闇色の髪の少年
猪によって巻き上げられた砂煙。そんな戦場で、バージルと騎士団員は立ち尽くしていた。
戦場を支配している、血の臭い。これが、猪のモノなのか、レイズのモノも含まれているのかが判別できない。
牙を叩きつけた猪も、大技の後なのか、動きが見えない。可能性がゼロではないが、あの状況で逃げられたとは思えない。
「クソ……」
「逃げてくれれば……」
項垂れるバージル。騎士団の団員は、ただ悔やむことしかできない。
もっと強く逃げるよう勧めておけば。無理やりにでも逃げるようしておけば。
後悔の念が渦巻く。
ふと、同じように呆然としている少年が目に入る。自分の使命は、この少年だけでも逃がすことだ。
「君だけでも……逃げろ……」
「ッ……」
力ない隊員の声。バージルは何も言えなかった。いつまでもここに留まることは良くない。
しかし、猪は生きているはずだ。
だが、先程の戦闘でよく分かった。この得物では、太刀打ちできない。
これ以上、団員の足は引っ張れないのだ。が……
(けど、もう退けねぇ……)
遺体を持ち帰り、死で詫びる。
そう決心し、バージルが密かに杖を握り直した直後だ。
「危なかった~!!まじで!!」
「「!?」」
と、レイズが砂煙から咳をしながら出てきた。普通に。大きな怪我は確認できない。
「レイズ!!無事だったのか!?」
「なんとかな」
団員も安堵の表情を浮かべる。
「良かった……」
でも、なぜ?
あの距離では、まず牙の一撃からは逃れられない。生還できた理由は、砂煙が晴れた後、明らかになった。
「黒い……剣……?」
猪の体を、黒い、大きな剣が貫き、少しだけ浮いている状態だった。
「龍術……!!」
バージルと団員は、すぐに理解した。
龍力による魔法。龍術だ。
龍力で一時的に具現化した闇の剣。それが猪を貫いた。その瞬間に体勢が崩れ、レイズは攻撃範囲から逃れたのだ。
自分を救ったであろう技。しかし、教育期間中は出てこなかった言葉。
「龍術?」
「……龍力の扱い方の一つだ。詠唱……長い溜めが必要な分、高威力が出しやすいんだ」
「へぇ……」
レイズは猪を観察する。
猪はそれが致命傷になったのか、その場から動けないでいた。呼吸も浅く、死ぬ直前、と言った感じだ。
闇の剣は、しばらくすると、点滅して、消えた。術者が解いたのだろう。
剣による支えが消えたため、猪は力なくその場に倒れる。
「あの力は……」
闇の剣。
団員は、その力を知っている。
彼の顔に、一気に緊張が走る。
「リゼル……さん」
「リゼル?」
レイズたちが服についた砂を払っていると、足音が聞こえてきた。
闇色の髪をもつ、小柄な少年だ。
歳はレイズたちと近い。片目を隠すように前髪を伸ばしている。
手には、金色よりもやや白に近い曲刀が握られている。高そうな装飾だ。
騎士団の服の装飾が、そこにいる団員よりも豪華であり、地位が高そうな人物であることは容易に想像できた。
「一般人を巻き込むな。無能が」
「……申し訳ありません」
開口一番、きつい一言が飛んでくる。見た感じ、共に戦った団員の方が年上だが。
しかも、彼はしっかり「逃げろ」と伝えてくれた。その忠告を無視し、逃げずに勝手に戦いに参加したのは自分だ。自分たちだ。
「ちがう!俺が勝手に戦ったんだ!」
「なら、貴様も同罪だ。手間を増やすな」
足手まといだ。とリゼルと呼ばれた少年は吐き捨てる。
「お前が……」
「何だ」
「ち……別に」
お前が取り逃がしたから、猪はこちらに逃げてきたのではないのか?
その言葉を飲み込み、レイズは黙る。
「今ので最後だろう。先に戻れ。処分は追って伝える」
「は!!」
隊員は敬礼し、ミナーリンへと走り去った。処分ということは、彼は罰せられるのか。
静かに唇を噛むレイズ。
そんなレイズを無視し、闇色の髪の少年リゼルは剣を納め、自分たちに顔を向ける。
「おい、ライセンスを見せろ」
「は?」
初対面で「貴様」や「おい」と冷たく言われ、苛立ちを感じるレイズ。
なぜこんなにも偉そうなのか。それに、ライセンスとは何だ。
レイズはバージルをつつく。
「んだよ。それは」
「……俺はあるが、こいつには、ない」
バージルは質問に答えず、リゼルに伝える。
伝え終わると、彼はレイズを守るように一歩前に出た。
不穏な空気を感じ取り、レイズも身構える。
「な、何だよ……?」
リゼルは小さく息をつく。
「……そういうことか」
「……そうだ」
今のやり取りで何が分かったのか。レイズには分からなかったが、バージルとリゼル間で話は通じているらしい。
「名前は」
「俺はバージル。こっちは、レイズだ」
「レイズ。お前を連行する。貴様も来い。バージル」
「はぁ!!??なんでだよ!!??」
突然のことに、自然と声が大きくなる。
バージルは静かに語りかける。
「レイズ。騎士団の活動に進んで参加するのは、基本的に問題ない。そういうのが好きな龍力者もいるしな。けど、俺たちは明らかに力不足だった。それは、騎士団の活動を邪魔したことになる」
「なんだそれ!?」
「……聞こえてたと思うけど、あの人にも、何らかの処分が下る可能性がある。可能性ってか、確実だろうな……」
「は!?え!?おい!!あの人は悪くないだろ!!俺が勝手にやったんだ!!」
「俺は結果を話してる。確かに、彼一人戦わせるのは酷だったかも知れない。けど、これは『暗黙の了解』だ」
有無を言わさぬ『暗黙の了解』の言葉。
「だったら、言ってく「言えば、逃げたか?」
レイズの反論を遮り、バージルは言う。
その目は酷く冷たい。睨まれているようだ。
「説明すれば、お前は逃げたか?レイズ」
「ッ……!!」
レイズは、シンプルに人助けだと思ってやった。
しかし、それは「自分の能力に見合っている場合」だ。
能力が足りていないのに手を出すことは、キツイ良い方をすれば、迷惑行為だ。
団員から見れば、猪と戦うだけでなくなる。レイズとバージルを守りながら戦わなくてはならなくなるのだ。
彼一人で勝てたかどうかは重要ではない。
一般人を逃がせなかった落ち度。彼はそこを責められ、処分を受けることになる。
「クソが……」
レイズは力なく肩を落とす。
「話はついたな。行くぞ」
彼の手首に、重たい拘束具が付けられた。
自分は、間違っていたのだろうか。三人で戦った方が勝率は高いと思ったのだが、大きなお世話だったのだろうか。
何とも言えないスッキリしない黒い思いが彼の心に渦巻いていく。