―見送り―
クラストとの修行の日々は、あっという間に過ぎていった。
レイズは座学から始まり、龍力の引き出し方やコントロールの方法などを教わっていた。
他の仲間たちも例外ではなく、頭から煙が出そうなほど座学をみっちりと行った。
レイラとリゼルの二人も、基礎知識はあったものの、クラスト目線では不十分だったらしく、序盤は同メニューで進められていた。その後、各々別課題が課されるスタイルだった。
(本当に、素敵な指導者なのですね……)
遺された日数は少ない。宿に戻る途中、レイラは一人、彼の家を振り返り、目を細める。
道場での『ざっとした』指導ではなく、一人一人に合った、濃い指導だった。
パワハラに逃げることもせず、自分たちをとことん向き合ってくれた。
レイズが一週間だったのに対し、自分たちは二週間近い時間があった。
が、その差に余裕は感じることなく、詰め詰めでの特訓だった。
その二週間という期限について、宿で時間ができたときに、レイズはふとリゼルに聞いてみた。
「なぁ、期限のことだけど……なんで二週間なんだ?」
「特に意味はない。期限を設ければ臆すだろうと思っただけだ」
当時、リゼルは彼を全く信用していなかった。
そのため、適当に期限を設けて場をかわすつもりだった。
二週間と言う時間は、長いように見えて、意外と短い。半端な指導者なら、ビビッて深入りはしてこないと判断したのだが、彼は踏み込んできた。
そして、実際に『やって見せた』。その実力に、リゼルは心の奥底で本気で驚いていた。
過去に傷がある話しぶりだったが、全く気にならなかった。数少ない、認められる大人の一人だ。
「……それより、嫌なニュースを聞いた」
「嫌なニュース?」
「あぁ。過去、騎士団が取り逃がし、行方不明となっていた犯罪者……ここ最近になって姿を現している」
「え……?」
「特訓に集中していたから知らせなかったが、外はそんな状況だ」
その様子だと、知っていたのはリゼルとレイラの二人だけか。
確かに、そんなニュースを耳にしてしまえば、特訓どころではなくなる。
「ただ、帰還するようにメッセージは来ていない。が、早く戻った方が良いだろう」
「マジか」
「あまり気にするな。今その仕事は騎士団がしている。僕たちはフルとやらを身につけることに集中する」
「お前が……そう言うなら……」
ここに来た直後と違い、リゼルは冷静さを保っているように見える。
だったら、彼の決定を信じるだけだ。
レイズたちは、残された数日、そのことをあまり考えないようにし、特訓に明け暮れた。
因みに、レイラは『フレイア』と名乗り、修行を続けていた。
それでも、レイラはレイラだ。顔が変わったわけではない。王の顔を知っていれば怪しむだろう。
が、クラストはそれを一切しなかった。そもそも知らなかったのか、レイズの仲間ということで信頼したのか。それは不明だが、身分を隠したまま乗り切ることができた。
そして、期限当日。
クラストは夕日に背を向け、レイズたちの前に立つ。
彼らはボロボロの身体だが、しっかりとした眼差しで、自分を見ている。
彼は一人一人視線を交え、頷いていく。
「……これでおれの出番は終わりだ」
レイズ含め、まだフル・ドラゴン・ソウルを使いこなせているわけではないが、クラストが教えられることはもうないらしい。
ただ、間違いなくその領域に全員足を踏み入れている。
あとは、実践で慣れていくしかないそうだ。
「ありがとうございました!」
「……助かった」
フレイアは頭を下げる。リゼルも小さく礼をし、すぐに顔を上げた。
クラストとの修行で実力を大きく伸ばしたのは、レイラとリゼルの二人だった。
龍魂を元々長いこと使っていた二人は、龍魂の向き合い方や力の流れなど、すぐに適応した。
無意識のうちに形成されていたドラゴン・ソウル字のパターン。その固定観念を壊すことに関しては苦労していたが、コツさえつかめれば簡単だったようだ。
