試験前夜
レイズたちは、アーロンに連れられ、レイグランズの町を歩いていた。
その目的は、一晩を過ごす宿を探すことだ。
町行く人々の数は、ミナーリンの比ではない。
道具屋、服屋、武器屋、防具屋、装飾品、食事処、甘味処etc.
この世の全てがここに集まっているように感じた。
「すげぇ……」
レイズは、二人についていくので精一杯。
それもそのはず。グリージとは桁が三つも四つも違う。
かなり活気に溢れている。『あの日』の爪痕も分からないレベルだ。
国が復興を急いだ結果だろう。しかし、一度落ちた信頼は簡単に取り戻せない。
人の数=思想の数だ。人が増えてくれば、騎士団にヘイトを向ける者もいる。
アーロンもそれを経験済みなのか、人通りが多くなったタイミングで、レイズとバージルに声をかける。
「二人共。少し覚悟しておけよ」
「覚悟……?」
「……これが、騎士団の立ち位置だ」
騎士団の服を着たアーロンに、罵声を浴びせる者。
「民を守れない騎士は必要ない!!消えろ!!」
デカい紙に「騎士団不要」や、「辞めろ」、「許さない」など書いてある。
一人二人ではなく、一定数いる。しかも、マイクパフォーマンスを行っている者もいた。
町行く人の多くがその集団を気にせずすり抜けていく。その事実も、救いである。
全員が全員、騎士団の敵ではない証明になっている。
だから、騎士団入団希望者がゼロにならないのだ。
ただ、レイズには少々衝撃的な光景だ。
「…………」
完全無意識だが、アーロンの影に隠れるようになってしまう。
「バージル。今の……」
「あぁ。これが現実だな。味方も多いが、敵もクソ多いのが実際だ」
「そう、か……」
分かりやすくメンタルに効いているレイズ。
そう。この現実を直視し、尚且つ進むと言えるか。
グリージで誘った際に、この実情を最初に言わなかったのは、事情がある訳だが。
それでも団に入るなら、第一関門は突破である。
「凹んだか?未来ある若者たち」
空気を変えようとしてくれたのか、アーロンが口を開く。
「そりゃ、まぁ……」
「自分は旅してたんで、まぁ初見ではないですけど、実際ココのは規模が違うっすね」
「まぁな。王のお膝元での大不祥事だ。これでも人が離れなかったのは、新しい王様の努力を間近で見てたからだと思うぞ」
「王様?新しい……」
そう言えば、王が交代したと聞いている。
その王が頑張っているから、王都が今も王都なのだ。
「気にするなってのは無理な話だが……国も騎士団も全力で復興を目指している。当然、(エラー龍力者の)ケアもな。意見は聞くが、胸を張ってろ」
「……はい」
口では言うが、実際心に刺さっているのだろう。
入団を言いに来た時より、明らかに表情が暗い。
ここは一発、身を切るか。
「良い若者に出会えて気分が良いからな!!俺の驕りだ!!」
「!」
「え!?マジっすか!?」
「流石に最上級は無理だが……Aランクくらい、任せとけ!」
「「ありがとうございます!」」
アーロンの太っ腹に甘え、かなりいい値段のするホテルに向かったレイズとバージル。
手続きは全てアーロンがやってくれた。彼は部屋に入ることなく、エントランスで激励をして立ち去った。
「応援してるぞ。二人共。俺は推薦状を渡してくる。試験にも行くつもりだ。フォローは流石にできんと思うが……まぁ、ドンとやれ」
「「はい!」」
そして、その夜。
レイグランズ一帯が見渡せる良い部屋で、翌日の準備をしている二人。
その部屋も広いが、実際使っているのは一部分だけで、かなり持て余していた。
それでも、いい思い出にはなる。アーロンに感謝だな。
「……試験開始が……時で、こっから……分くらい……だから、だいたいこの時間に起きて、飯食って……」
ブツブツ言いながら、バージルは明日の行動を逆算していた。
レイズはベッド脇のテーブル(高級そう)で自己紹介表を記入している。
そこでチラっと見えたが、レイズは本名ではなく、短縮形だった。
正式名称は、レイジア=リ……ス腕で隠れて見えない。
「レイジア……」
「!」
口に出してしまっていたらしい。レイジアが顔を上げる。
「……見てたのか」
「すまん。そんな気はなかったんだ。けど、見えちまった」
「レイジアってのが、俺の正式な名前だよ。皆レイズって呼ぶから、それに慣れちまったな……って、別に隠してたわけじゃねぇよ」
「あ、あぁ……」
これ以上、名前の件で詮索しない方が良いと思えた。それくらい、彼の表情は遠い。
ファミリーネームも気にはなったが、聞かない方が良さそうである。
良いホテルに泊まれ、気分が上がったとはいえ、騎士団の現実を突きつけられたその日に、触れられたくなさそうな名前の話は、追い打ちになる。
「……先に寝るぜ」
「あぁ。俺も寝る」
これ以上刺激しないよう、バージルは早めの就寝とした。
明日、自分たちがベストなコンディションで試験に臨めるよう、薄れゆく意識の中で願うのだった。