―荒れた心中―
シン、と静まる空気。
「……頼む。答えてくれ」
レイズの声だけが、低く響いた。
「…………」
勝てるかどうかなんて問いは、正直メチャクチャだと分かっている。
だが、なんて質問をぶつければいいのか分からない。
「……わたしからも、お願いします」
「あたしも。お願い」
気付けば、席を立ち、近づいているマリナとミーネ。
リゼルはそれを見て、小さく呟いた。
「お前たち……」
「ッ……」
喉の奥で空気が漏れたレイラ。
彼女も、多かれ少なかれ動揺の悩みを抱えている。しかし、彼女は進むつもりだった。
進んでいけば、答えは見つかるだろうと考えているからだ。
しかし、彼らは違う。
このまま騎士団で身を粉にして働いても、報われないと考えて始めている。
それに、龍力コントロールという、最低限の目標は達成した仲間もいる。
「……君たちには、本当に申し訳ない。新人にも関わらず、最前線に送り出している」
「レイラと同じ部隊に所属したいと言い出したのは、他でもないお前たちだ。最前線に出されるのは予想できたはずだが」
「「…………」」
ド正論パンチを食らい、俯く女性二人。
しかし、レイズは退かない。
「あぁ。覚悟はしてただろうさ。けど、だから黙って従えってのは無理があるぜ」
「で、後方に下がりたいのか。嫌なら「黙りなさい」
激しい怒気を込めたレイラの声。
レイズたちが初めて聞く声だ。本気で怒っている。
リゼルは前々からレイラ寄りだったが、レイラはリゼル寄りではない様子だ。
「…………」
彼は一度だけため息をつき、口を閉じる。
その様子を見て、レイズの心に黒い渦が巻き始める。
(……リゼル。今のはねぇよ)
先程の彼の発言は、いつかのスレイ並みに酷い気がする。怒りを抑えた自分を褒めてやりたい。
場の空気が一層悪くなった。
しかし、話は進ませなければならない。
「……勝てるかどうかは、やってみないと分からない。そこは騎士団も全力だ。君たちだけに負担は掛けさせたくない」
「……ッ」
「重要なのは、君たちが望む答えを我々が持っているか、だろうな」
レイズの口下手さを、クラッツは補った。
「辞めずに、意見をぶつけるということは、迷っているんだろう?」
「……そうだ。そうだよ」
「君たちも、か?」
クラッツは、マリナとミーネを見る。
彼女たちは、揃って小さく頷いた。
「……前に出し過ぎたツケ、か……」
「どういう意味だ?」
「……下手な部隊に配属するより、レイラやリゼルがいる部隊の方が経験になる。それに、その要望もあったしな。だが、その結果、厳しい任務を数多くこなしてもらうことになってしまった。そうなれば、行きつく先は一つだ。最近、騎士団を辞める理由のトップが、『危険だから』だしな……」
危険だから。
シンプルで分かりやすい理由だ。
自分たちも、その理由で悩んでいる。今までと違うのは、辞めたところで、国を取り巻く状況は不安定であることだ。
それでも、最前線の危険からは離れることができる。身体と心が潰れる前に、逃げるのも手ではある。
「俺やあいつらの当初の目的は、龍魂のコントロールだ。アンタが前衛に出し過ぎたせいで、俺たちは目標を達成しちまったぜ?」
「それは……素晴らしい成長だ。喜ぶべきなのだろうな……」
クラッツは、彼女たちを見る。
緊張しているのか、オドオドしているが、間違いなく『フル・ドラゴン・ソウル』を会得した貴重な龍力者の一人となっている。
龍力コントロールと言う意味では、当初の目的を過達していることになる。
彼女たちが内に秘めている、もう一つの目的の『恩返し』に関しては、未達だが。
「……けど、国の実情を知っちまった。敵の強さを知っちまった。ここで辞めても気は休まらない。だけど、騎士団にいても良いのか分からない」
「レイズ君……」
だいぶ混乱している。それがクラッツが受けた印象だった。
言いたいことはあるのだが、まとまっていない。
だが、それは不安や恐怖から来ているのは間違いない。
彼らは精神的にも未熟だ。戦闘経験も浅い。
ただ、彼らの不安は十分理解できる。
騎士団組織としては動いているものの、今後勝機を見いだせるのかは疑問が残るのは確かだ。
「負担を軽減するという意味では、四聖龍に応援を要請している。ただ、残念ながら、君たちを後方に下げる理由にはにはならない……騎士団は、君たちの望む答えは持っていない。申し訳ない」
苦しい顔で謝罪を繰り返しているクラッツ。
「……っ」
レイズは言葉に詰まる。
正直、自分でも途中から何が言いたいのか分からなくなっていた。
辞めたいのか、辞めたくないのか、勝てる見込みが欲しいのか、騎士団所属のまま、前衛から退きたいのか。
これでは、ただクラッツに当たっただけだ。
「だが、君たちをそこまで追い詰めた責任は全て俺にある。申し訳ないが、本部も基地もバタバタしていてね……理由にはならないが……」
「クラッツ……」
「騎士団としても、このままみすみす敵にやられたりはしない。だから、これは命令ではない」
「?」
クラッツはゆっくりと立ち上がり、服装を整える。そして、深々と頭を下げた。
「騎士団長として、一人の大人として『お願い』する。我々に力を貸してくれないか」