実戦で彼らの龍力を見る機会はなかったが、グレゴリーとも善戦できるレベルだろう。
バージルは物凄く苦労した。が、なんとかイメージを掴むことができた。
「何とかなったか……」
「結局追いつかれたな」
残念そうに笑いながら、レイズは彼を見る。
剣を交えたわけではないが、自分との差はあまりないように思う。
領域に足を踏み入れても、底から先は前途多難だと言うことだ。
「……実践だとお前のが上だろうな」
実戦で使うレベルにはまだ未完成だが、勝負を決めたいときや、短期戦では十分に使えるレベルだと思う。
そういう意味では、レイズの方が『慣れ』ている。彼がトライホーン・ビースト戦で見せた力を、自分が出せるとはまだ思えない。直立不動で良いなら可能だ。だが、戦闘は常に動き回らなければならないのだ。
それでも、驚異的な成長だったと思っている。
最も苦労していたのは、自然と言うべきか、マリナとミーネの二人だ。
「ありがとう、クラストさん」
「あたしがここまでできるなんて……信じられない」
だが、お互いが励ましあいながら、レイズたちも声掛けしながら乗り切った。
その結果、苦労していた龍のコントロールはほぼ完璧となった。
ミーネは集中すると暴走しやすい傾向があったが、その兆しも見られなくなった。
マリナは特定の条件で漏電が見られている。が、それは彼女の『個性』だとクラストは判断し、指導しなかった。本人は、気にしていたが。
「それも青春だぞ」
「……?」
特訓中に発せられた、意味深なクラストの言葉。
無意識に前髪をいじりながら、不満そうな顔を見せていたマリナ。
指導すれば治るだろうが、別にこの件は暴走ではない。それに、フル・ドラゴン・ソウルへの影響もない。
チャームポイントとしても見えるため、彼は指導を省いていた。
さて、肝心なのは彼女たちの程度だ。
身体の調子にもよるが、フル・ドラゴン・ソウルの域にも到達している。ただ、それを扱いながら技や術を扱うには、まだ経験が圧倒的に足りていない。
それは、彼女たちがこれから身に着けるもの。この家でできることではない。
(もう、送らないと……な……)
クラストは一頻り彼らとの日々を思い出し、最後の挨拶を交わす。
「……凄く濃い二週間だったな。おれも楽しかった」
「えぇ。本当に最高の時間でした」
「苦しかったけど、負けねぇくらい、充実してたぜ」
ここで過ごした日々は、苦しかったが、自分の成長を実感できた良い日々だった。
レイズたちはクラストに別れを告げ、彼の家を後にした。
「……ふふ、クラストさん、まだ手を振ってますよ?」
「あのオッサン、はしゃぎすぎだろ……」
クラストは自分たちの姿が見えなくなるまで、外で手を振ってくれていた。
レイズたちも何回か振り向き、手を振り返す。
別れを惜しみながらも、彼らはそれぞれの日々に戻ることになる。
クラストはレイズたちを見送った後、大きく息をついた。
「ふー……」
オレンジ色に染まったヴァイス平原。日が落ち、平原が闇に変わっていく。
(素直な奴らだ。本当に)
龍魂は、感覚的な部分が多い。歴史や知識は覚えれば済む話だが、龍力コントロールや一瞬一瞬の感覚は、言葉では伝え辛い。
龍魂の慣れの程度から始まって、当然得意不得意もある。全員が自分と別属性だ。
彼らの中に地属性がいなかったのは、クラストサイドにとっても痛手だった。
同じ属性であれば、感覚的な面でも教えやすいのだが。
(おれの感覚的な言葉にも……何とか理解しようとしてくれたな)
それでも、彼らは不貞腐れることなく、着いて来てくれた。
本当に教え甲斐のある生徒たちだった。
「達者でな、お前ら。『レイラ』様を……国を、任せたぞ」
クラストは目から落ちそうな雫を堪え、家に戻っていった。
ヴァイス平原は闇に落ち、明かりはクラスト宅からのモノだけになる。その風景は、彼の心模様を表しているようだった。