―兄の行方―
感情が落ち着き、家に戻ったレイズ。
彼のどこかスッキリした表情を見て、レーヌは安心したように口角を上げていた。
「ご飯、できてるわよ」
母と久しぶりの昼食を取ったあと、レイズは母に兄のことを聞いてみた。
「兄貴は……スレイは帰ってきた?」
「え?……戻ってないわよ?」
その名前が出るとは思っていなかったような表情だ。
「そう、か……」
グリージに戻ったかと思っていた。しかし、いない。
これで、完全にスレイの行方が分からなくなってしまった。
「……何かあったわね」
「うん、まぁ……」
レイズは話した。
旅の途中で、シャンバーレに寄ったこと。
そこで、数年ぶりに兄スレイと再会したこと。
兄との会話のなかで、どうしても許せなかった一言があり、ケンカっぽいことをしたこと。
そのことが数日引っ掛かり、スレイの住む部屋に行ったとき、彼はその部屋を引き払っていたこと。
自宅に戻ったと思っていたが、ここにはいなかったこと。
「そう……」
レーヌは悲しそうな顔をする。
当然だ。突然家を出たと思えば、今度は行方不明。
「これ、あの子から定期的に送られてくるの」
レーヌは引き出しから封筒を取り出す。
中には、大きな金額のお金が入っていた。
「これって……!」
「もちろん、使ってないわ。いつかあの子に返さないとって思ってたの」
額を数えるなど無粋だ。レイズは手に取ることさえしなかった。
一回でどれくらいの額を送っているのかは不明だが、一年二年で貯まる金額ではなさそうに思える。
グリージを発ってからの数年、彼は勉強に仕事に、そして仕送りに時間を使っていた。
「働きながら勉強して……それでもダメで……ってことかしら……」
レーヌは、本当に悲しそうな顔を見せる。
その顔を見て、レイズは体温が急激に下がった気がした。
スレイの話をしてからは緊張状態であったが、今ので一気にストレスが張りつめた。
「……俺のせいだ」
あの時話したスレイは、家に仕送りをしていることなど、一言も言っていなかった。
働いていることすら知らなかった。家にいた頃のお金や、父のお金でやりくりしていると思っていた。
「あなたは悪くないわ」
「あいつの苦労を何にも知らないくせに……聞き流せばいいのに……腹を立てたせいだ……」
「あなたはあなたで正しいことをした。仲間のために、スレイに怒ったんだから」
カッとなって、スレイの背景を見れなかった。
だが、スレイはスレイで自分たちの背景を見れていなかった。
見える部分だけを見て、全てを決めつけてしまった。
「でも、あいつは……」
「でも、今はそれが分かったんでしょ?」
「うん……まぁ……」
「だったら、あなたはあなたの道を行きなさい。あの子のことは、わたしが何とかするから」
「何とかって……」
実際、レーヌに手は思いついていない。
ただ、レイズの不安を取り除くことを最優先に思った結果、先ほどの言葉が出たのだ。
「とにかく、あの子のことは、一旦忘れなさい。あなたには、進む道があるんでしょ?」
「う……まぁ、一応……」
クラッツやレイラたちに、訳も分からぬ感情をぶつけたことを思い出す。
騎士団を辞めるとも思いかけたことは、隠しておこう。この流れでは話し辛い。
「なら、わたしはそれを応援するだけ」
「うん……分かった」
与えられた日は数日と長くない。が、レイズはギリギリまでグリージに滞在し、リフレッシュすることにした。