―選択肢の提示―
病院の近くでのカフェで、飲み物を飲んでいるレイズとバージル。
病院付近には研究施設がない。そのため、スゼイたちの襲撃の被害には遭わなかったのだ。
復旧作業が始まっているとはいえ、皆警戒しているのか、マナラドを離れたのか、客はまばらだった。
客だけではない。店の広さの割に、出勤している従業員が少ない。抑えているのか、逃げ出してしまったのか。
カフェは木造で、天井には空気を循環させるためのプロペラが回転している。
温かみのある明かりと、窓から差し込む日光。
イス席とソファー席があり、レイズたちはソファー席に案内された。
こんな状況でなければ、本当に落ち着けるスペースである。
レイズは果肉入りアップルジュース、バージルはブラックコーヒーを頼んでいる。
アップルジュースのグラスを回しながら、レイズはボソッと呟いた。
「……俺たち、ずっと負けてないか……?」
「……ッ!」
レイズの何気ない言葉に、バージルはむせ、咳き込む。
気が動転したか、テーブルを無意味に拭きながら再度聞く。
「なにを……?」
「ずっと思ってた。俺たち、勝ったことがない気がする」
カラン、とグラスの氷が音を立てて回転する。
「…………」
彼の言葉に、バージルは返す言葉がなかった。
魔物相手だったら勝てる。そう言おうとしたが、止めた。
実際、ここぞというときの戦いで、自分たちは勝利していない。
ゆっくりと言葉を選びながら、口を開く。
「……そうだな。それは否定できねぇわ」
「この先……どうなるんだろうな」
「…………」
バージルは何も言えない。
時日、敵の規模や目的がいまだに分からない。
騎士団は後手に回る一方で、何も具体案を出せていない。
レイズですらそれを分かっている。ということは、リゼルとレイラも同じことは考えているだろう。
あの二人が王都に戻って大人しく任務に戻るとは思えない。何かしらのアクションを起こすはずだ。
だが、それは二人レベルでの話。自分たち新人がどうにかできる問題ではない。
「俺たちは強くなった。けど……」
「…………」
バージルは無意識だった。
口をついて出た、『強い』という言葉。しかし、敵はそれを軽く上回っていた。
フル・ドラゴン・ソウルの習得。この事実は大きい。だが、敗北したのも紛れもない事実。
それを思い、言葉が止まる。
「けど?」
「いや、なんでもない。お前は、どうしたい?」
バージルは一旦考えるのを止め、レイズに聞く。
悩みなんかなさそうな単純な性格に見えるが、彼は彼なりに焦りや不安を感じている。
ここで少しでも吐き出し、気分が軽くなれば良いのだが。
「……分からない」
レイズは頭を横に振る。
グラスを置き、両肘をつく。そして、顔を隠すように額の前で指を組んだ。
「騎士団に居続ける意味があるのかも分からない。かといって家に帰っても、この世の中だ。安全ってわけじゃない。それに、知っちまった以上、無視できねぇよ……」
「…………」
「何が何だか分からないんだよ……」
レイズは本当に参っていた。
自分は、騎士団に入りたかったわけではない。龍魂をコントロールする上で、なりゆきで騎士団に入っただけだ。
だから、こうも強敵と連戦し、しかも連敗するようなことになるとは思ってもいなかった。
今はまだ運よく生き残っているが、こんな状況では、命がいくつあっても足りない気がする。
フル・ドラゴン・ソウルではしゃいでいた自分が恥ずかしい。
しかし、このままおめおめと逃げ帰っても、危険因子が排除された訳ではない。一旦の距離ができるだけだ。
彼らの脅威に怯えながら、知らないフリをして生きていくことになる。
彼の抱えているモノを聞き、バージルはため息をつく。もちろん、バレないように。
(俺じゃ、無理だな……)
自分では、自分の浅い経験では、彼を元気づけることはできない。
それに、下手なアドバイスは逆効果になる。
だから、判断を『上』に投げることにする。
「……王都に戻ったら、きちんと話をしよう」
「え……?」
「今の言葉を、クラッツやレイラたちに言うんだよ」
自分では、ここで良い答えを出せない。
リゼルの名前を出さなかったのは、レイラ関連ではないからだ。「嫌なら辞めろ」と言われる可能性が非常に高い。
ただ、団長やレイラなら、まだ話を聞いてくれそうである。
(この負けは、無駄じゃない。きっと……)
騎士団は負け続けており、良い状況ではない。だが、確実に進んでいる。バージルはそう考えている。
だから、自分の意見は騎士団側に偏る。
それでは、ダメなのだ。
レイズの意見をフラットに聞けるのは、彼らしかいない。
「それでも無理なら……騎士団を抜ければいい。こんな状況だ。誰も責めねぇよ」
「バージル……」
『騎士団を抜ける』や『誰も責めない』の言葉に、額の前で組んでいた指を離すレイズ。
バージルの顔は、真剣そのもの。
本気で、抜けても構わないし、責めもしないと思っている顔だ。
「良いのかよ……お前は……」
「正直、そうなったら残念だ。けど、責めない。そう言う状況だろ」
大切なのは、レイズの意思だ。誰でもない、彼の選択。
その選択に、自分は意見しない。
(約束は、果たせないかもな……)
ふと思い出した、誰かとの約束。バージルは頭を押さえ、約束の主を思い出そうとする。
(誰、だ……?)
しかし、思い出せない。レイズの母?レイズ本人?いや、もっと前のような気もするが……
兎に角、だ。レイズが戻ることになれば、約束は果たせなくなる。
だが、それでも構わない。今は、無理に引き留めるより、流れに任せる。そして、彼の意思を尊重するだけだ。