―騎士団とシャンバーレ―
普段と変わらないつもりで、レイラの隣に立ったリゼル。
彼女は暫くこちらの顔を見た後、恐る恐る声をかけてきた。
「リゼル……?」
「あ?」
「いえ、顔が凄く怖いですよ?」
考え事をしているうちに、険しい顔になっていたらしい。顔に出しているつもりはなかったのだが。
レイラの前で、険しい顔はマズイ。急いでそれを一旦止める。
「あぁ、いや……」
「考え事ですか?」
「いや、何でもない」
「ッ……そうですか……」
ふ、と視線を反らすレイラ。
(気づかないとでも?)
リゼルは、間違いなく何か考えていた。
それも、良いニュースではない。嫌な予感が当たりそうとか、この先起こる悪い予感とか、そういうタイプの表情だった。
だが、彼はそれを濁した。
自分では、彼の力になれないのだろうか。それか、まだ確信が持てないとか。
どちらにせよ、自分に何か言えないことがあるのは事実だ。
(私にも、言えませんか……?)
レイラはそれが少し悲しかった。
こんなにも付き合いが長いのに、今何を考えているのか、何を心配しているのかなど、肝心なことを彼は教えてくれない。
ただ、「意地悪で隠し事をしているのではない」というのは、理解している。
彼はきっと、知らない方が良いと判断したのだろう。が、彼女はもう少し彼の考えが知りたかった。
しかし、それも彼の性格だ。言わない以上、それを追及しても仕方がない。
レイラはずっと気になっていたことを聞いてみた。
「リゼル、思うんですけど」
「?」
「騎士団として、シャンバーレに頭を下げるわけにはいきませんか?」
「……それは」
リゼルが何か言いかけた瞬間、「ムリだ」と言いながら、クラッツが現れた。
研究所内にいるとは聞いていたが、リゼルのデータ取りには姿を現さなかった。
別の研究室に顔を出していのだろう。
「……団長」
「……騎士団とシャンバーレは、協力できない」
「どうしてです?」
座ろうか、とクラッツは飲み物を差し出した。
研究所内の休憩スペースに移動したクラッツたち。クラッツはブラックコーヒーを、二人は甘いコーヒーを飲み、一息ついた。
その後、騎士団とシャンバーレが協力できない理由を聞く。
「……昔は、シャンバーレにも騎士団基地はあった」
シャンバーレの犯罪率は昔から低かった。
そのため、騎士団基地はあるものの、そこの人員は少なかった。実際、仕事量も他の基地よりも少ない。
団内では、『楽な基地』として有名だったそうだ。
「楽な基地……ですか」
「あぁ。同じ給料なら、楽な方が良いだろ?」
「まぁ……」
実際シャンバーレに行ってみて思ったが、道場しかないため、仕事は楽でも休日は何も魅力的なものがない。
それはそれでどうなのだろうか。とレイラは心の中で首を傾げる。
「で、あくまで犯罪率が低いだけだ」
そう。犯罪率が低いだけで、ゼロではない。
少ないながらも、犯罪は起こっていた。当時の騎士団は、それを解決するのが主な仕事だ。
だが、その犯罪者は、とある道場の生徒だったらしい。
「ま、数が少ないだけに、珍しい犯罪ではあったが、問題なのは、相手の強さだ」
「強さ?」
騎士団も駆けつけ、応戦した。が、シャンバーレの人間だ。一筋縄ではいかない。
結局無様に負け、最終的にはシャンバーレの人間が解決したらしい。
「そこからだな。シャンバーレが騎士団を突っぱねたのは」
「そんな……」
「この一件で、彼らは悟ったんだ。『自分たちは、騎士団よりも強い』って。まぁ、ボロが出たわけだ」
「フン、それで溝は深くなったのか」
「あぁ。今となっては、時間の問題だったとも思うが」
シャンバーレの人間と、騎士団員の強さ。
現地に行ったから分かる。その差は、圧倒的だ。
役に立たない組織など、その地には不要だ。
「それで、シャンバーレには騎士団もないし、騎士団に協力する人間もいない、と」
「あぁ。質が悪いことに、当時基地にいた連中も、好き勝手していたらしくてな。心象は最悪だ」
自分たちで頑張るしかない、とクラッツは続ける。
「だから、シャンバーレが協力するとは思えん。シャンバーレまで敵の手が伸びて『共闘』はするかもしれないが、今協力要請しても、受けてくれるとは思わない方が良い」
「分かりました……」
レイラは、シャンバーレに滞在していた日々を思い出す。
シャンバーレにいたから分かるが、騎士団の信用のなさはよく分かった。
こちらも悟られぬよう『騎士団』という言葉は使わなかったが、店員と旅の話をした時など、騎士団の名前を出したときに、彼らは皆険しい顔をした。
それについて、こちらが根掘り葉掘り聞けば怪しまれると思ったためスルーしたが、そういうことだったのか。
「そう気を落とすな。幸いなことに、四聖龍から前向きな返答が返ってきている」
「!!」
「本当ですか!?」
二人は同時に顔を上げた。
「あぁ。それも、要請した四聖龍全員からな」
「……凄い」
「…………」
レイラは素直に感動するが、リゼルはそうも言ってられない。深読みしてしまう。
四聖龍の協力。それは物凄く素晴らしいことだ。が、良い方を変えれば、それだけこの国や騎士団組織に危機が迫っているということになる。
(期待はできる……が……)
四聖龍は実力も圧倒的だと聞いてはいるが、リゼルはそれを見たことがない。
蓋を開ければ、四聖龍も大したことない、というのは願い下げだが。
「四聖龍が到着したら、会議を行う。君たちも参加してくれ」
「はい!」
「それじゃあ、そろそろ王都に戻ってくれよ。と言うか、休んでくれよ?」
そう言い残し、クラッツは去っていった。
彼の姿が見えなくなると同時に、レイラは興奮したようにリゼルに言う。
「リゼル!聞きましたか!?」
「あぁ、聞いている」
「これって、凄いことですよね!!」
「あぁ。希望が持てたか?」
「はい……でも、リゼルはあんまり嬉しくなさそうですね」
「いや、実感が湧かないだけだ。僕も、心強いと思っている」
リゼルは、また彼女に嘘をついた。
良くないとは分かっていながらも、そうしてしまった。
それに、ここまで喜んでいる相手に懸念材料をぶつけてもあまり意味はない。
こちらが勝手に深く考えて心配しているだけなのだから。