―助け―
トライホーン・ビーストのナメた攻撃にも、何とか対応し、反撃を入れていくレイズ。
だが、本気で限界が近い。
(やべぇ……もう……!)
大きく息をしながら、仲間たちの方を見る。
距離があり確認しにくいが、応急処置は終わったみたいだ。
少しホッとした瞬間、トライホーン・ビーストが吠えた。
「ッ!!」
レイズは咄嗟に身構える。が、力が抜け、思うような構えができないでいる。自分の剣すら普段より重く感じる。
必死でトライホーンを睨みつけ、威嚇っぽいことをして見せるが、本物の野生相手に効果はない。
じりじりと距離を詰められてしまう。涎が草木に落ち、垂れていく。
その粘っこさに、本気で恐怖した。
生きたまま食われて死ぬのは、本当に勘弁だ。
(どうする……どうする……!?)
焦りと不安。
心臓がバクバクうるさい。
(クソ……!)
レイズは辺りを見回す。何が目くらましになるようなものはないか。
だが、そう都合よく、周囲に使えそうな物は落ちていない。
と、その時、レイズは目の端で何かを捉えた。
(あれは……!!)
上手く隠れているつもりだろう。が、障害物のない平原では、それも限界がある。
そして、レイズはその『何か』を知っている。
「……いるんだろ!?助けてくれ!!!」
「!?」
喉が潰れてもいい。レイズは本気で叫んだ。
トライホーン・ビーストが一瞬怯む。レイズの声に怯んだのではなく、『新たな敵の出現』に怯んだのだ。
魔物は人語が分からないが、トライホーン・ビーストのように知能が高い魔物の場合、少し異なる。
相手の目の動きや、場の雰囲気、声色で、ある程度の状況は理解できてしまうのだ。
今回のケースは、『新たな敵の出現』だ。
させるものか。今、勝負を決めてやる。
そう判断したのか、レイズの向いた方向に目もくれず、襲い掛かってきた。
前脚の爪が、太陽光に反射して不気味に光る。
「ッベ……!!」
今の、レイズに『それ』を防御できるほどの龍は残されていない。
すぐさま横に転がり、直撃を避ける。
間一髪。本当にギリギリだった。
しかし、あれが最後の力。
転がった後で、体勢も崩れている。起き上がれるほどの力もない。ただ闇雲に手足を動かしているだけ。
仲間たちは、自分の異変を感じ、走っているようだが、距離があり過ぎるし、間に合ったところで、先程の二の舞である。
だから、見つけた瞬間、迷わず叫んだのだ。
避けたレイズの方へ向き、威嚇するトライホーン・ビースト。
次の瞬間、トライホーン・ビーストの横腹に巨大な岩が飛んできた。
「!!」
バキバキ、と骨が折れたような音を立て、トライホーンは顔を歪める。
レイズは、岩が飛んできた方向へ顔を向ける。その顔は、思わず笑みがこぼれていた。
「……ロックシュート」
大きな剣を肩に携え、手を前に出しているクラスト。
殺しまではしていない様子だ。しかし、レイズは慌てない。勝負は既に決まった。そして、彼は無駄な殺しはしない。
体勢を整えた後、トライホーン・ビーストは歯を見せ、恨むように喉を鳴らす。
「グルルルル……」
視線は、レイズではなく、術者に向いている。
勝てないと判断したのか、トライホーン・ビーストはよろよろと方向転換し、レイズに尻を向け、歩き出した。
近付いてくる師匠を見て、本気で毒づくレイズ。
「おせぇよ……アホ」
「すまんすまん」
ニヤニヤと笑いながら、クラストは久しぶりに取った弟子を見る。
満身創痍。体力・龍力共に空に近い。
「……だいぶ消耗したな」
「あぁ……昨日よりしんどいぞ」
先日も練習で『あの状態』にはなっていた。
非戦闘時での訓練であり、実際の戦闘では、先日の比にならないレベルの消耗だ。
分かっていたことだが、想像は超えていた。
「いや、あれだけできれば十分だ」
「ん……?」
レイズは引っ掛かった。
『あれだけできれば』ということは、少なくともフル・ドラゴン・ソウルになった後の自分を見ていたことだ。
つまり、それなりに前から到着していたのか。
「おい、クラスト。俺はハメられたのか?」
「……人聞きの悪いことを言うな。仮にも師匠だぞ」
「質問に答えろよ、セ・ン・セ・イ」
「……あの魔物は、俺が向かわせた」
「ち……」
やっぱりか。
数日しかいなかったが、あの水辺に大型の魔物が近づいたことはない。
いても小型で、戦闘を好まないヤツが多かった。
それなりに、成果を見せる当日にこの状況。時間もほぼピッタリ。出来すぎているとは思っていた。
「因みに、お前に飲ませたアレは、睡眠薬だ。強烈な、な」
「な……!!」
異常な眠気と、戦闘中なのに目覚めない程の深い眠り。
あれは、クラストが仕込んだ物だったのか。
「体力回復!じゃないと、身体が耐えきれない」
「……それで仲間が危険な目に遭ったんだが?」
レイズはクラストを睨む。
師匠でも、やって良いことと悪いことがある。
「それは本当にすまんかった。おれのミスだ」
自然起床するタイミングで送り込む算段だったが、思いの外トライホーン・ビーストの動きが良く、早く辿り着いてしまったのだと。
「本当にすまない。ただ、本気でヤバかったら間に入るつもりだった」
「あれはあれでヤバそうだったけどな。ま……ちゃんとあいつらにも謝れよ」
眠っていて戦闘を見ていない身分であまり強く言えないが、仲間たちは(無傷ではないが)無事だった。
ここでは、それが全てとなるのか。
だが、詫びは必要だ。
「あぁ……言っておく。これで信用が落ちてしまったかな」
「かもな。けど、『力』はホンモノだ。それに、『ヤツ』を送り込んだのも、理由があんだろ?」
「……『アイツ』を選んだのは、一度に負けたことも聞いていたしからな。実戦で見せた方が分かりやすい」
クラストは、トライホーン・ビーストが歩いて行った方向を見る。
もう姿は見えなくなっていた。ただ、草が倒れ、足跡がわりになっている。
リゼルは「追いかけて殺す」と言うだろうか。そうなれば、無駄な戦いが増える。見せない方が良いだろう。
「……おんなじ奴か?」
「まさか、別個体だろ」
「何体もいるのかよ……」
レイズはげんなりする。本当に運が良かった。
あんな魔物に毎回出くわしていたのでは、命がいくらあっても足りない。
「ま、とにかく、力の成果は見せれたんだ。お前の仲間に挨拶しないとな……謝罪も、か」
レイズに睨まれ、真面目な顔で付け足すクラスト。
とにかく、当初の予定通り、『力』を見せることはできた。
が、レイズ仲間たちは意味もなく、巻き添えを食らった形で怪我をしてしまった。
(すまない、レイズ。彼らの本気も見たかったんでな……)
クラストの教えは確かだが、こんなやり方では素直に喜べない部分がある。
流レイラ限定過保護リゼルが何と言うか、だが。
「……困ったセンセイだな」
レイズは、ただただため息をつくことしかできなかった。