―クラストの思い―
「おれなら、こいつと同様にお前らを引き上げられる」この言葉に、仲間たちは驚き、言葉を失う。
レイズ『だから』できたのではなく、自分たち『も』できると。
そして、その領域に引き上げることが可能である、と。彼は言い切った。
沈黙し、互いの顔を見合わせる仲間たち。
リゼルだけは、誰とも視線を交わさず、一点を見つめている。
「…………」
恐らく、仲間たちは彼の決定を待っている。このチームに明確なリーダーはいないが、騎士団の歴や判断力の高さから、彼の指示を聞くことが多いのだ。
「……なぜ、僕たちを育てる?」
彼が沈黙を破り、口を開く。至極当然の疑問だ。
聞けば、レイズからは金銭を受け取っていないとか。無償でここまで教えてくれる意味が分からない。
ふむ、とクラストは顎に手を当てる。
「……龍魂が世間に意図せず広まった事件があったな」
「!」
レイラが身を固くする。
落ち着け。今の自分はただの一般人だ。
「それで、こいつがその一人だと」
「それで?」
「不幸なのは、その後に良い指導者に巡り合わないことだ。そう思わないか?」
騎士団の教育方針に反発しているのだろうか。少し苛立ったが、顔には出さないよう努力する。
「……理解はできる」
鋭いまなざしでクラストに見られ、リゼルは肯定する。
落ち着け。自分は騎士団員ではない。だたの旅人だ。感情を殺せ。
「おれは『元』教育者だ。ここ最近は教えていないが、血が騒ぐんだよ」
「…………」
「良い龍力者を育てたい。正しく導きたいってな」
充実した感じの表情を見せ、クラストはレイズを見る。
「……スレイに会ってなかったら、スルーしてたかもしれない。だからって訳でもないと思いたいんだが」
「スレイ……」
行方の知れない兄の名前を口にするレイズ。
結局追うことも叶わず、自分の仕事を進めることを選んだ。
「ま、とにかく、教育者の血が騒いだんだ。旅の途中で死にかけたんだろ?それもあるかもな」
「…………」
レイズと仲間たちは、時間がなく、クラストに何と伝えたか、擦り合わせができていなかった。
死にかけた件は、グレゴリーのことだろうか。それとも、トライホーン・ビースト初戦のことだろうか。
下手に口を出し、矛盾が生じてもマズい。レイズとのやり取りには言及せず、頷いておく。
「で、見たとこお前らもマジメに特訓はしていた。だから、おれがその総仕上げをしてやろうってことだ」
「まじ……か……」
これ以上の好条件は、他にない。
レイズの件で、教育者としての実力は分かっている。
それを自分たちも受けられるのか。
「……いつまで滞在するつもりだ?」
「……あと二週間弱だ。が、早ければ早いほど良い」
「!?」
期限は決まっていないはずだ。が、リゼルは二週間弱と言った。
(騎士団からの招集か?)
帰還する必要がある場合、騎士団から公共電波でのメッセージがあると言っていた。
それが来たのだろうか。
「……詰めれば、それで行ける。ただし、おれに出来るのは、領域に引っ張り上げるまでだ。そこからは、各々掴み取れ」
「それでいい……本当に頼めるのか?」
リゼルは念押しする。
上手い話には裏がある。いくら教育者の血が騒いだと言っても、それなら道場を再開すればいい話だ。
そうすれば、自分たちをピンポイントで教育しなくても、その欲求は満たされる。
「言っただろ。疑り深いヤツだな」
「……こういう性格だ」
自分だって、レイラが関わっていなければ即座に乗るところだ。
危険な香りを感じた瞬間に逃げれば済む。それは、自分だけだから出来ること。
守護対象がいれば、そう簡単にはいかないのだから。
「結構結構。報酬ってわけでもないが、食事、洗濯の世話はやってもらう。食材はおれが用意する」
「え、そんなことでいいんですか?」
レイラは間の抜けた声を出してしまう。
クラストの身の回りの世話をしていることはレイズから聞いていた。が、本当にそれだけなのか。
教えなければならない人数は、一気に増えているのだ。しかし、師匠はクラスト一人。負担が分散され、楽になるのは自分たちだけである。
「……こいつといて、久しぶりに楽しかった。家のことをやってくれるだけでも、おれは十分だ」
「……真顔で言うな。気持ち悪い」
クラストの真剣な眼差しと言葉に、レイズは照れ隠しで悪態をついた。
知らずのうちに、こちらからも良い時間を提供できていたらしい。
レイズは引き続きで、他の仲間たちは、明日からクラストの指導を受けることになった。