の龍は、敵の気配だろう。
「あっちも始まったみたい……」
「ッ……!!」
シャレムは焦ってしまい、イングヴァーが収容されている牢を見てしまった。
「へぇ……『あっち』にいるのね」
「!!」
しまった。気付かれた。
無駄だと思うが、しらばっくれるシャレム。
「……どうかしらね」
「さっさと終わらせないと……」
面倒な事象が転がっている、と言わんばかりな声だ。
そして、その気配。
フランバーレは、自分を見ていない。イングヴァーを連れ去ることだけを考え、そのためにはどうすればいいか考え、見ている。
その瞳の中に、シャレムはいない。
「アタシを、見ろよ!!」
その事実に、シャレムは吠える。
光が強く、さらに強く輝き始める。
「……まだ、やるのね」
そこで初めて、フランバーレの顔が険しくなった。
その顔は、本当に冷たく、人間が私生活でできるようなそれではなかった。
恐ろしい雰囲気だが、関係ない。シャレムは戦うべく、走り出す。
しかし、その直後、フランバーレが消えた。
「!!」
迸る血。
痛みを感じ、自分が斬られたことに気づいた時には、もう既に生温い血が宙を舞っていた。